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11 新しい日々の始まりは眉毛から 1

「どうだ? そろそろ止まったかな」


 良彦は華恋の顔を覗き込んで、プっと笑った。

「お前、鼻にティッシュ入れてると破壊力半端ねえな」

「うるへえ!」


 詰めていたティッシュがポンと飛んで、それにまた笑いが起きる。

 手をそっと鼻に当てると、血はついてこない。

 もう鼻に詰め物をする必要はなくなったようで、華恋はふうとため息をついた。


「すまなかった」

 礼音が重々しくお詫びをしてきて、華恋は小さく舌打ちをしてから答えた。

「いいですよ、もう。二度とやらないでもらえれば」

「もちろん、もうしない」


 なんでも礼音は三歳の頃からずっと空手をやってきて、小学生の時には日本チャンピオンに輝いてしまった程の実力の持ち主なのだ、とよう子が笑顔で教えてくれる。


「これ」

 大きな手が差し出されて、華恋が手を差し出すと、コロンと小さななにかが落ちてきた。

「お詫びに」


 それは、可愛らしいショートケーキのついたストラップだった。

 三センチもない小さな三角形に、ホイップやイチゴや、ついでにキラキラしたラインストーンがついている。


「まあ可愛い! レオちゃん、私にも作ってよ」

 よう子が目をキラキラさせながらお願いすると、礼音はつけているエプロンのポケットに手を入れて、同じようなストラップを何本も取り出してみせた。

 ショートケーキだけではなく、チョコレートケーキやモンブラン、チーズケーキのものもあるようだ。

「わーお! エクセレンツ!」

 ラズベリーが乗ったレアチーズケーキのストラップを選んで、よう子はくるりと回る。

「これ、不破先輩が作ったんですか?」

 礼音のかわりに、なぜか良彦が答えてくれる。

「そうだよ。レオさんはこういう可愛いもの作るのも得意なんだ」


 こんなに甘ったるい雰囲気の小物なんて、華恋はひとつだって持っていない。

 さっき自分を思いっきり張り飛ばした大きな手がこんなに細かいものを作っているとは。

 あの迫力のある大男がどんな顔でこんなスイートなものを作っているのか、心中はすっかり複雑だ。


「俺にも一個ちょうだい。姉ちゃんにあげたいから」

 大きな手からチョコレートケーキのストラップを受け取って良彦は微笑んでいる。

 自分よりもずっとスイーツのストラップが似合っていて、華恋はすっかりムカついてしまう。


 礼音は黙って部長のところまで歩いていって、桐絵にもストラップを差し出している。

「私、洋菓子はあまり好きではないの」

 冷たい一言に、礼音はまたポケットに手を突っ込んで、新しく何本か取り出してみせた。

「……じゃあ、これをいただくわ」

 どういう展開があったのか目を凝らしてみると、どうやら和菓子のついたストラップも用意してあったようで、部長は小さなどら焼きをしげしげと眺めている。


「レオちゃんは桐絵が好きなのよ」

 よう子がこっそり、華恋にこんな情報を流してくれた。


「へえ」

 まだ詳しく知らない人物だが、クールに見えて実は単純そうな部長と、無口でいかつくてスイートな副部長の組み合わせを想像するのはひどく難しい。


「可愛いわよね。中学生の、ほのかな恋……。振り向いてもらうための、小さな努力」


 よう子のつぶやきに、あんたも同い年でしょうが、と華恋は心の中で突っ込みを入れておく。


「もう遅いから、採寸は明日にしましょうか。ビューティ、楽しみね! 私もすごく楽しみ! 腕がなるわ」

「俺もー! 明日こそ、お前の眉毛をカットするからな。腕がなるぜー!」


 よく見るとこの無礼者コンビは背の高さがほとんど同じだった。

 小粒な二人を少し上から見下ろし、華恋は「この愚民どもめ!」なんて考えて、心の中でそっと鬱憤を晴らしておいた。



「あ、おねーちゃん、なにこれ!」

 へとへとになって帰宅するなり、正子はめざとく姉のカバンについたストラップに目をつけ、大声をあげた。

「先輩にもらったんだ」

「なあに、先輩って」

「部活に入ったからさ」

 また、正子は姉のことをじっとりとした目で見つめている。

「なに部なの? そんな可愛いスイーツデコストラップもらえるなんて」

