表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/100

13 新しい日々の始まりは眉毛から 3

 良彦が大笑いしていたのは、桐絵が授業の一切を放棄して書きあげた台本を読んだからのようだ。

 華恋はよう子と一緒に、原稿用紙を覗き込んでいる。



  嵐の中、みつめ合う二人

  「行かないで! お前様!」

  「ああ、行かないとも!」

  「愛しています!」

  「私もだ!!」

  激しく唇をむさぼりあう二人。― そして、そこに雷が落ちる



 華恋がブーっと吹き出し、よう子は肩をすくめた。

「桐絵、これはないわ。いつもの悪い癖が全部出てる」

「そうかしら? 自信作なんだけど」

「ダメよ、女囚と刑務官っていう設定もアウトだわ」


 しかも雷が落ちた後、二人とも記憶喪失になるというストーリーだ。

 見つめあったままあなたは誰? なんてやり合う展開は、演者がうまくやればコントとして大成功するかもしれない。


「まだ二人は十二歳とか十三歳なのよ。唇をむさぼりあうのはやめましょ」

「ダメかしら」

「ダメですよ。嵐とか雷とかも、表現が大変すぎます」

 祐午が苦情を出すと、桐絵はめがねをちょいと直し、表情をキリリとさせた。

「わかったわ。手直しする」


 手直し程度で済むだろうか? 

 しかし、直してどうなるのかちょっと楽しみなくらいだと華恋は思った。


「お前様もダメよ!」

 よう子が最後にもう一押しして、これでめでたく全部にケチがつく。

「じゃあユーゴも採寸しましょう。四月にもやったけど、あれから背は伸びたのかしら?」

「どうですかねえ」


 二人が移動していくと、良彦の笑顔が突然下から生えてきて、華恋は驚いて声をあげた。


「うぉっ!」

「よし、眉毛の森に巣食うゲジゲジ退治にいくぜ!」


 そこに、無言で礼音も現れる。

 無礼者の頭に一発拳骨を入れてから、華恋は先輩の方を向いた。


「なんですか?」

「指のサイズ、測っていいか?」


 なんで? という疑問の表情を浮かべる華恋の指を、副部長はたくさんの穴が開いたプレートを使って勝手に測っていった。

 頭をさすりながら、良彦はにっこり笑う。


「指輪作るんだね、レオさん」

 ずっしり重々しく礼音は頷き、さらに新入部員に質問をした。

「好きな色は?」

「え? うーん、青か、黒かな」


 華恋が答えると、礼音はいかつい顔に力を入れてしかめてみせた。

 いつかテレビでやっていた「なつかしのアニメ特集」で、指先ひとつで相手を木っ端微塵にする主人公が出てくる作品があったなあ、なんてことを思い出してしまう表情だ。


「今の質問はなかったことに」

「はあ……」

 彼の求める答えはどうやら、少なくとも暖色系のカラーだったようだ。青や黒で不満だというなら、最初から聞かないでもらいたいと華恋は思う。


「誕生日は」

「え? えーと、四月二十日です」

「ダイアモンドか……」

「なにが?」

「誕生石だよ。そんなこともしらないのか? お前も女子の端くれなら、そのくらいは知っておけよ」


 これで用事は済んだらしく、礼音は自分のテリトリーに戻っていった。

 一番奥の机にはたくさんの工具や小さなパーツの入った箱が積まれていて、小道具担当専用のテーブルになっているらしい。


「藤田の発言の八〇パーセントは余計な一言でできてるよね」

「わかってないな、ミメイ。俺が話すのはいつだって真実だけだぜ」


 正直なのは結構だが、思いやりとか、気を利かすとかそういう配慮もセットにしてもらいたいものだと華恋は唸る。

 大抵の人間は程度の差こそあれ、ちゃんとセットにしているものなのに。


「さ、ゲジゲジ、こっちに座って」

「誰がゲジゲジだよっ!」

 そう言いつつも、なんだかんだちゃんと良彦の前に座る華恋は本当にナイスガールだ。


「さてと……」

 華恋の首の周りにタオルが巻かれ、さらに上に散髪用のケープがかけられた。

 そしてとうとう、小さなくしが眉毛に入れられる。

「ちょっと待って。やっぱ、怖いわ」

「なんだよ今更。そんな無茶苦茶切ったりしないって」

「本当に?」

「そりゃそうだ。お前が明日から超細眉になってたら、クラス中が驚いちゃって授業どころじゃなくなっちゃうだろ? だから、ああ、なんだ……ミメイもようやく眉毛のお手入れくらいするようになったんだなあ、良かった、毛虫がいなくなったわね、くらいに仕上げるよ」

