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22 世渡り上手にときめいて 3

 翌朝、良彦は優季を連れて美女井家にやってきた。

「おはようございまーす!」

 

 これまでもなんだかんだ朝は一緒に登校していた。

 これからもそれが続くとさりげなく決定しちゃっているんだな、なんて考えながら、今日も落ち葉を踏みしめて、華恋は隣の席の世渡り上手と並んで歩いた。


「姉ちゃんは結構悩んでたんだけど、お世話になるって決めてくれた」

「そう」

「ミメイの母ちゃんがすごく優しそうだから、安心したみたいだ。最初は図々しいからやめようって言ってたんだけど、ここはひとまず甘えて、まずは体を良くしなきゃって思ってくれたんだ」


 優季にしてみれば、昨日退院するなりいきなり全然知らない家族が待っていたわけで、いきなりお世話になります、なんていう展開を即座に受け入れられないのは当然だろう。

 それでもまかせようと決めたのは、弟のポジティブな意見に納得したからなのか、それとも姉も弟同様ポジティブシンキングの持ち主なのか。


 いや、きっとどっちもなんだろう。


「早くよくなるといいね」

「大丈夫、きっとあっという間によくなるよ。薬が減っていったらあのほっぺも元通りになるし」

「へえ……」


 話している間に教室について、隣の席に座る。

 無礼者への怒りのポエムを書いてからそろそろ一ヶ月。

 そういえばブログはあの時怒りにまかせて書き殴って以来、ほったらかしになっている。

 転校した後大活躍するだろうと思っていた「無の境地」が活躍することもなく、他人への恨み節を書き込む必要はいつの間にかなくなっている。


 一日目は随分最悪の気分で帰宅したし、その後の展開も強引極まりないものだったが、今はすっかり楽しい学校生活を送れている。

 ……ような気がしていた。



「ビューティ、これ」

 放課後いきなり礼音にまで「ビューティ」と呼ばれたのに華恋は相当驚いたが、写真をのぞきこんだ祐午もかなり大きな声をあげて驚いていた。

「これ、ビューティなの?」

 よう子と良彦も寄って来て、初めての変身クリスマスバージョンの出来具合を確認し始めている。

「すごく綺麗じゃないか。ビューティ、やっぱりすごいね」

「なにが?」

「みんなの腕だよ! よっしーのメイク、やっぱり上手いよ。全然ビューティに見えない」


 コメントを返しにくい正直な言葉に、軽くムカついてしまう。

 しかし祐午の言う通り、この写真の少女は今この瞬間、世界のどこにも存在していない。


「だろ? だけど髪の毛がね」

「ゴーちゃんは?」

「昨日メール送って返事待ちしてるとこ。だけど結構久しぶりだから……、怒ってて返事してくれなかったらどうしようかな」

「大丈夫よ、よっしーからメールなんて間違いなくすぐに飛びつくわ。光よりも早くね」

 よう子に言われて、良彦はふう、とため息をついている。

「藤田、ゴーさんって何者なの?」

「モグリの理容師だよ。でも腕がすごいんだ」

「……モグリの理容師?」


 恐ろしく怪しい響きの職業だった。

 そんな単語を初めて聞いた。いや、普通の人間なら聞く機会はほぼ一〇〇パーセントないだろう。


「カリスマ美容師じゃなくて?」

「免許持ってないんだよ。市内にある床屋の息子なんだけど、後を継ぐのはイヤだって拒否して他の仕事しようとしたけど結局ヘアメイクの世界から離れられなかった、天才的凄腕の理容師、ただしモグリってところかな」


 まったくもって意味がわからない。

 そんなアホみたいな称号の持ち主がもしかしたら近いうちに目の前に現れるかもしれないなんて、やはりこの演劇部は鬼門だと華恋は思う。

 一風変わった人間を集める力を持っているに違いない。


「それってもしかして、時ノ浦(ときのうら)駅前の『ヘアサロン GOD・A(ゴッダ)』の話?」

「ユーゴ、知ってるのか?」

「聞いたことあるよ。親父さんがおかしなカットしてきてクレームつけたら、息子が現れてあっというまにイケてるカットに直してくれたって」

「都市伝説かなんかじゃないの、それ?」

 華恋はあきれ果てているが、祐午は真剣な顔だ。

「普段はちょっと腕が悪い親父さんが店をやってるんだけど、合言葉を言うと地下から息子が出てきて切ってくれるって話も聞いたよ。カット料金をすごく高く前払いで払わされるんだけど、最後はちゃんとおつりで返してくれるんだって」

「バカじゃないの? お店でフザけすぎでしょ、それ」

「夢がねえなー、ミメイは」


 良彦に笑われてしまったが、そんな話を信じろという方が無理だし、さっさと真に受けちゃうようなやつは多分アホだ、と華恋は思った。


「夢があるとかないとかじゃなくて、色々と現実的に大問題でしょ、その設定」

「設定じゃなくてホントの話だぜ? ゴーさんは確かにちょっとアレなんだけど、腕はいいから。ミメイの髪も、男子生徒が全員ふりかえっちゃうくらいサラッサラのツルッツルにしちゃうからな!」

