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19 はじめてのへんしん 3

 パタパタと顔を優しく叩かれながら、華恋は思っていた。

 いい匂いだな。

 母のそばにいる時に感じるのとはまた違うタイプの、大人の香りだ。


「化粧のノリが良さそうだな!」


 いきなりそんなことを言われて、どう返したらいいのか少女は少し悩んだ。

 微笑んだ顔で新しい瓶を取り出している良彦の傍には、よう子と礼音が並んで、興味深そうに華恋を見ている。


「だってお肌がキレイですもの。ビューティ、いいわね」


 これまで一度だって意識してこなかったことをほめられてしまった。

 本当かどうかは、自分ではわからない。


 いつの間に用意したのか、テーブルには大きなメイクボックスが三つも置かれていた。

 軽快な鼻歌と共に、中から取り出されたアイテムが次々と並べられていく。


「そんなにたくさん、なにに使うわけ?」

「ミメイは肌がきれいだけど、四角いだろ?」


 そうね、四角いのよねー、とすぐに返せるほど、華恋の心は熟成されていない。


「ホントはファンデーションもいらないかなって思えるくらいなんだけどさ、その四角は視覚効果でごまかさないと」


 病室での優季の様子。

 ポンポンに膨らんでいた丸い頬が、細く見えるように仕上がっていた。

 きっとあの時と同じような視覚効果を施されるに違いない。


「視覚効果って……」

 人の顔に使う言葉だろうかと憤る華恋に、良彦が気付く。

「仕方ないだろ? 四角いもんは四角い! まずは認めて、イヤならどうにかしたらいいってだけだ」


 念じたところで憧れの小顔に一晩で変わるなんていう奇跡が、起きるわけがない。

 藤田流のポジティブシンキングに乗っていけばいい。

 実践すれば、毎日の温かい食事にだってありつけるようになると、証明されているのだから。


 ハミングされていた流行りの歌がいつの間にか聞こえなくなり、目の前の良彦の顔が真剣なものになっているのに華恋は気がついた。

 次々とブラシやスポンジが顔のあちこちに押し付けられていく。

 視線をズラすと、わかったような顔で微笑むよう子が目に入った。

 その隣で、礼音も感心したような表情だ。


 パタパタと顔を叩く作業が終わると、次に「挟むぜ!」オーラを放つアイテムが登場していた。

「なにそれ」

「ビューラーだよ。まつげを挟んでカールさせるんだ」

「まつげを挟む……」

 ビューラーが目の本当にすぐ前に現れて、華恋は思わずそれをよけてしまう。

「よけるなよ。まっすぐまっすぐ」

「だって」


 正直、怖い。

 眉毛を切られるのだって恐ろしかった。

 まつげを挟まれるとは、いったいどういう状態になるというのか。


「動くとヘンなとこまで挟むことになるぞ」

「ヘンなとこって?」

「まぶたの端っこだよ。言っとくけど痛いぜ。動くなよ」


 どんなところでも端っこへのダメージというのは半端ない。

 わかっているのに、目のすぐ前というのは恐怖の感じ方が違って、華恋はまた後ろに逃げてしまった。


「ビューティ、ダメよ! じっとしなさい!」

 よう子が礼音を引っ張ってきて、後ろに回ったかと思ったら、頭を掴まれた。

 礼音の手は大きく、とてつもないパワーがあって、びくともしない。

 

「今とってもキレイになってるのよ。ビューラーが怖いからってここでやめたら勿体ない」

「うう」

「目元はメイクの魂の部分よ! ビューラーごときでビビっていたら完成しない。初めてのアイメイクは恐怖の連続! 恐れないで飛び込むのよ! よっしーに全部任せなさい、あなたはさなぎの気分でじっと動かないの」


