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12 新しい日々の始まりは眉毛から 2

「おーい、美女井、ちょっといいか?」


 授業の後のホームルームが終わり、担任の風巻に声をかけられる。

「はい」

 華恋は素直に立ち上がって、教壇まで歩いた。

 辿り着いたところで教室の入り口から祐午が顔を出し、すぐに部活の仲間に気がついて声をあげる。


「ビューティ!」


 クラス中の全員が、その声に振り返った。


 祐午はにっこり、男前な笑顔を輝かせている。

「今日、ジャージで来てねってよう子さんが言ってたよ。よろしくね!」

 白い歯をキラリとさせ、ウェーブのかかった髪を揺らして、祐午は颯爽と去っていった。


「びゅーてぃ?」

 風巻教諭の笑いをこらえたような顔に、華恋はムカつきながら答えていく。

「聞き間違いじゃないでしょうか」

 可愛い教え子の眉間に寄った皺の深さに慌てて、教師は顔をなんとか元の状態に戻している。

「今来たのって、武川だよな。まさか演劇部に入ったのか?」

「え? まあ、そうですけど」

「……………………………………そうか」


 そうか、の前の沈黙の長さに、なんとなく納得がいく。心当たりはいくつもあった。


「いや、部活をどうするかなって思って。もう決まっていたんだったら、いいよ」

「そうですか」

「うん。じゃあ、困ったりわからないことがあったら、遠慮なく言えよ!」

 いつも通り無駄に朗らかな笑顔を浮かべて、風巻教諭は職員室へ戻っていく。

 振り返ると、クラスメイトたちは絶妙な表情で華恋を見つめていた。

「おい、ビューティ! 部活に行こうぜ!」

 とどめに良彦が大声をあげると、今日も一年D組は朗らかな若人の笑いに包まれた。



「なんで怒るんだ。悪いのは俺じゃなくてユーゴだろ?」

「どう考えてもおめえだろうがよ」

 今日もまた、華恋は怒りとともにズンズン歩く。

「だけどちゃんとジャージに着替えて部室に向かってるあたり、お前ってほんとナイスガール」

「どうせ、行かないなんて言ったら、無理矢理引きずっていくんでしょ」

「そうだな!」


 良彦はそれは楽しそうに、わははと笑った。

 あまりの正直さに怒っているのがバカバカしくなって、華恋の怒りも小さく縮んでいく。


「よっしー、ビューティ!」

 どこに祐午が走ってきて、二人と並んだ。

「そのビューティっていうの、やめてくれないかな?」

「すごくかっこいいと思うけど、嫌なの?」


 顔面偏差値の高い祐午に大真面目にこんなことを言われると、赤面してしまう。

 そんな華恋を見て、当然、良彦が余計な発言をしてしまう。


「やめろよユーゴ、ミメイはきっと免疫がないから、そんなに優しくしたら勘違いするぞ」

「ホントお前は余計なことしか言わねえなあ!」

「ははは。ビューティって元気だね。声がよく通りそうだから、舞台に向いてるかも」


 成立しているんだかわからない会話を交わしながら歩いているうちに、三人は部室にたどり着いていた。

 しかし、ドアには鍵がかかっている。


「まだ部長が来てないんだな。ちょっと待つか」

 廊下の突き当りからは、生徒が次々にやってくる光景がよく見えた。

 中学生たちが部室に吸い込まれていく様子を眺めながら、華恋はそういえば名前くらいしか知らなかったと、祐午に質問を投げかけている。

「武川君って何組なの?」

「祐午でいいよ。僕はA組なんだ」

「そうなんだ」


 男子を「下の名前で呼び捨て」なんて。

 この部活仲間をどう呼ぶべきか、華恋は悩む。


「俺はよっしーでいいぜ」

「うるさい、藤田は黙ってろ」

「よっしーって藤田っていうの?」

「知らなかったの?」

「いや、たぶん聞いてたと思うけど、よっしーは藤田って感じじゃないからかな。わからなかった」


 祐午の理論だとそうなるのだろうか。最後の「わからなかった」の意味が理解できない。

 今のところ、演劇部のメンバーの中に、まともな人材は確認されていない。

 最後の希望はまだあまり発言をしていない、副部長の礼音だけだ。


 その最後の希望が、のっしのっしと大きな体を揺らしながら歩いてくる。

 近づいてくると、背後に桐絵とよう子もいるのがわかった。


「おはよーございまーす!」

 良彦が大きな声で呼びかけて、華恋と祐午も続く。

