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24 ゴーダといったらタケシかチーズ 2

「ゴーさんは、一応先生なんだ。教員免許を持ってて、教師になりたい人なんだ」

「モグリの理容師じゃなくて?」

「モグリの理容師なんて職業ないだろ?」


 お前が言ったんだろうがい! と言いたいところだが、いちいち話の腰を折っていては終わらないだろう。

 華恋は黙って、良彦の話に耳を傾ける。


「よう子さんの兄ちゃんの、暁彦(あきひこ)さんの知り合いだったんだよね。俺の姉ちゃんと暁彦さんは仲が良かったから、よく一緒に遊んでたんだ」


 そもそもはその暁彦さん以外の三人と号田の接点はなかった。

 きっかけは、優季の病だったらしい。


「姉ちゃんが病気になってすごく落ち込んで、なんとか励ましたいって思ったんだよね」


 おしゃれが大好きでいつも可愛くしていた姉が、いつも元気で明るかった姉が、青い顔をして病室ですすり泣いている姿は十歳の少年にとって衝撃的に悲しいものだった。

 なにかいい方法はないかと姉のオシャレ仲間のよう子に相談したところ、兄の暁彦から号田を紹介された。

 最初は、髪型を可愛くしたりして気分が明るくなったらいいんじゃないか、くらいのレベルの話だったのだが。


「顔がちょっとでも明るく見えるように、メイクアップも教わった」

「へえ」

「それが、俺のメイクアップアーティストになろうと思ったきっかけ。色んなテクニックの記事とか、テレビの特集とか見てたら面白いなって思っちゃって」

 それで色々と試して、プロだと思っていた号田に見せたのが始まりだったという。

「実際にはプロじゃなかったんだけどな、ゴーさんは。ただメイクもヘアカットもできるだけのお兄さんで」

「それで、どうなったの?」

 祐午の質問に、良彦ははあーっと、大きなため息をついている。

「そこからはもうね、本当に、恥ずかしい限りだよ」


 可愛くメイクアップした良彦の顔を見て、号田は驚き、喜んだという。

 君には才能がある、ここまでできるとは思わなかったと絶賛されて、小学五年生の男子はすっかり嬉しくなってしまった。

 そこから段々脱線していって、ブログで公開、アフィリエイトでお小遣いを稼いで新しいメイク用品を買って、より腕を磨いて……。


「肝心の姉ちゃんはメイクなんかヤだって言ってさ。俺もムキになって、上手になったら絶対いつか受け入れてくれるって思っちゃったんだよな」

 確かにお見舞いに行った時、優季はまったく乗り気ではなかった。

「元気な時はちょっとはやらせてくれたんだけどさ。入院したり退院したりの繰り返しで、落ち込んでる時はダメだった。でも、ブログの方はなんか知らないけど思ってもみないくらいに盛り上がっちゃって」


 協力してくれていたよう子の衣装も少しずつ力が入っていき、もともと写真が趣味の号田もちょっとずつエスカレートしていき……。


「おかしいなって思ったんだ、去年の冬くらいに。でもお金も入ってくるし、メイクもみんなほめてくれるからいいかって考えて、見ないフリをしてたんだ」

「女装してたもんね」


 そこはまず男児として拒否してほしいところだが、周りが見えなくなるほどノってしまっていたのだろう。


「いつの間にか、ゴーさんは俺のこと『スピリット』って呼んでた。妖精みたいな、インスピレーションをくれる存在ってことらしいんだけど」

「きもっ」

「今年の夏、写真撮ってもらってたらさ」

 良彦のブログの最終更新日は、七月の中旬だった。


「さあ、スピリット! スカートをもっとあげて! その白い足をもっとよく見せて!」


 衝撃のセリフに、五人は沈黙するしかない。


「そういわれて目が醒めたんだ。これは危ない。間違いなく危険だって」


 想像以上に気持ちの悪い話に、口の中がすっかり苦くて、華恋はおもいっきり顔をしかめている。


「ゴーさんがいっつもハアハア言ってるのを気がつかないフリしてたんだけど、さすがに限界だった。その日はなんとか誤魔化して帰って連絡来ても断って、それ以来ブログの更新は止めてるわけ」

