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魔王を倒しに来たら、魔王城が先に勇者を募集していました

作者: みき
掲載日:2026/10/03

 魔王を倒すため、三年かけて旅をした。


 剣を学び、魔法を覚え、巨大な狼に追い回され、毒沼に落ち、仲間とはぐれ、なぜか山賊の結婚式に参加させられたこともあった。


 それでも私はようやく、魔王城へたどり着いた。


「……ここが」


 黒い雲の下に巨大な城がそびえている。


 尖った塔。


 赤く光る窓。


 門の左右には、どう見ても人間の骨で作られた飾り。


 間違いない。


 魔王城だ。


 私は腰の剣を抜いた。


「待っていろ、魔王。今日こそ世界に平和を――」


 そこで、門の横に立っている看板が目に入った。


 私は剣を下ろした。


「……ん?」


 木製の立て札だった。


 赤い文字で大きく書かれている。


『勇者募集』


 私は三度読み直した。


『勇者募集』


 やはりそう書いてある。


 その下には、さらに細かい文字が続いていた。


『仕事内容 魔王討伐』


『勤務地 魔王城』


『未経験者歓迎』


『経験不問』


『武器貸与あり』


『完全週休二日』


『昼食支給』


『魔王討伐経験者優遇』


「最後の条件を満たしてる人は応募しないだろ」


 思わず声に出してしまった。


 近づいてみる。


『基本給 金貨二十五枚』


「高い」


『危険手当あり』


「それはそう」


『昇給あり』


「何の?」


『試用期間三か月』


「魔王倒すのに?」


 私は完全に立ち止まってしまった。


 魔王を倒しに来た。


 そのはずだった。


 なのに魔王城の前で求人票を読んでいる。


「罠か?」


 そう考えるのが普通だろう。


 勇者を油断させ、城へ招き入れて食べるのかもしれない。


 あるいは呪われた契約書へ署名させ、魂を奪うとか。


 私は看板の裏まで調べた。


 何もない。


 そのとき、城門の小窓が開いた。


「ご応募ですか?」


「うわっ!」


 小さな角を生やした女が顔を出していた。


 魔族だ。


 私はすぐ剣を構える。


「魔族!」


「あ、勇者候補の方ですね」


「勇者候補?」


「求人票をご覧になったんですよね?」


「いや、私は魔王を倒しに――」


「でしたら条件にぴったりです!」


 門が勢いよく開いた。


「どうぞ!」


「待て」


「面接会場はこちらです」


「待ってくれ」


「履歴書はお持ちですか?」


「魔王討伐に履歴書がいるのか?」


 魔族の女は首をかしげた。


「では、手書きで結構ですよ」


「そういう問題ではない」


 私は魔王城へ連れていかれた。


 正確には、自分の足で入った。


 罠かもしれないと思ったから調べるためだ。


 決して基本給が気になったわけではない。


     


