18 はじめてのへんしん 2
二学期の中間試験が無事に終わって、再び部活動が始まっている。
部室に行けばさっそく良彦やよう子の毒舌に曝され、礼音はいつも通り黙々と作業をしていて、桐絵と祐午の姿はない。
「部長はどうしたんですか?」
「補習よ。試験の成績が悪かったの」
「ユーゴもな」
二人は試験のたびに補習に参加しているらしい。
桐絵は理数系が、祐午は学業全般が苦手なんだとあきれた様子で話すよう子に、華恋は激しく違和感を覚えていた。
「あの、よう子さん」
「私は五教科ほぼ満点よ。顔も良くて賢いなんて、神様って不公平ね」
「いえ、あの……。その制服、どうなってるんですか?」
華恋はまだ前の学校の制服のままで、ブレザーを着ている。よう子は学校指定のセーラー服だが、どうも級友たちと様子がだいぶ違う。
具体的に言うと、肩の部分が丸い。パフ袖だ。
ついでに手首のあたりが妙に広がっていってる。
今すぐ比べられる者はここにいないが、記憶の中の他の生徒たちのものとはあきらかに形が違っていた。
「ああこれ? 改造よ」
「改造?」
「より自分に似合う形を追求したらこうなったの」
入学早々改造を施した制服を着ていたら、さすがに教師に怒られてもとに戻さなければならなかった。
だが、自分の着たい服を着てなにが悪いと抗議したら、生徒は学業に専念しろと怒鳴られたので、試験で結果を出したら認めろと交渉した。
よう子の話ではこういう理由らしく、毎回しっかり学年で五位以内に入り、長い長い交渉の末、本日より改造制服は解禁された、らしい。
「よく認められましたね」
もしかしたらなにかとんでもない方法を使ったのかもしれない。
一年半もずっと突っかかってくる生徒に、学校側が面倒になっただけなのかもしれないが。
「ビューティも改造する?」
「いや、さすがに改造は……」
改造した制服がよう子にはよく似合っていた。
スカートの丈も短くなり、その分ソックスはひざ上まである長いものになっている。
校内で一人だけ、アニメの登場人物のようないで立ちだ。
自分には絶対似合わないだろうと華恋は思った。
その思考をどうやって読み取ったのか、小粒な二人はこんな会話をし始めている。
「お前用に改造するとなると、どういう形になるんだろうな?」
「そうねえ、思い切って足首までスカートを伸ばして、髪はソバージュにして、あとは竹刀を持って……」
華恋の呆れた顔の目の前で、よう子はくるりとまわってポーズを決めた。
ビシっと堂々と、人の顔を指で指して宣言する。
「オールドファッションド・JC! どうかしら。今よみがえる、ファンタスティックスタイル! ザ、積み木崩し!」
楽しげに笑う二人から目を逸らすと、礼音がじっと見ているのに気がついた。
良彦かよう子に話があるのだろうかとキョロキョロしてみたが、視線は自分に向けられて動かない。
「あの、なにか?」
礼音の顔に力が入ると、迫力満点だった。
けれどなにも言われないので、そっとそばに寄ってみると、ようやく口が開いた。
「気に入らなかったか」
「はい?」
「ストラップ、ついてない」
意外な指摘に、華恋は驚いていた。
理由がわかると、力の入った顔も寂しそうに見えてくる。
「あ、あれは、妹がどーしても欲しいって言うんであげたんです。すごくわがままで、自分の携帯につけたいって」
礼音の口は見事な「へ」の字で、正直言っておっかない。
「あれをつけて帰った日にすぐに気がついて、可愛い、うらやましい、くれないならグレるって言うんでつい……」
なので、つい、大袈裟に言ってしまった。
しかしその甲斐があったのか、礼音はニヤリと笑った。
「そうか」
大きな手がポケットに入って、また新たなストラップが取り出されていく。
「新作だから」
そっとさし出した華恋の手のひらに、フルーツがふんだんに盛られたロールケーキのストラップが乗っていた。
「こまけーっ」
ちょっと引いてしまいそうなレベルの繊細な仕事に声をあげると、礼音は満足そうに微笑んだ。
「そういえば藤田が、先輩の作った鏡、プレゼントしてました。うちのお母さんに」
きれいにラッピングまでされていたが、ひょっとしたら包装までしてくれたのかもしれない。
「すごく可愛いって感動してたんで。あの、ありがとうございました」
華恋が小さく頭を下げるも、礼音はさきほど浮かべた微笑みのまま、動かなかった。
「あら、レオちゃん感動してるの?」
「感動?」
副部長の感情表現は、わかりにくいことこの上ない。