「あんたよく無事だったね」

 華恋の突っ込みに、良彦はなぜかニカっと笑顔をみせた。

「ゴーさんがハアハアしちゃうのはスピリットにだけなんだ。俺にじゃないんだよ」

「ええ?」

「でもさっき、スピリットってよっしーのこと呼んでたよ」

「あれは、俺の中からホントの姿が出て来い、って念じてるんだって」

「キモっ!」


 そんな危険人物を校内に呼び込んだりして、大丈夫なのだろうか。


「大丈夫だよ。ゴーさんはスピリット以外には普通なんだ。ね、よう子さん」

「そうよ。私にも普通だったでしょ?」

 確かに普通ではあった。よう! なんて声をかけていた様子におかしいところはなかった。

「あんたは平気なの?」

「平気だよ。ちょっとうるさいけど、スピリットに会いたいなら演劇部の活動を手伝えって言ってるんだ。どのくらいやったらいいのかとか具体的には言ってないし、あの腕を思う存分有効活用しようぜ。レオさんがいたら、変なことしようとしても止められるだろ? ゴーさんヒョロガリだから、ゴンって頭叩いてもらえれば平気だろうし、変なことしようとしたら学校に言っちゃえばいいんだもんな」


 不気味な人材も使いよう、ということなのだろうか。

 産廃の有効な再利用案にも思えるが、しかしそれはそれ、これはこれというやつで、華恋にはまだ受け入れられる自信がない。


「私あの人に触られるのやだよ。気持ち悪い」

「大丈夫だよミメイ、お前の髪みたらゴーさんは黙ってないぜ。あらゆる問題ヘアーをまっすぐサラサラにするのが一番やりがいがあってエキサイティングだって言ってたから」

「いやいや、あの人そのものが気持ち悪いんだって」

「お前にはハアハアしないから大丈夫だよ。まともにやってる時のゴーさんは結構イケメンだぜ」


 でもその下に、男の娘萌えハアハア、僕の妖精ちゃん出ておいで☆ なんて素顔が隠れていると思ったら、マトモに接するのは難しいんじゃないだろうか。

 真っ当な思想の少女は考えるが、部員の様子を伺うと、全員がそろいもそろって危機感を持っていなさそうに見える。


「みんななんとも思わないわけ?」

 華恋の問いに、それぞれが答えた。


「別に。よっしーの言うとおりで、ゴーちゃんは平気よ。よっしーそのものに手を出したりしないわ」

「文学的ね、ああいう変則的な愛の形って」

「なにかあったら、ゴンってする」

「芸能界じゃもっとひどい話がゴロゴロあるよ。よっしーがいいなら、いいんじゃない?」


「ホントぶっとんでるな、この演劇部」

 呆れる一年女子の言葉に、今一番危険にさらされているはずの男が最後にこう答えた。

「大丈夫だよミメイ。俺、十二月にもう十三歳になるんだぜ? そろそろ第二次性徴がバリバリ始まって、ヒゲとかわき毛とかボーボーになって声変わりもして、レオさんくらいまで背も伸びて、スピリットなんかこの世に存在できなくなる予定なんだからな!」

「あんたねえ……」

「それまでなんとかごまかしていきゃいいんだよ。大丈夫大丈夫!」


 最後にいつも通りの笑顔がニカっと輝くと、この日の部活動は終了になった。



「普通心配すると思うけどね」

 夕暮れの道を並んで歩きながら、華恋はそう隣の少年に向かってつぶやいた。

「大丈夫って言ってるのに」

「だってあの人相当おかしかったよ? ニヤニヤしてたし、藤田以外はほぼ無視してた。大人失格だし、教師はもっと失格だと思うけど」

「確かにな!」

 良彦は軽快な笑い声をあげている。

「まあ、ミメイもヘアサロンでこっそりカットしてる姿見たら、印象変わるんじゃないかな。結構マジでやってるんだよ」

「こっそりって、免許がないから?」

「そう。なにせモグリだから!」

 あんまり明るい声で言われたので、華恋もつい、一緒になって笑ってしまった。


 中学一年生の二人は、愉快にケラケラと、揃って美女井家へと帰って行った。

 

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