「こちらでお待ちください」


 案内された部屋は、ごく普通の応接室だった。


 壁には花の絵。


 机の上には茶。


 菓子まで置かれている。


「毒入りか?」


「クッキーですよ」


「種類を聞いたわけじゃない」


「チョコです」


「だからそうじゃない」


 魔族の女は笑顔のまま去っていった。


 私はクッキーを見た。


 食べなかった。


 三分後。


 二枚食べた。


 普通においしかった。


 さらに五分後、扉が開いた。


「待たせたな」


 低い声が響いた。


 私は椅子から飛び上がり、剣を抜く。


 そこに立っていた男を見て、息をのんだ。


 黒い角。


 真っ赤な瞳。


 背中には巨大な翼。


 漆黒のマント。


 間違えるはずがない。


「魔王……!」


「いかにも」


 魔王は私の向かいに座った。


「座れ」


「なぜお前が面接するんだ」


「採用責任者だからだ」


「魔王だろ!」


「兼任している」


 魔王は机の上の紙を手に取った。


「名前は?」


「勇者レオン」


「年齢」


「二十一」


「出身」


「アルマ村」


「長所」


「待て待て待て!」


 私は机を叩いた。


「何なんだこれは!」


「面接だ」


「分かってる! 分かってるからおかしいんだ!」


 魔王は少し困った顔をした。


「募集要項を読んでいないのか?」


「読んだから来たんじゃない! お前を倒しに来たんだ!」


「素晴らしい」


「何がだ」


「志望動機が明確だ」


「採用するな!」


 魔王が紙へ何かを書き込む。


「意欲あり、と」


「やめろ!」


「剣術経験は?」


「十二年」


「魔法は?」


「火、風、回復を少し」


「資格は?」


「勇者認定証」


 魔王の手が止まった。


「それはいい」


「喜ぶな」


「即戦力だ」


「お前を倒す即戦力だぞ!」


「だから募集している」


 意味が分からない。


 私は剣先を魔王へ向けた。


「説明しろ」


「仕方ない」


 魔王は大きくため息をついた。


「勇者が来ないのだ」


「……は?」


「もう十五年になる」


「何が?」


「最後に勇者が来てからだ」


 魔王は窓の外を見た。


「昔はよかった。毎年のように勇者が来た。剣士、魔法使い、聖女、弓使い。皆、命を懸けて私の城へ攻め込んできた」


「懐かしそうに話すな」


「だが最近は誰も来ない」


 魔王は机を叩いた。


「全然来ない!」


「知らないよ!」


「王国は何をしている!」


「勇者を育ててる!」


「遅い!」


 怒られた。


 魔王に勇者育成の遅さを怒られた。


「だから考えたのだ」


 魔王は立ち上がる。


「待っているだけでは駄目だ、と」


「嫌な予感がする」


「来ないなら」


 魔王が両手を広げた。


「こちらで勇者を育てればいい!」


「何でそうなる!」


「合理的だろう」


「全然だ!」


 私は頭を抱えた。


「お前は魔王なんだろ?」


「そうだ」


「世界征服が目的なんだろ?」


「一応」


「一応?」


「最近はそこまででもない」


「やる気出せよ!」


 自分でも、なぜ魔王を励ましているのか分からなかった。


 魔王は椅子へ戻る。


「昔は私も燃えていた。人間どもを滅ぼす、世界を闇で包む、と」


「はい」


「だが百二十年も魔王をやっているとな」


「はい」


「疲れる」


「急に現実的になるな」


「会議が多い」


「知らない」


「四天王の仲が悪い」


「知らないよ」


「魔物の食費も上がっている」


「もっと知らない」


 魔王は遠い目をした。


「世界征服より組織運営の方が大変なのだ」


「夢を壊すなよ」


 私の中にあった魔王像がどんどん崩れていく。


「それで、どうして勇者が必要なんだ」


「私を倒してもらう」


「本気なのか?」


「本気だ」


「じゃあ今戦えばいいだろ」


「駄目だ」


「なぜ?」


「お前はまだ弱い」


「…………」


 私は無言で剣を構えた。


「今の発言、取り消せ」


「事実だ」


「三年旅した」


「足運びが甘い」


「十二年剣を習った」


「剣を抜くとき右肩が上がる」


「火炎魔法も使える」


「詠唱が長い」


 全部見抜かれた。


 悔しい。


「だから研修を行う」


「研修?」


「三か月」


「求人票の試用期間ってそれか!」


「私を倒せるようになったら正社員だ」


「正社員になったら魔王いないだろ!」


 魔王は黙った。


「あ」


「考えてなかったのか!」


     


