14 さりげなく馴染んでんじゃねえよ 1
「おねーちゃん、なんか今日感じが違わない?」
夕食が終わりかけた頃、正子が呟く。
「そう?」
「うん。なんだか、なんでかわかんないけど、いつもよりなんだかスッキリした感じに見える」
「華恋ちゃん、なにかいいことがあったのかしら?」
母と妹が抱いた印象の変化は、きっと眉毛のせいなんだろう。
「ねえねえ、なにかあったの? 教えてよ、おねーちゃん!」
いつもはどこまでも上からの妹が、悔しげな様子で言ってくるのが面白くて、華恋はからかってやろうと意地の悪い笑みを浮かべた。
「部活でイケメンと知り合ったからかな」
「えっ、イケメン?」
「そうだよ。芸能活動もしてたっていうすっごくカッコイイ男子がいてね。背も高いし、紳士的だし。仲良くなれそうなんだ」
おそらくまだ男子のお友達が一人もできていない美少女は、口にぎゅうっと力を入れて、あからさまに悔しがっている。
「なんで、なんで? お姉ちゃんなのにイケメンと仲良しなんておかしいよ!」
「なんとでも言いな。いくら可愛くても性格に難ありじゃ男は寄ってこないんだよ」
「おとうさーん! お姉ちゃんが虐めるー!」
このやり取りを見ていた父、修の顔は複雑だ。
「華恋、そういう言い方はやめなさい」
「はいはい。お互い正直に言い合ってるのは同じだってのに、私だけ注意されるのにももう慣れましたよ」
嫌味を口にする自分と同じ顔の娘に、修は腹を立てているような、申し訳ないような微妙な表情を浮かべている。
「……正子、お前は確かに可愛いけど、それでみんな優しくして当然みたいな態度は反感を買うかもな」
「そうだよね、みんなマーサが可愛いからってひがんでるんだよね。男の子は、タカネノハナすぎて、なかなか話しかけられないんだよね。もう王子様から求婚されてるかもって思って当然だもん」
残念ながら父の説諭は一パーセントも心に沁みなかったようだ。
部屋に戻ってから、華恋はあることに気がついていた。
この部屋には、鏡がない。
洗面所まで降りていって、鏡の前に立つ。
きれいに整えられた眉毛を、改めて見つめる。
前から、少し斜めから、右から左から。
確かに今朝までの自分とはまったく違う。
たかだかあの小さいはさみでチョッキンされただけでこんなに雰囲気が改まるとは知らなかったし、予想もしていなかった。
I Can Change.
そんな言葉が浮かんで、思わず笑ってしまった。
すっかり良彦のペースに巻き込まれているのも、ちょっとだけ冒険して起きたちょっとした変化に思った以上に喜んでいることも、なんだか少しおかしかった。
いつもよりも少し満足していて、そんな自分もいいなと少女は思った。
「あらビューティ、昨日と比べて、やっぱり良くなったわね!」
次の日の放課後、部室に入るなりよう子が笑顔で話しかけてきた。
「よう子さん」
「ごきげんよう。昨日は十八点だったけど、今日は二十一点よ。素晴らしい進化だわ」
それは見た目についての採点で、百点満点で考えるべきなのか。
華恋は考え、少しムカつく。
「今日はミーティングをするわよ。そこのテーブルを合わせて、座って待っててちょうだい」
奥から桐絵が指示を出し、礼音がすぐにテーブルを移動させていく。
「おはようございまーす」
最後に祐午が現れて、演劇部にしては珍しいらしいミーティングが催されることになった。
「昨日、よう子と話して思ったんだけど」
全員が丸く座って見つめる中、桐絵は話し出した。
「武川君と美女井さんに二人芝居をやってもらうとして、どこでどう発表するかをどうしようかまったく決まっていないと気がついたの」
「ははは! 本当だ!」
良彦が愉快そうに笑って、祐午は焦りの色を見せる。
「じゃあ、芝居の話は? なしになるんですか」
「いいえ。これからどうするか決めるのよ。大丈夫、武川君。必ずやるから!」
珍しく言葉に熱をこめて、部長がこぶしを強く握った。
「昔の演劇部は、文化祭の他に、定期的に公演をやっていたの。吹奏楽部とか、他の部と合同で二ヶ月に一回程度、『放課後エンターテイメント クラブ発表会』というものに参加していた」