 華恋が返事をできないのは単に礼音の押さえる力が強すぎるからだったのだが、このよう子の言葉の迫力はすごかった。

 妙に心に響いてくるものがあって、少女は背筋をピンと正している。


「レオさんちょっと手、離して」

 良彦の言葉で、華恋の頭を締め付けていた万力がようやく外された。

 再び真剣な顔のメイクアップアーティストの手によって、四角い地味顔の改造作業が続けられていく。

 ビューラーはなるほど、これでまぶたの端なんか挟んだらしばらくもんどりうちそうだと思えるアイテムだった。

 まぶたを押さえられて引かれるアイラインは、ずれたら恐ろしくしみるだろう。


 そんな試練を乗り越えると、まぶたになにかがペタペタと乗せられ、濃い眉毛だというのにさらにその上に線を書かれて、最後に唇が筆で装飾されていく。


 良彦はニカっと、本当に満足そうな笑顔を浮かべた。

「よっし完了! ミメイ、ちょっと立って」


 ケープとタオルが外されて華恋が立ち上がると、その前に良彦とよう子、礼音の三人が並んだ。

 全員で満足そうに頷きながら、新入部員を見つめている。


「いいわね、よっしーのメイク」

「よう子さんの衣装も見事だよ。レオさんのステッキも最高に可愛い」

 それぞれの仕事をほめ終わると、急に全員が真顔になった。そして、ため息。

「なに?」

「ダメだな。やっぱりちゃんと、髪の毛もなんとかしないと」


 腕組みをした姿勢で、良彦はため息をついている。

 次の瞬間礼音が急に走り出して、壁に並んだ棚からダンボールを引きずり出し始めた。


「帽子でごまかすのね! レオちゃん、素晴らしい発想だわ!」


 二人が箱を漁り出したのを見ているうちに、華恋は視界の端に鏡があるのに気がついた。

 自分の姿がどうなっているのか気になる。

 確認しようと鏡に向かおうとしたら、後ろから手を掴まれた。


「ダメだ、ミメイ、まだ見るな!」

「なんで?」

「ガッカリするぞ! その針金ヘアーがすべてを台無しにしているって!」

 あんまりまじめに大声で言われて、華恋は思わず苦笑している。

「完全に変身した姿で見てくれ。絶対感動するから」

 

 良彦の優しさあふれる笑顔に照れながら、華恋はおとなしく椅子に戻った。

 何個も帽子を抱えたよう子と礼音が戻ってきて、順番に一つずつのせられていって、協議の結果三番目の赤いベレー帽にしようと意見がまとまる。


 何本もピンを使って、良彦がなんとかまとめ、帽子はぎゅっと華恋の頭にはまった。

「なかなかいいじゃない」

「よし、いいぞ、ミメイ。鏡をのぞいてみろよ」

「これも……」


 最後にしましまのステッキも渡されて、苦笑いしながら華恋は鏡の前に立って。


 思わず、唸った。


「うわ」

「どうだ! 驚いただろう!」


 本当に、驚いていた。まるで自分とは思えない。

 鏡の中に他の誰かがいるのではないかと思うほどだ。


 真っ赤な可愛らしいワンピースに、ベレー帽とブーツ。

 しましまのクリスマス丸出しのステッキ。

 ありえん世界だ、と思っていたのに。


 まず、顔が四角くない。

 骨格が変わるはずないのに、顎がまあるいカーブを描いている。

 いつもは少し恨めしい雰囲気のそう大きくもない目は、いつもの倍の大きさになって輝いている。

 まつげがクルンと巻かれて瞳を可愛らしくデコレーションし、まぶたにチョンチョンと置かれた金色のパウダーがキラキラと光を放っている。

 こんな団子ッ鼻、と思っていた顔の中心部にはいつもよりも高い山脈が連なっているし、眉毛も少し優しげに下がっていて。


「うっとりしてんじゃないぞ、ミメイ!」


 良彦のちゃかす声に救われていた。

 かなり恥ずかしいことを考えていた。

 華恋は慌てて、頬を赤く染めながら振り返った。振り返って、かなり焦った。


「あ、なにすんですか、それ!」

 礼音がカメラを構えて待っている。

「せっかく変身したのよ。記録しておきましょう」

「ええ? 恥ずかしいですよ」

「なに言ってるの。美しく変身するのは女の特権よ! 堂々と撮られなさい! むしろ普段の自分の姿を恥じなさい!」

「そこまで言うかあ?」

「いいからそこに立って。少し微笑むのよ、愛らしくね」


 愛らしくできるかどうか不安だったが、華恋はちゃんと写真に撮られようと決めた。

 確かに、鏡をのぞいた時に感動があったからだ。

 自分自身に永遠に感じないだろうと思っていた感情が芽生えたのに、気がついていた。


「足はこう、ちょっと前後にズラして。ステッキは両手で持つのよ」

 ついでに顔の角度にも注文が入り、かつてしたことのないポーズをとらされる。


 何枚もパシャパシャと撮られていると、良彦とよう子が始めた会話が耳に入ってきた。

「俺、決めた。ゴーさんに頼むよ」

「あら、あんなにイヤがってたのに?」

「だってマズいでしょ? あれだけ髪型でマイナスになっちゃうなんてさ。毎回サロンでなんて、部活の範疇越えてるもん」


 そんなに針金ヘアの威力はすさまじいのだろうか。

 恥ずかしいわ、申し訳ないわで華恋のテンションが落ちていく。


「ゴーさんは俺が頼めばなんでもタダでやってくれるだろうから」

「ふふ、そうね。きっとそうでしょうね」


 二人の会話はなんとも怪しい雰囲気に満ちていた。

 どんな事情があるのだろう。

 なんでもタダでやってくれる?

 どういう間柄なのか、まったく想像がつかない。


 ゴーさんとやらは、一体何者なのか。

 でも、なにがあってももう驚かないぞ、と華恋は思う。


 この後案外すぐに驚くことになるのだが。それをまだ、少女は知らなかった。

 

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