26 GOD・A<ヘアサロン・ゴッダ>への誘い 1
「そういえば昨日、結局文化祭の話をしなかったわね」
部員が全員揃ったところで、桐絵は首を傾げつつ、こう話した。
「もう一度先生のところへ行きましょうか」
「全員でゾロゾロ行ったら迷惑なんじゃないですかね」
演劇部の唯一の良心になりかけている華恋が提案すると、全員がそうかも、と頷いている。
「桐絵とレオちゃんで行ってくる?」
「私、さっきの数学の時間に文学の神が降りてきたところなの。不破君、お願いするわ」
既に立ち上がっていた礼音の顔が、一気に曇る。
「レオちゃんみたいなサイレントボーイだけじゃ説明不十分になるかもしれないわね。私と行きましょう」
よう子と礼音の二人で行って、無事に企画説明がなされるだろうか。
というか、よう子が行くのなら礼音は必要ないのではないか。
そしてよう子が話したらどんな勝手なエキサイティングな内容になるか、心配になってくる。
「ビューティが行ったらどうだろう」
考える華恋に、副部長がいきなり職務を放棄するという荒業を繰り出してきた。
「私が?」
「言いだしっぺだから」
「まあ、確かに……」
礼音は桐絵が行かないのが不満なんだろう。
わかりやすい恋模様であり、そこにまったく空気を読まない男、祐午が爽やかに立候補してくる。
「じゃあ僕と行こうよビューティ。やることもないし」
良彦はオシャレ雑誌の最新号に夢中になっていて、確かにすることがないヒマ人は華恋と祐午だけのようだ。
「新入部員と天然の二人に行かせて大丈夫ですか?」
華恋の問いかけに、桐絵は眉間に皺を寄せている。
悩み深い表情の理由は原稿の出来についてのようで、周りの様子はもう目に入っていない。
腑に落ちないが、華恋は祐午と揃って部室を出た。
職員室に入ると、部室で愛しい妖精を待ち構えていた変態が辻出教諭の席の辺りに立っていた。
「あの、まりこ先生」
祐午は目的に向かって一直線のようで、変態にはお構いなしで顧問の教師に声をかけている。
「あら、武川君、どうしたの?」
「昨日話そうとしていたことがあったんですけど、みんなすっかり忘れちゃってて」
「ああ、そういえば……。相談があるって言っていたわよね。ごめんなさい、なんで忘れちゃったのかしら?」
「そちらの号田先生がすごくインパクトが強くてみんなで対策会議をしたんです」
「おいおい!」
遠慮のない祐午の発言に、華恋は思わずパーンと手を入れて突っ込んでしまう。
「おいおーい!」
それに号田がなぜか反応した。
「お前はよくこんな髪の毛で女子をやってられるな! ちょっと来い!」
「なにを……」
辻出教諭の隣の、今は不在の男性体育教師の席に座らされ、髪を結んでいたゴムが勝手に外されていく。
「うーむ」
華恋の髪にパラパラと触ると、号田が唸った。
「土曜日の朝一〇時、時ノ浦駅前のヘアサロンGOD・Aに来い! 整髪料金は五万円だ!」
「はあ?」
「安心しろ、学生は四万八千円のキャッシュバックがもれなくついている」
都市伝説でしょ、と一蹴していたあの話は、真実だったようだ。
「それ、先に引いてもらえないんですか?」
「持ち合わせがない場合にはOKだ」
祐午の質問に、号田は笑顔で答えている。
良彦の前でニヤニヤしていた時とは別人のようにキリリとしていて、かなりの男前だったが、いかんせん会話は「アホ」のエッセンスばかりで構成されていて残念極まりない。
「よかったね、ビューティ。二千円でいいみたいだよ」
「行くって言ってないし」
「絶対来るんだ。そのバリカタヘアーで青春時代を過ごす気か? 俺は許さん」
思いっきり顔を人差し指でさされて、華恋は思った。
この一ヶ月で何回、顔を指差されただろう、と。
呆れ果てる新入部員の隣では、辻出教諭が優しい顔で微笑んでいる。
「よかった、もう号田先生と打ち解けているのね。先生嬉しいわ」
「任せてください!」
心の内側に隠している変態大型犬の片鱗をひとかけらも見せずに、号田はドヤ顔でキメる。
「あの、文化祭のことで相談があって来たんですけど」
これにて締め、の空気に負けないよう、華恋は切り出していく。
「文化祭?」
「演劇部で、変身コーナーみたいなものを作ったらどうかなという話になりまして」
衣装とメイクでプチ変身して写真を撮るコーナーをやってみたいと企画概要を話すと、辻出教諭はにっこり、うんうん、とポジティブな反応を見せて笑った。
「まあ、そうだったの。よかったわ、文化祭のイベントの申し込みは今日が最終締め切りだったの。すぐにいかなきゃいけないわね。とりあえず参加するってだけ言っておくから、みんなで企画の内容をまとめて提出してもらってもいいかしら?」
それは自分がやらねばならないのだろうか?
華恋は悩んだが、ここでできませんといったらおしまいになってしまう。
「わかりました」
「じゃあ担当の先生に言ってくるわ。美女井さん、武川君、よろしくね」
可愛い笑顔で辻出教諭は職員室の中を走った。
生活指導の教師に「ちょっと辻出先生!」なんて怒られて、舌を出しているのが見える。
「藤田君によろしくね!」
後ろからはちょっと興奮した感じの号田の声がして、華恋はそれに振り返らず、返事もせずに部室へと戻った。
「あ、ミメイ、ユーゴ、おかえりー」
真ん中の机でよう子と雑誌を覗き込んでいた良彦が、笑顔で二人を出迎えてくれる。
「企画書を書いてって言われました」
「企画書? そんなのを提出しないとやれないの?」
「いえ、とりあえず変身コーナー自体はやれるみたいです。今日が締め切りだったらしくてとりあえず参加の申請はしてもらいました。で、企画の内容はちゃんと報告してほしいみたいです」
桐絵に書かせると大変だから、とよう子が礼音と二人で相談をし始める。
一年生の三人が残されて、祐午が口を開いた。
「そういえば、あの号田先生がビューティにGOD・Aに来いって言ってたよ」
「おお、さすがゴーさん。この針金ヘアーをやっぱり見過ごせないんだな。さすがプロフェッショナル」
「プロじゃないんでしょ?」
「そうだな。でもま、腕はプロ以上だ」
良彦の説明によると、理容室を経営している父と美容室を経営している母に幼い頃からヘアカットの技術を叩き込まれ、高校生の頃に反発して教師への道を歩み始めたが、結局ヘアカットの世界の魅力に抗えず、教師はやらないでボーイスカウトなんかに参加しつつモグリのヘアカットとして活躍し、だけど散々反抗した過去を思い出すと恥ずかしくて素直に理美容師の免許を取りに行けないでいる二十五歳、らしい。
「説明が長いしくどい」
「土曜日か。行ってこいよ、ミメイ!」
「ええ? やだよ、あんな変態のところに行くなんて」
「どうして? 二千円でいいって言っていたよ」
金額の問題じゃねえし、と即座に祐午に突っ込みを入れると、イケメンはシュンと小さくなってしまった。
ボケボケの意見には物申さないと気が済まなくなってきた自分を、華恋はしばらく反省して過ごした。