「それって今もあるんですか?」
華恋が質問すると、よう子が笑顔で答えた。
「あるわよ。吹奏楽部と、ダンス部、読書クラブの朗読、コント部、バトン部なんかが参加してる」
「……へえ。演劇部はいつから不参加になっちゃったんですか?」
「去年からよ。三年生が引退してから演者がいなくて」
あんた、ついさっき「昔」って言ったじゃないか、と華恋は部長にそっと心で突っ込んでおいた。
しかもそんなものがあるのなら、どこでどう発表するかはもう決定だ。
「武川君が一人芝居で参加とか、そういうやり方は考えなかったの?」
「部長のシナリオが完成したらそれでも良かったんだけどね」
「桐絵は凝り性だから」
祐午とよう子が揃って肩をすくめている。
「もうあるシナリオでやればいいのに」
そうなると桐絵がスネて、桐絵がスネると礼音も協力できない、よう子はやる気が起きない、良彦と祐午は先輩方が参加しないのに自分たちだけでというわけにはいかないという構図になっていたらしい。
「とんでもないワガママ集団だな」
新入部員の呟きに、良彦はケラケラ笑っている。
「だからさ、お前の改造計画がどんだけ貴重かわかるだろ? 全員ノリノリで参加できちゃうんだぜ。ホント、演劇部の救世主だよな」
「そうかなあ?」
「そうだよ、このままじゃ演劇部はただの変人集団で入部希望者もゼロになったあげく廃部になっちゃうだろ? っていうか、今年もゼロになるところだったし」
「そういう自覚はあるんだね」
しかし、その変人集団の中で自分だけはまとも、みたいな図々しい考えを持っていそうだ。
良彦だけではなく、全員同じように考えているのでは、と華恋は思う。
「美女井さん、ホントに協力してくれる? 僕はぜひ、芝居をやりたいんだ」
祐午が真剣な顔で言ってきて、華恋は少々戸惑いながらも、最後には小さく頷いた。
「良かった! じゃあ部長、その放課後ナントカにまた参加しましょうよ!」
「そうねえ、じゃあ先生に相談しましょう。次の開催はもう来週だから間に合わないだろうけど、その次には参加できるように」
微笑んで頷く桐絵に、華恋は頭に浮かんできた疑問をぶつけた。
「部長は一人芝居用のシナリオ、書かなかったんですか?」
「書いたけど、使えなかったのよ」
「どうして?」
これには、桐絵のかわりによう子が答えた。
「桐絵は女性が主人公じゃないと書けないの。頑張って書いてみたんだけど、変な感じになってしまったのよね。オネエ口調の軍人とか、そんなのばっかり。みんなで直そうといろいろ口をだしてたら、それがストレスになったのか、蕁麻疹だらけになっちゃって」
シナリオを書くのに向いていないのではないか?
そう、正直に言ってもいいだろうか。
「だけどビューティ、大丈夫よ。桐絵は脚本のコンクールで賞を取ったこともあるんだから」
「……本当に?」
「失礼ね。真実よ」
桐絵がめがねをちょいとあげて、少し怒ったような声で答えた。
シュールさが評価されたのかもしれず、これ以上のツッコミはここで止める。
「まあ最悪部長のシナリオがダメダメだったら、ミメイのファッションショーにすればいいんだよな。これが変身前のミメイです! って等身大パネルを出してさ、ユーゴがかっこよくエスコートすればいいんだし」
「そっちのほうが楽しそうね!」
良彦とよう子が嬉しそうに笑顔をかわし、祐午と桐絵が焦りだす。
「部長、素晴らしいシナリオ待ってますから!」
「わかったわ、武川君! 頑張るから……、待っててちょうだい!」
「お、いい流れ! 俺の思惑通り!」
「ホントかよ?」
良彦が黒幕顔で頷いたので、華恋はとりあえず、一言物申しておいた。
とにかく演劇部の方向性は決まったようだ。
次の発表会は十二月なので、クリスマスらしい内容でやろうと決まる。
よう子と礼音は、冬らしいファッションについてさっそく打ち合わせを始めていた。
「そういや、もうひとつ問題があるんだよなあ」
珍しく困った顔の良彦に、華恋が振り返る。
「なに、問題って」
「ヘアメイクだよ」
やれやれ顔の良彦は、少女の固い髪をツンツンつついて、わざとらしく「痛っ!」と叫んだ。