「ホント正直だよな、藤田は」

「よっしーでいいよ」


 ハサミがそっと顔に近づいてくる。

 さきほどまでとはうってかわって、良彦は真剣な顔だ。

 小さなくしがあてられ、金属のヒンヤリとした冷たさが目の上を突然襲う。


「ひゃあ!」

「バカっ、ミメイ! 動いたらダメだ!」

「だってなんか、変な感じがするから」

「動いて失敗したら、お前、バカみたいになっちゃうぞ? マロの眉毛になっていいのか?」

 それは困る。絶対に困る。

「わかった……。けど、ちょっとくすぐったくて」

「そこは我慢しろよな」


 まったくあきれましたね! の顔をされてしまって、ちょっと、いや、結構、いや、かなりムカついてしまう。

 が、ここは文句を言わない。華恋は、この試練を乗り切るのだと心に決めた。


「わかった。我慢するよ」

 華恋は顔に力を入れて、いつあのヒンヤリが来てもいいように構える。

「……お前の真剣な顔、ちょっと面白いな」

「藤田っ!」

「美女井さん、藤田君! うるさいわよ!」


 部長が机に向いたままの姿勢で怒鳴った。二人の大声は真剣にシナリオを直す作業の最大の敵になるのだろう。


「すみません」

「お前のせいで怒られちゃったじゃないか」

「そのセリフ、そっくりそのまま返してやるよ」


 ムカムカしたまま座りなおし、華恋は考えた。

 そうだ、「無の境地」だ。私にはアレがあるじゃないか。

 良彦のペースに巻き込まれるようになって以来すっかり忘れていた最終兵器を久しぶりに思い出して、華恋は表情のない顔でまっすぐ前だけを見つめた。


「ミメイ、なんか急にうつろな顔だな。どうかしたのか?」

 藤田良彦。こいつは隣の席に座っている男子。

「ミメイ、おい、大丈夫か? 意識はあるのか?」

 藤田良彦。可愛い顔に似合わず、毒舌。だけど、それだけだ。

「ミメイ、おい……もしかして死んだのか!」

「死んでるわけあるか!」


 こうして「無の境地」は二度目の敗北を喫した。

 華恋は小さく舌打ちをして、ぶつぶつと文句を言ってしまう。


「動くなって言うから集中してただけだよ」

「お前一応女なんだから、舌打ちするのやめろよ。感じ悪いぜ」


 普段はふざけてばかりの相手にこんな風に真っ当な突込みをされると、かなりの効果があるんだなと華恋は考え、確かによくなかったと反省し、頷いて答えた。


「……わかった、やめる」 

「俺がうるさいからいけないのかな。よく言われるんだよね、声が大きいって」


 うるさいのは物理的なものだけを指すのではないのだが、本人が気がつくのに何年かかるだろう。

 無理かもしれないと答えを出して、華恋は再び集中を始めている。


 ヒンヤリとした冷たい感覚も少しすると気にならなくなって、とうとう華恋の眉毛のお手入れが始まった。

「チョキチョキチョッキン、チョッキンナー」

 可愛らしい風の歌を、目の前の可愛らしい顔が歌っている。

「ゲジゲジゲジゲジ、ゲージゲジ 桜の木の下ゲージゲジ」

 楽しそうに歌は続いて、細かい毛がハラハラと、顔の表面を伝って落ちていく。

「毛虫にバイバイ、グッバイバーイ!」

「その歌やめてくれる?」

「そろそろ終わるぜ。毛虫退治、一匹目は完了だ」

 良彦は華恋の目の前でニカっと笑って、鏡を取って手渡してきた。

「どうだ? 今なら右と左の差がよくわかるだろ」


 華恋がおそるおそる鏡をのぞきこむと、右の眉毛がスッキリとした形に整っているのがわかった。

「わあ」

 右がすっきりと「眉毛」になっているのに対して、まだ手の入っていない左側は「眉毛の本来の位置以外にも随分雑草が生え広がっちゃってますよ」という印象だ。


「どうだ。良くなっただろ?」

「うん……。良くなったと思う」


 悔しいような嬉しいような気持ちで華恋が小さな声を漏らすと、良彦は満足そうに笑った。


「やったな! ホント、俺も人の顔にハサミ入れるなんて初めてだから、失敗したらどうしようかなあ、まあミメイならいいか! って思ってやったんだけど、成功してよかったよ」

「お前なあ……」

「嘘だよ! だってちょっとくらい切りすぎても、ちゃんとかけばいいんだから。俺が責任とって毎朝お前の家に眉毛かきに行ってやるかなって考えてたんだぜ」


 本当に成功してくれて良かった、と華恋はしみじみと思った。

 そんな事態になったら、朝からいい気分なんて日はしばらくの間やって来ないに違いない。


「じゃあ、左もやっちゃおうぜ。こっちも失敗しないようにやらないと」


 そうか、両方終わらないとまだ成功とは言えないのか。

 華恋がそう考えてまた顔を固くすると、良彦はまたゲラゲラと笑った。


 幸い眉毛のカットはちゃんと成功して、良彦が毎朝美女井家を訪れることにはならなかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