 帰ればよかった。


 今でもそう思う。


 ところが私はその日、魔王城へ泊まった。


 理由は単純だった。




 夕食がうまかった。




「これ誰が作ったんだ?」


「オーク料理長だ」


「オーク?」


「元王都三つ星料理店勤務」


「何があったんだよ」


「人間関係だそうだ」


「魔王城に転職してくる理由が重い」


 そして翌朝。


 私は魔王と訓練場に立っていた。


「剣を抜け」


「何で私は本当に研修を受けてるんだ?」


「契約書に署名しただろ」


「食費無料につられた」


「素直でよろしい」


 魔王が木剣を構えた。


「来い」


「魔王相手に木剣?」


「死ぬぞ」


「ですよね」


 私は斬りかかった。


 三秒後。


 地面に転がっていた。


「弱い」


「くそ!」


「もう一度」


 五秒。


「もう一度」


 七秒。


「成長したな」


「うれしくない!」


 午前中は剣。


 午後は魔法。


 夜は座学。


「魔王の弱点について」


「本人が教えるなよ」


「試験に出るぞ」


「何の試験だ」


「魔王討伐試験」


「聞いたことない!」


 授業には四天王まで参加した。


「炎魔法対策なら私がお教えしましょう」


「お前、四天王だろ?」


「はい。教育担当です」


「四天王にも担当があるのか?」


「私は人事です」


「人事!?」


 巨大なミノタウロスが名刺を差し出してきた。


『四天王 人事部長 ガルド』


「名刺作るなよ!」


「名刺交換は社会人の基本です」


「魔族社会、ちゃんとしてるな!」


 別の四天王は経理担当だった。


「先月の勇者育成費が予算を超えています」


「私のせい?」


「主に回復薬代です」


「魔王が毎日半殺しにするからだろ!」


 魔王が腕を組む。


「成長には痛みが必要だ」


「比喩で言え!」


 三週間後。


 私は強くなっていた。


 悔しいくらい強くなっていた。


 魔王の指導は的確だった。


 剣の癖を直され、魔法の無駄を減らされ、敵の動きを見る方法まで教わった。


 四天王も妙に親切だった。


「もっと腰を落としてください!」


「はい!」


「勇者様、お茶です」


「ありがとうございます!」


「明日の実習は魔獣討伐です」


「分かりました!」


 ある日、私は気づいた。


「……私、普通に働いてない?」


 給与まで出ていた。


 金貨二十五枚。


 本当に支払われた。


「魔王」


「なんだ」


「この金、どこから出てるんだ?」


「税収」


「魔族から税金取ってるの?」


「国だからな」


「魔王国だったのか」


「知らなかったのか」


「魔王城だと思ってた」


「魔王城だが」


「ややこしい!」


     


