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17 はじめてのへんしん 1

 放課後部室に顔を出すと、良彦はすぐに礼音のもとへ行って、ひそひそと相談をし始めている。


 良彦やよう子に絡まれないと、ヒマだ。

 祐午がこの立ち位置にいるんだなと納得して、華恋は仲間のもとに向かった。


 しかし、なんと呼びかけたものだろうか。

 祐午、と呼んでいいものだろうか。

 自分が、このイケメンを下の名前で呼び捨てにして許されるのだろうか?


「どうしたのビューティ、怖い顔して」

「あ、あれ。怖かったかな……」


 どうやら力が入っていた顔を緩めながら、華恋は目の前の仲間をどう呼ぶのか、なんとか決めた。


「祐午君……、は、なにしてるのかな?」

「今、オーディションの告知見てたんだ」


 祐午の前の机には、雑誌が開かれている。

 そこにはデカデカと「Z-BOYグランプリ」と書かれていた。


「ゼットボーイ?」

「そうだよ。若手俳優のチョーユーモンなんだ」

「登竜門……、のことかな?」

「ああ、そうだよ! ビューティ、博学だね」


 手渡されたページを見てみると、歴代受賞者の写真がまず目に入った。

 そこにズラリと並んだ顔と名前は、今をときめく若手俳優たちで、さほど芸能界に興味のない華恋ですらみんな見覚えがある。


「このオーディションを受けるの?」

「受けたいんだけどね。悩んでるんだ」

 小さくふう、とため息をついた顔は、なかなかどうしてやっぱりカッコイイ。

 いい線いってるんじゃないかな、なんて華恋は考える。

「受けたらいいのに。祐午君……なら、受かるんじゃないの?」

「大変なんだよ。芝居とか、特技の披露もあるんだ。僕はあんまり自慢できることがなくって。それに、どこの事務所にも入ってないから」

「みんな入ってるもんなの?」

「ここからスカウトされるっていう風になってるんだけどね、やっぱり裏で色々あるんだよ。グランプリ獲る人は最初っから決まってるんだ」


 サラリと汚い芸能界の裏事情を聞かされて、幻滅するような、いや、やっぱりそうなのかと納得いくような。華恋は不思議な気分で頷いていく。


「大体、十四歳からなんだよ、受けられるの。だから僕はまだ無理なんだ」

「それを早く言えよ!」


 ついいつもの対藤田仕様で突っ込んでしまったせいで、祐午はかなり驚いた様子で目をまあるくしている。

 このやりとりはしっかり見られていたようで、良彦と礼音の大きな笑い声が聞こえてきた。


「ミメイ! 座って」

 良彦に呼ばれて椅子に座ると、二つにわけて結んでいた髪をいきなりほどかれてしまった。

「やっぱり硬いなー!」

 ブラシでガシガシと、髪を梳かれていく。

「痛いんだけど」

「奇遇だな。俺もだよ」


 針金が手に刺さるとか、なのだろうか。

 痛みに耐えながらも髪の様子を確認したようで、良彦は大きな声で衣装係に呼びかけていく。


「よう子さんは髪ってどうしてるの?」

 遠くから、歌うような声で返事が聞こえてくる。

「私は別に、特別なことはしていないわよ」

「そうかあ。やっぱり特別だよなあ、ミメイのこの髪の硬さは……」

 後頭部に思いっきりでっかいため息を吹きかけられて、華恋は気を悪くして顔をしかめた。

「ったくもう……」

「ビューティとよっしーは、仲がよくていいなあ」


 離れた位置に座っている祐午が、ニコニコと微笑みながら声をかけてくる。

 本来とは逆の向きに椅子に腰掛け、背もたれに両手をかけているが、そんな座り方がよく似合っていた。


「仲良く見える?」

「言いたいことをなんでも言いあえる相手なんて、貴重だよね」


 言いたいことを容赦なく言われてるから、我慢できなくて怒っているだけ。

 華恋はそう自覚しているが、他人から見ると印象が違うのかもしれない。


「ミメイはなにを言われても落ち込まないから、遠慮なく本音で話せるよな!」

「落ち込まないと思ってなんでもかんでも言わないでほしいけどね」


 ムカつきながら髪をいじられる華恋を、なぜか祐午がじっと見つめてくる。

 イケメンの優しい視線に気がついて、少女は意味がわからず、焦ってこんなセリフをぶつけてしまう。


「祐午君……、どうかした? ヒマなの?」

「ヒマはねえだろー、ミメイ!」


 良彦の軽口には反応せず、祐午は真剣に華恋を見つめ続けている。

 少女がぽっと頬を赤く染めたところで、ようやく口が開いた。