「あんた会うのイヤなんじゃないの?」

「お前のとこのおじさんとおばさんに約束したからな、綺麗にするって。全力尽くしてやらないと! あれだけ世話になってるんだから、ちょっとイヤなことくらいは我慢するよ」

「へ?」


 それでは、ゴーさんとやらに協力を申し出たのは、本当に自分をより良く改造するためだったのかと、華恋はなんだかとっても照れてしまっている。

 しかし良彦に「アレ」呼ばわりされるなんて、どんな問題児なのか、恐ろしくて仕方がない気持ちもある。


「これは一体なんなの?」

 謎のモグリ野郎の話で盛り上がっていると、後ろから冷たい声がした。

 振り返ると、桐絵が先週の華恋の写真をじいっと見つめている。

「私とレオちゃんが先走って衣装を作っちゃったから、プチ変身させてみたのよ」

「私のいない間に……?」


 やっぱりあの冷静そうな見た目とは違って、部長は随分寂しん坊のようだ。

 下唇をかんで妙に悔しそうにしているところに、よう子の容赦のないツッコミが入れられる。


「仕方ないじゃないの。あなたが赤点取るからでしょう? 苦手な科目の間にずっとシナリオ書くのはやめなさいよ」

「だって数学と化学の時間は特に創作意欲が沸くのよ? 書かずにいられるかしら? 私の心は数式を見ると猛り狂うの!」


 はいはい、という短く返事で、部長の愚痴は強制終了させられていく。


「この衣装もステッキも、勿体無いわよね。どこかに使えないかしら?」

「部長があのイメージにあわせて書いたらいいんじゃないですか?」

「そんなことができたら、苦労はないのよビューティ。桐絵の才能はアメージングだけどクレイジーでとんだエゴイストなの」


 また、わけがわからなくなってきた。

 とにかくできないらしいのはわかったが、それでちゃんと発表会に間に合うのだろうか。

 練習だって必要だろうし、大体こちらはとんでもないド素人で、正直舞台に立ったらそこから逃げ出そうとしてしまうかもしれないというのに。

 華恋はそう考えて、チラっと壁にかかっているカレンダーに目をやった。


 もう、十月は終わろうとしている。


「……そういえばこの学校、文化祭っていつなんですか?」

「来月の末よ」


 話題はクリスマスに集中しているが、文化祭なんて普通、演劇部にとっては一大イベントではないのだろうか。


「演劇部はスルー?」

「ああ、そうねえ。やろうと思えば、なにかできるかも。どう、桐絵?」

 部長はなにを思っているのか、クリスマスガールの写真を恐ろしい形相で睨み続けている。

「変身体験コーナーとか作ったら人気出そうなのに」


 衣装とメイク、小物も充実しているんだから、コスプレ的な記念写真が撮れるようなイベントをやれば割と盛り上がりそうに思える。


「だめよ、桐絵がスネちゃうでしょ?」

「いいんじゃないですか? スネさせておけば」

「すげえなミメイ。お前容赦ねえな!」

「藤田とよう子さんほどじゃないよ」


 華恋の意見によう子は、くるりと回って「新しいわね!」と笑顔を見せた。

 全員わがまますぎだろと突っ込むと、なぜか桐絵以外の演劇部の面々は大声で笑った。


 全員で作業を中断して、いや、誰も特になにもしてはいなかったのだが、文化祭で変身体験コーナーをやってみようかという話し合いが始まった。

 桐絵がスネると礼音も、という構図がこれまでの常だったようだが、今回はやってみたいと副部長から参加表明が、小さな低い声でされている。

 わがままナンバーワンの部長は恥ずかしくなったのか、それではやってみようかという方向で話が進んだ。


 演劇部は文化祭を完全にスルーすると思われているはずだとよう子が言うので、顧問の辻出教諭の元に今からでも参加は可能なのか聞こうと、全員でゾロゾロと職員室へ向かって歩いた。


「僕はなにをしたらいいのかなあ?」

「祐午君は案内とかしたらいいんじゃないの? かっこよくしてたら、女の子は喜ぶと思うけど」

「じゃあビューティもしっかり変身して案内したら、男の子が喜ぶね!」


 爽やかな笑顔から飛び出したそんな言葉に、華恋は思いっきりブーっと噴き出した。


「おいおいミメイ、そこはこらえて頬をぽっと赤く染めるくらいに押さえておけよ!」

「なっ……、ばっ……、ちょっ……、藤田っ! このやろう!」

「照れすぎ! ありえないレベルでの照れすぎ!!」


 ゲラゲラ大声で笑ったりプンプン怒ったりの一同がぞろぞろ六人も入ってきて、早速職員室入り口付近の教師たちが警戒をし始めている。


 お目当ての辻出教諭の席は奥の方、と歩みを進めると、先頭を歩いていた良彦の足が止まって全員が順番に礼音の下敷きになってしまった。


「重っ!」


 なんとなく背の順で並んでいたので、華恋の上は祐午で大変だ。

 そして華恋の下の三人はもっと大変だ。


 慌てて全員で立ち上がると、どうして良彦の足が止まってしまったのかの原因である、辻出教諭のもとにいた一人の男の姿が見えた。


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