 三か月が過ぎた。


 最終試験の日。


 魔王城の大広間に、城中の魔族が集まっていた。


 垂れ幕まで下がっている。


『勇者レオン 魔王討伐最終試験』


「完全に行事になってるじゃないか」


「緊張しているのか?」


 玉座の前で魔王が笑う。


「少しな」


「安心しろ」


「何を?」


「私も緊張している」


「お前が?」


「教え子に倒される日だからな」


 なんだその感動的な師匠みたいな顔は。


「それでは」


 人事担当の四天王ガルドが手を上げる。


「最終試験を開始します!」


 拍手が起きた。


「頑張れ勇者!」


「魔王様負けないで!」


「どっち応援すればいいんだ!」


「両方!」


「そういう問題か!」


 魔王が剣を抜いた。


 今度は木剣ではない。


「レオン」


「なんだ」


「三か月前のお前なら、十秒で殺せた」


「知ってる」


「今のお前なら」


 魔王が笑う。


「少しは楽しめそうだ」


「言ったな」


 私は聖剣を抜く。


「雇ったことを後悔させてやる」


「期待している」


 戦いが始まった。


 魔王の剣を受ける。


 重い。


 だが耐えられる。


 三か月前なら吹き飛ばされていた。


「ほう!」


「まだだ!」


 風魔法で距離を取り、炎を放つ。


 魔王が避ける。


 その先へ先回りして剣を振る。


「読んだぞ!」


「それは私が教えた動きだ!」


「知ってる!」


 剣と剣がぶつかる。


 火花が散る。


 大広間の窓が震えた。


「勇者頑張れ!」


「魔王様そこです!」


「経理部はどっち応援してるんだ!」


「予算的には勇者!」


「理由が嫌だ!」


 一時間。


 二時間。


 戦いは続いた。


 そして。


「これで――」


 私は最後の力を込め、剣を振り抜いた。


「終わりだ!」


 聖剣が魔王の剣を弾く。


 そのまま刃を首元へ突きつける。


 静寂。


 魔王は私を見た。


 そして。


「合格だ」


「……は?」


 拍手が起きた。


「おめでとうございます!」


「勇者レオン、試用期間終了!」


「正社員採用!」


「待て待て待て!」


 私は剣を下ろした。


「魔王倒してないぞ!」


「十分だ」


「何がだ!」


「私を殺せる実力はある」


「じゃあ倒させろ!」


「今日は疲れた」


「そこ!?」


 魔王は玉座へ座った。


「それに重大な問題が発生した」


「何だ」


「お前が思ったより仕事ができる」


「は?」


「手放すのが惜しい」


「魔王!」


「勇者部門の責任者にならないか?」


「そんな部門いつ作った!」


「昨日」


「早い!」


 四天王が書類を持ってくる。


「勇者育成部部長。月給は金貨四十枚です」


「上がった」


「住居手当あり」


「……」


「有給二十日」


「……」


「食事無料」


「……」


 私は黙った。


 魔王がにやりと笑う。


「どうする?」


「いや」


 私は首を振った。


「私は勇者だ」


「そうか」


「世界を救うために来た」


「うむ」


「だから」


 聖剣をしまった。


「まず王国に戻る」


 魔王が少し驚く。


「戻るのか」


「ああ」


 三年かけてここまで来た。


 故郷の皆も待っている。


 国王にも報告しなければならない。


 魔王は倒せなかった。


 正確には倒せるところまでいったのに、なぜか採用された。


 説明できる気がしない。


「それから?」


 魔王が尋ねる。


 私は考えた。


「……人を連れてくる」


「人?」


「勇者候補だ」


 魔王の目が輝いた。


「本当か!」


「王国にも才能があるやつはいる。でも訓練場所も指導者も足りない」


「なるほど」


「だから」


 私は大広間を見渡した。


 魔族たち。


 四天王。


 教官。


 料理長。


 妙に働きやすい魔王城。


「勇者を育てるなら、ここが一番いい」


 静かになった。


 次の瞬間。


「採用!」


「だから私はまだ入社してない!」


     


 半年後。


 魔王城の門の前には、新しい看板が立っていた。


『勇者養成学校』


『入学者募集中』


『未経験歓迎』


『寮完備』


『昼食無料』


『卒業試験 魔王討伐』


 その横には、もう一枚。


『魔王軍も同時募集中』


『福利厚生充実』


『週休二日』


『人間可』


「……何だこれ」


 王国から連れてきた勇者候補たちが看板を見上げる。


 私はため息をついた。


「気にするな」


「先生、本当にここで修行するんですか?」


「ああ」


「魔王城ですよね?」


「そうだ」


「魔王いるんですよね?」


「いる」


「倒さないんですか?」


 私は城の上を見る。


 窓から魔王が手を振っていた。


「そのうちな」


「そのうち?」


 城門が開く。


 四天王ガルドが笑顔で出てきた。


「ようこそ、勇者養成学校へ!」


 後ろでは魔王が叫んでいる。


「今年こそ私を倒せる勇者を育てるぞ!」


 魔族たちが歓声を上げた。


 勇者候補たちは固まっている。


 私はその背中を押した。


「大丈夫だ」


「本当ですか?」


「飯はうまい」


「そこですか?」


「あと給料もいい」


「学校なのに給料出るんですか!?」


 私は笑った。


 世界を救うために魔王を倒しに来た。


 それなのに、今では魔王城で勇者を育てている。


 人生とは、本当に何が起きるか分からない。


 ちなみに。


 魔王はまだ倒されていない。


 ただ最近、もっと深刻な問題が起きている。


 勇者養成学校の評判が広まりすぎて、王国の騎士学校より志願者が増えてしまったのだ。


 先週、王様から抗議の手紙が届いた。


 魔王はそれを読んで、一言だけ言った。


「競合他社だな」


 私はその日初めて、本気で魔王を殴ろうと思った。


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