「ビューティ、よう子さんの言った通り、本当にプロポーションがいいんだね」

「はい?」

「手足がすごく長い。肌もキレイだし、パーツモデルならすぐにできるんじゃないの?」


 パーツモデルがなんなのかわからず、良彦からは遠慮なしにツッコミが入ってしまう。


「ほめすぎだろ、ユーゴ! こいつの仏頂面じゃ無理無理!」

「手足のモデルに顔は関係ないよ。ビューティでも大丈夫」


 なるほど、手や足だけのモデルを指すらしい。

 それはいいとして、多感な思春期の少女に対して失礼極まりない会話だ。


「お前らなあ……」


 そう思っているのに、文句を言う声は妙に小さい。

 そんな華恋に、良彦が敏感に反応する。


「お、なんだ!? ユーゴにキレイってほめられて照れてんのか!? ほめたのは一部分だけだぞ、この顔面ホームベース!」

「誰がホームベースだ!?」

「うぉっ」

 怒って立ち上がると、華恋の頭が見事に良彦のあごにヒットしてしまい、二人揃ってしばしの間悶絶してしまう。

「あははは、本当に仲良しだなあ!」

 

 頭にズキズキとした痛みを抱えながら、華恋は家路に着いていた。

 せっかくあんなイケメンにほめてもらったのに台無しだ、この小悪魔野郎。

 そう考えながら、隣でまだあごをなでている良彦をジロリとにらんだ。


「お前って石頭だよなあ」

「うるさいよ藤田は」

「よっしーでいいよ」


 こう言われたのは何回目だろうと華恋は思うが、そんな風に呼ぶ気にはどうしてもなれそうになかった。


「藤田でいいじゃん」

「なんだよー、ユーゴのことは、祐午君、なんて呼んでるくせにさ」

 これには照れくさくて返答できないので、なんとか話題を逸らそうと、どこかいい避難先がないか頭の中を探った。


「祐午君は、芸能界にまだ興味あるのかな?」

「ん? なんで」

「オーディション受けたいって言ってたから」

「へえ、そうなんだ。今度聞いてみればいいじゃないか。もう来週は部活がないから、再来週の金曜か、再開した時に聞いてみれば? ユーゴは気さくだから、聞けばなんでも答えてくれると思うぜ」


 こう答えながら、良彦は自然な動きで美女井家の玄関へと入っていく。


「ただいまー!」

「おいおいおいおい」

「あら、よっしー、いらっしゃい! 今日はね、ハヤシライスにする予定なのよ」

「いいですねー!」

 華恋は悩んだ。もうどうやってつっこんだらいいのか、わからない。


 次の日も、そのまた次の日も、良彦はちゃんと夕食を食べにやってきた。

 最早「親戚の坊やです」と紹介できそうなくらいのなじみっぷりだ。


「へえ、おじさんは不動産屋なんだ。こんな立派なお家建てるんだから、きっとやり手なんですね」

「いやいや、よっしー君。そんなことはないよ。ほどほどだよ、ほどほど」

 ヨイショっと、ビールを注ぐ。絶妙なタイミングに絶妙な泡の量。


「これ、どうぞ。おばさん……なんて言ったらおかしいかな。ミメイのお母さんはきれいだから、おばさんなんて呼び名は合わないですよね。これ、美味しいご飯のせめてものお礼に」

「いやねえ、よっしー君。おばさんよ、おばさんでいいのよ」

 ヨイショっと、たくさんの花でデコレーションされた手鏡をプレゼントしている。礼音に頼んで作ってもらったものらしい。 


「マーサちゃん、その髪型、すごく似合ってる。乾燥する季節だから、これ使って。可愛いでしょ」

「えー、うそ! この間見かけて、パパにおねだりしようと思ってたやつだ! よっしーありがとう!」

 ヨイショっと、ピーチの香りのリップスティックが可愛い袋でラッピングされて渡される。


 藤田良彦、おそるべし!


「アンタってすごくない?」

 食後のとろけるプリンまで並んで食べながら、その手腕について、華恋は問いかける。

「なにが?」

「処世術?」

 なんだそりゃ、と良彦はケラケラ笑った。

 その明るい笑い声に、美女井家の一同もつられて笑っている。

 


 笑う角には福来るとは、こういうことなのかもしれない。

 ついでに、良彦の笑い声には他人をハッピーにさせる成分が含まれているんじゃないかと、華恋は考えた。

 研究したら、大発見があったりするかもしれない。



 試験期間中の午前授業の日には、まんまと昼ごはんも食べにやってきた。

 良彦が本格的に美女井家長男になろうとしてないだろうかと、華恋は毎日勘ぐっている。

 

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