「よう子さんは、礼音先輩と付き合い、長いんですか?」
「いいえ。まだ一年半ね」
態度の割に、よう子の言葉はあてずっぽうなのかもしれない。
大袈裟な先輩の言葉は、話半分くらいで聞いておいた方がよさそうだった。
部室の一番奥の礼音の机の上には、何色ものキラキラ輝く小さな石がケースに並んで収められている。
他にも、どう使うのかわからない白い塊や、チューブや、工事用具のようなものがところ狭しと置かれていた。
「このストラップって、どうやって作るんですか?」
「……まずは粘土でケーキを作るんだ」
礼音は白い塊を小さくちぎって、こねていく。
こねているようだが、塊はあまりにも小さく、それに対して手が大きい。
つまり、どうやって作られているのかは隠れていて、まるで見えない。
「形ができたら色を塗ったり、加工する」
目を凝らしても、やはり手の中に隠れた粘土は見えなかった。
少ししてコロリと出てきたものは、しっかりとケーキになっている。
「すごいですね。そんな大きな手でこんなに細かいが作業できるなんて」
嬉しかったのか、礼音はニコニコ微笑んでいる。
ついでに気合も入ったのか、頭にタオルを巻いてフンフンと歌いだした。
そして急に振り返ると、後ろに置かれた荷物の中からなにかを取り出して、華恋に見せた。
「試作品なんだが」
赤と白のシマシマ、ラメでキラキラのステッキが手渡される。
カーブした部分には、緑のギザギザした葉っぱと金色の鈴もつけられていた。
「クリスマスの舞台用」
「あら、レオちゃんもうできたの?」
よう子も弾む足取りで寄ってきて、目を輝かせている。
「まあ愛らしい」
「これをどうしろと……?」
確かに可愛らしいアイテムだが、こんなものを持っている女子を、たとえ十二月であっても見たことはない。
「どうしろって、舞台で使ったらどうだろうか」
「まあ、シナリオによっては使えるのかな……」
たとえば魔法の国からやってきた少女なんかに扮した場合は有効活用できるかもしれない。
ただ、あの部長からそんなファンシーなシナリオが提示されるだろうか?
女優の反応が悪いからか、礼音はみるみるしぼんでいく。
それに慌てて、華恋はフォローを入れた。
「あの、これ自体は可愛いですよ。だけどやっぱり、シナリオの雰囲気に合わせないと無駄になっちゃうかも」
「そうか」
ズーンという効果音がこれほど似合う男を、華恋は初めて見た気がした。
「やる気が空回りしちゃったのね。でも大丈夫よ、レオちゃん。今からビューティに持ってもらいましょ」
小柄なよう子が、下のほうから華恋の肩にパンっと、勢いよく手をのせてきた。
「はい?」
「私も先走って衣装を作っちゃったから、今から合わせてみましょう。ほんとに奇遇ね。そのステッキとは合うわよ! イッツミラクル!」
このステッキと合う衣装。
嫌な予感しかしない。しかし自分の意見を言う前に、よう子についたての陰につれこまれ、思いも寄らない強引さとパワーにより、あっという間に着替えは終わった。
真っ赤なワンピース。
襟と裾は、白くてフワフワしたファーがついている。
腰のあたりがぎゅっと絞られていて、スカートはふんわりと、ロマンティックなラインがちょうど膝を隠すか隠さないくらいの位置まで広がっている。
胸元には白いボンボンのついたリボンが結ばれていて、とにかくひたすら可愛らしい。
どこから出てきたのか、真っ赤なロングブーツも履かされて、クリスマス丸出しの少女が出来上がっていた。
「うーん、私、グッジョブ! サイズはピッタリね!」
「服だけは最高だ!」
良彦は笑顔で叫んで、明らかに浮かれ始めている。
「顔も合わせないとな! よし、座れ、ミメイ!」
またも強引に座らされ、肩にタオルを、その上にケープをかけられていく。
前髪がピンでとめられて、おでこが全開になっている。
「うっふふふ」
目の前の可愛い顔が変な笑いを浮かべている理由は、いつも通り失礼なものだろうと思っていたら、違っていた。
「とうとうだな! マジで、腕がなるー!」
そういえばメイクのモデルになるためにつれてこられたのに、今までもそのチャンスは何回かあったのに、実際に顔を加工されたことはまだなかった。
「見てろよ、ミメイ!」
良彦が鼻のすぐ手前を、人差し指でビシっとさしてくる。
ノリノリのクラスメイトに、華恋は冷静に答えた。
「見えないけどね」
可愛らしいメイクアップアーティストは笑顔でパフを取り出して、まずはそれをポンポンと、化粧水で濡らした。