「うるさいなあ、なんでもいいでしょ」

「教えてよー! マーサもそれがほしい! 可愛いショートケーキのストラップほしいー!」

「じゃあやるから黙りなっ」


 良彦が勝手につけたストラップを外して、生意気でうるさい妹に渡す。

 正子はみるみる笑顔になって、極上に可愛らしいスマイルで姉に礼を言った。


「ありがとっ、お姉ちゃん。このストラップも、私に使われた方が絶対幸せだもんね!」

「お前のセリフの六〇パーセントは余計な一言でできてるんだな」


 嫌味にはまるで耳を貸さず、正子は自分の携帯電話を取り出して早速礼音作のケーキストラップを装着している。


「これでまた、私の注目度があがっちゃう」

 華恋が持っていないのに、小学生の正子は携帯電話を持っていた。

 もちろん、小学生が持つのにふさわしい安心仕様の物で、父の修が誘拐などの犯罪に巻き込まれないか心配して持たせている。

「男子のオトモダチはできたわけ?」

 この言葉に、モテモテマーサの返事はなかった。

 ほんのちょっとだけ勝利した気分になって、姉はニヤリと笑った。



 華恋は部屋に帰ってから制服を脱いで、たまらなく忙しかった今日という一日を思い出していた。

 勝手に演劇部に連れて行かれて、勝手に入部させられて、最後は張り飛ばされて鼻血がブー。

 ロクでもない一日だったのに、なぜか、顔が勝手に笑ってしまう。


 それに気がついて、顔をブンブンと振った。

 いかん。すっかりあの良彦を筆頭とした変人集団に毒されている。あの好き勝手極まりない個性の塊は、きっと集まるべくして集まった。そこに明日から自分も混じる。さて、どうしてくれようか。全員まともになるように矯正してやろうか?

 そんなことを考えながら、全員の顔を順番に思い浮かべていく。


 武川祐午。彼はかっこよかったし、割とまともだった。


 少女は最後の一人について、そう考えていた。

 他の面子の自分への対応の悪さを思うと、彼の穏やかな人当たりは今の華恋にとって最上級に紳士的に感じられる。そして、どうもどこかで見たような気がしていた。



「ああ、ユーゴは昔、子役をやってて、テレビとかCMに出てたから。それでじゃないか?」

 華恋の疑問は、次の日の朝、この良彦の一言であっさりと解決していた。

「子役?」

「『お子様部長』のCMとか覚えてない? ブルドーザーに乗って、工事現場を走りまわるやつ」

「ああ! 覚えてる!」


 重機メーカーの愉快なコマーシャルを、華恋ははっきりと覚えていた。

 幼稚園の時に男児たちの間で大流行して、「お子様部長の突貫工事!」のキャッチフレーズをみな意味もわからないまま言って真似していたはずだ。


「ドラマにも結構出てたって言ってたよ。『おじいちゃんのバカ!』とか、『夢みる土星のラプソディー』とか」

 良彦の口から出てきたものすべてに、聞き覚えがあった。どれも母が夢中になって観ていたものだ。

「だから見覚えがあったのかな」

「そうなんじゃない?」

「藤田は武川君と付き合いは長いの?」

「いや、中学からだよ。俺もなんか見覚えがあるなって思って、どこかで会ったか聞いたら、テレビに出てたんだって教えてくれたんだ」

「へえ」


 身近にテレビ出演をしたことのある人間なんて、初めて出会った。

 華恋は感心して、次に、こんな疑問を覚えていた。


「今はもうやめたちゃったの?」

「……ふふふ。ユーゴはイケメンだもんなあ」

 急にニヤニヤしだした良彦に、華恋は思いっきり顔をしかめている。

「あ?」

「ユーゴは誰にでも優しいやつなんだ。お前だけ特別ってわけじゃないぞ。勘違いするなよ!」

「んなことするか! このドチビ!!」

「ひどいなあ。人の気にしてることを……」


 急にシュンとした無礼者に、また怒りが沸騰していく。


「人のこと言えんのか? こっちが気にしてないと思ってんじゃねえぞ?」 

「お、ミメイ節が出たな。お前はやっぱりそうじゃないと」


 まったく懲りない様子の良彦に、華恋がひとつため息をついたところで、チャイムがなった。

 学校生活がスタートして、二人は仲良く放課後までの時間を過ごしていった。

 

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