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23 ゴーダといったらタケシかチーズ 1

「あら、みんな。ちょうどよかった。今から行こうと思っていたのよ」

 辻出教諭はいつも通りの可愛らしい笑顔を演劇部員に向けてそう言った。


 隣に、チリチリのパーマがかかった長髪をうしろで束ねた、精悍な顔つきの男が立っている。

 精悍な顔、と第一印象でまず思う端正な男らしい顔立ちなのに、その男は演劇部一同を見るなり凛々しく上に向かって伸びている眉毛をピクピクとさせて、いきなり頬を真っ赤に染めて叫んだ。


「スピリットォー!!!」


 一番前に立っている良彦の顔は見えないが、ビクっと体をすくめたのはわかった。

 あまりに大きい声に周囲にいる教員も、他の部員も勿論華恋もビクっとしたのだが。


「あの、どうしたんですか? なんですかスピリットオーって」

 辻出教諭はラブリーな様子で小首を傾げたりなんかしている。

「ああ、いえ、なんでもありませんよ」


 男は顔がニヤけちゃうのをおさえてますけどおさえられないんですよ、という雰囲気の、まだニヤニヤした顔で答えていて、気持ちが悪い。


「全員で来るなんてなにか大事なお話があるのね?」

「はい、ご相談をしようと思いまして」

 桐絵が答えると、そういえば一度も部室に来たことがない顧問の先生はキュートな感じに「うーん」と首を傾げていて、なにやら悩んでいる様子だ。

「じゃあ、部室で話しましょうか? ちょっとここだと他の先生方に迷惑だもの」


 妙な新キャラについての説明はないまま、再び演劇部の部室へと戻る。


 あの良彦の様子からして、あの気持ちの悪い男が「ゴーさん」なのだろうと華恋は考えた。

 すぐ前を歩くクラスメイトが、いつもよりも小さく見える。

 ただでさえ小さいのに、ますます小さく感じられる。

 よう子は澄ました顔で黙っているし、ウワサの本人がすぐ後ろにいるので質問をするわけにはいかない。


「まりこ先生、この人誰なんですか?」

 せっかく空気を読んで黙っている華恋のすぐ後ろで、祐午が堂々と疑問解消の為に動いた。

「この人はね、三年の英語の講師の先生、安達先生を知ってるかしら? 産休に入られるからもう来月から来ないんだけど、そのかわりに赴任してきたのよ」

「安達先生?」

「ほら、集会とかで見たことない? 髪が長くって、いつも赤いニットを着てる、声の低い女の先生よ」

「ええ? そんな先生いたかなあ」


 顧問と祐午の会話はこんな風に脱線していって、疑問を解決するにはだいぶ時間がかかりそうだ。

 大体最初にまず名前を紹介するもんだろう、と華恋はすっかり呆れている。


 自分をまったく紹介されず、更に話がズレまくっているというのに男は黙ったままだ。

 チラリと振り返ると、なんだか妙に満足そうにニヤニヤしているのが目に入って、華恋は慌てて顔を戻した。


 部室に戻って、全員で机を囲んで座る。

 謎の男は辻出教諭の隣に並んで立っていて、さすがに紹介がされるらしい。


「みんな、この人は産休に入られる安達先生のかわりにいらっしゃった、英語の講師の号田先生よ」

号田(ごうだ)(つよし)です」


 名乗る前も、名乗っている間も、名乗った後も、号田の視線は一点からまったく動かない。

 良彦をガン見したまま、口元は笑いを抑えられないといった様子でピクピクしている。


「来月から講師としていらっしゃるんだけど、演劇部の活動にすごく興味があるんですって。だから、副顧問として一緒に活動していきたいってことで、さっきお話していたの」

「そうですか」

 桐絵がいつも通り簡潔に答えて、辻出教諭は笑顔を見せた。

「というわけでいいかしら?」


 全員、返事はない。別にいいけど、みたいな雰囲気で小さく頷いている。

 良彦だけは、体に力が入っているように華恋は感じた。


「じゃあみんな、ご挨拶しておいたらどうかしら? 私はちょっとまだ用事があるから職員室に戻るわね」


 さっさと去っていく後姿に、少女は疑問を感じた。あの人、顧問の仕事しているのかなと。

 なにせこちらから話に行った「相談」について、完全に忘れている。

 