 先輩方も手を挙げて、演劇部の活動が始まっていった。



「さあビューティ、早速測らせてもらうわよ!」

 よう子はウキウキした様子でメジャーを伸ばしている。

「採寸しないと私の作業は進まないから。さあ、やりましょう」

 華恋を手招きして、よう子は顔だけをもう一人のジャージ姿に向ける。

「ユーゴは次よ。桐絵がなにか書いたみたいだから、見てやってちょうだい」

 祐午は笑顔でわかりました、と桐絵のもとへ移動していく。

「ミメイ! 次は俺だぞ。眉毛、今日こそなんとかしようなっ」


 良彦は小さなハサミをシャキシャキと鳴らしている。

 あの震えるハサミに眉毛を託していいものか、華恋の心に不安がよぎる。


「あの、北島先輩は藤田に眉毛のカットされたことあるんですか?」

「やあねえ、よう子さんって呼んでちょうだい。そして眉毛のお手入れは乙女の基本よ。はやしっぱなしなんてナンセンスだわ」


 真正面から思いっきり否定されたが、無礼な言葉が返ってくるのは予想できていた。

 これから先なにを言われてももう驚かないぞと、華恋は決める。


「ビューティも女の子だから、一応ついたてを用意したほうがいいかな」

「一応じゃねえし」

「レオちゃん、ちょっと手伝って!」

 よう子のリクエストに応えて、礼音がすぐについたてを運んでくる。


 部室の隅に作られたシークレットゾーンで、華恋の体にまつわるすべての数字が明らかにされていった。


「わあーお! ビューティ、あなたってマーベラス!」

「マーベラス?」

「すばらしいプロポーションの持ち主じゃない。まったく、なんてことなの!」

「なに? なにがすごいの!?」

 良彦が駆けてきてが、覗き込む前に、よう子が額をパンと叩いて止める。

「ダメよ、よっしー! いくらあなたでも、レディの秘密を真正面から見るなんていけないわ」

「レディかあ?」

「うるせえなっ、藤田はっ!」

「美女井さん、言葉には気をつけてちょうだい」

 桐絵の声が遠くからたしなめてきて、華恋は慌てて口を閉じる。


 ついたての中では、よう子が顎にげんこつを当てた可愛いポーズを決めて、ふふんと笑っていた。

「ねえビューティ、あなた、今までになにか習い事してたでしょう」

「いえ、別に」

「バレエとか、新体操とか」

「してません」

「ピアノとか、バイオリンとか」

「してないです」

「うーん。じゃあ、乗馬とか、シンクロナイズドスイミングとか……?」

「してないってば」

 最後はだいぶ雑な返事をすると、よう子は右手の人差し指を唇にあてて、ふーむ、と呟いている。

「なにもしてなくてこのスタイルの良さ? やっぱりあなたがこの部に入ったのは正解だったわね! これも神の思し召しだわ」

 華恋の仏頂面の唇の部分を、よう子は人差し指でツンツンとつついて続ける。

「ねえビューティ、顔は整形したりメイクしたりでごまかせるけど、体はそうはいかないわ。こんなに足が長くて、肌もきれいで、背も高くって……。私はあなたがうらやましい」

「そうですか?」

「そうよ。私なんかこんなに小さくて、なで肩で。手足も長くないから、かっこよく着こなせないものも多いの。あなたには無限の可能性を感じる! インフィニティよ、ビューティ!」


 わけがわからん。華恋の今の気持ちは、句読点含めて八文字で収まっている。


「すげえなあ、ミメイ!」

 ついたての向こうから、良彦の声が聞こえる。

「よう子さんがマーベラスなんていうの、よっぽどだぜ?」

「そうなの?」

「スーパーモデルとかもさ、顔だけならそんなでもないなって人もいるじゃん。大事なのはプロポーションだろ? 顔は俺がなんとかしてやるし、スーパーミメイの誕生は約束されたな」


 本当だろうか? と、華恋は思う。

 しかしこんなにもほめられたのは生まれて初めてのような気がして、嬉しい気持ちがあるのも確かだった。


「いや、どうかなあ」

 奥から急に、祐午がぼやく声があがる。

「どうかした、ユーゴ?」

「よっしー、これ読んでみて」


 しばらくすると良彦の大きな笑い声が部室中にこだまし始めた。

 採寸を終えた華恋とよう子もそばに行って、その笑いの理由がなんだったのか、確認することとなった。

 

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