 ところが忘れているのは辻出教諭だけではなく、先輩部員の方々も同じのようだ。


「じゃあみんな、号田先生に自己紹介しておきましょうか」

 桐絵が言い、早速立ち上がってまずは自分から名乗った。

「二年の紺野桐絵です。部長をやっています」

 号田の反応は薄い。チラっと見たくらいで、頷きもしない。

「二年の不破礼音です。副部長です」

 こちらも反応は薄い。

「……二年の北島よう子です」

 ここでようやく、号田が顔を動かした。

「よう、BG、久しぶり!」

 よう子はふっと笑っただけでなにも言わない。

 「BG」がなんの略なのか説明もない。


 しばらくの沈黙の後、隣の祐午が立ち上がって続けた。

「一年の、武川祐午です。」

 号田がまた、無反応に戻る。

 祐午の隣は華恋だ。なんともいえない気分のまま、みんなに倣って名乗ることにした。

「一年の、美女井華恋です」

 世界一苦手な自己紹介も、文字の説明がなければ問題ない。そしてまた、無反応。

 生徒が話しているのをこんな風に無視する教師って一体どんなもんじゃ、と思いながら、隣に立つ良彦を見る。

「一年の……、藤田良彦です」


 とたんに、号田が全開の笑顔になる。

 瞳が潤み、頬が紅潮し、わなわなと震えながら叫んだ。


「スピリット! 会いたかったよ!」


 新たなる副顧問は手を大きく「抱きしめちゃうよ」という感じに広げ、更に「掴んじゃうよ」というオーラを放ちながら指をにぎにぎと動かしている。


「ゴーさん、ひさしぶり」

「本当だ。どれだけ待たせたら気が済むんだ? 焦らすのも大概にしないと爆発しちゃうぞ!」


 どういう間柄なのかはまだわからないが、ゴーさんとやらがおそらく変態に分類されるのは今の様子からハッキリとわかった。

 あの良彦が恐れる男。二人の間に、いかなる歴史があったというのか。


「藤田君とよう子は号田先生と知り合いなのかしら?」

「そうよ。私のお兄様がボーイスカウトでお世話になったの」


 自己紹介が終わると、号田は他の人間に目もくれず、良彦をジロジロと眺め始めた。

 ゆっくりと周囲を回りながら、上から下から、あらゆる角度から「スピリット」とやらを見つめている。

 他のメンバーは異様な二人から少し離れて、ヒソヒソ小声で話した。


「藤田はなんで知り合いなんですか?」

「よっしーのお姉さんの優季は私のお兄様と同級生でお友達なの。小学校、中学校と一緒だったのよ」

「へえ」

 良彦とよう子の仲の良さの理由がわかり、華恋は納得いってスッキリしている。

「あの、なんかスピリットとか言ってるのは?」

 この質問によう子は一瞬黙って、演劇部のメンバーの顔を順番に見つめた。

「どうしたんですか? よう子さん」

 祐午の問いかけに、服飾担当の先輩は肩をすくめてため息をついている。

「まあいいか。説明がないとみんなスッキリしないわよね。あんなにもエマージェンシーでデンジャーなムード、理解できるわけないもの」


「ゴーさん、待て!」


 大きな声が奥からして全員で振り返ると、号田がなぜか、床にピッタリと正座をしていた。


「もう今日はここまで! 職員室に戻れ!」

「ワン!?」

 悲しげな「ワン」に良彦が首を横に振る。

「スピリット、もうちょっといいだろう?」

「ダメ! 勤務はまだ来月からなんだろ? 大体みんなのあの視線を見ろよ。もう多分『あいつとんだド変態だな』って思われてるぜ」

「……わかったよ。今日は帰る」

 号田は立ち上がると、残りの演劇部員たちにフンッっと鼻息を吹きかけて部室を出て行った。


「はー、ビックリした!」

「よっしー、なんなのあの人。スピリットってなに?」

 祐午に質問されて、良彦は腕を組んで、小さく唸り声をあげている。

「話すと長いんだけどいい?」

「あんまり長いと、僕はちょっと途中で寝ちゃうかもしれない」

「アホか!」

 華恋が反射的に突っ込むと、祐午はシュンと小さくなってしまった。

「美女井さん、アホなんて言葉使わないでもらいたいわね」

「すいません、つい。祐午君ごめん」

「いいよビューティ、大丈夫。……そうだ、よう子さん、BGっていうのはなんですか?」

「トップシークレットよユーゴ。二度と聞かないで」


 よう子の目が威圧的な光をギラリと放ち、再び祐午がシュンと小さくなっていく。

 よう子がこんな態度を取ったのを見たのは初めてで、彼女にも秘密があるのではないかという予感がしていた。


「しょうがない、じゃあ説明するから、みんな座ってよ」


 良彦は嫌そうな顔をしていたものの、演劇部の仲間の前に立つと、「ゴーさんとの歴史」を語り始めた。

 

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