第6話 奴隷市場ってどんなところですか?
奴隷市場。
ユリオは、フード付きのマントですっぽりと全身を蔽っていた。顔もなるべく隠す。お忍びなのだ。大貴族が供も連れずに、市場で買い物である。市場といっても、庶民には縁のない高級市場だ。危険は無い。
そのかわり、身分証チェックはあった。
「身分証をお見せください」
入り口で、ユリオは、身分証を提示した。
エスト=デュレイ。ピエの商人。
「お通りください」
身分証を確認した門衛。ユリオは、内心ニヤリとしながら、フードを深くかぶり、黙って通る。
エスト=デュレイとは、去年、ルーベイ城に寄ってしばし逗留した中堅の旅商である。ユリオはこっそり、身分証を売ってくれないかと交渉したのだ。
「いろいろお忍びでしたいことがあってね。何しろ貴族の肩書があると堅苦しくて」
ウインクするユリオ。エスト=デュレイは、提示された金額にうなずいた。
「分りました。それほどいただけるのなら……私もそろそろ故郷で隠棲しようかと思っておりましたので、これが売れるなら光栄に存じます」
快く身分証を売ってくれた。評判の良いルーベイ大公爵の坊ちゃんが、まさか自分の身分証を悪用するとはとても思えなかったのだ。ちょっとした遊びに使うだけだろう。ピエとは、王都から徒歩1ヵ月行程ほどの、小さな都市である。もう、顔を合わせる事はないだろう。
ユリオは、ほくほくだった。ピエの旅商エスト=デュレイの身分を手に入れたのだ。これで秘密の悪徳に耽ることができる。金はかかったが、後見付きの身とはいえ、ある程度の財産は自由にできた。安い買い物であった。
今も。
筆頭貴族ルーベイ大公爵として奴隷を買ったら、さすがに王都中に知れ渡ってしまう。しかし、エスト=デュレイとして買うなら、誰も話題にもしない。
「俺は着々と、この日のために準備してきた。前世とは違う。頭も働く。行動力がある。もう、忌木信太朗じゃないんだ」
弱気でオドオドして、何もできずいつも隅っこにいた前世の自分を、ユリオは笑い飛ばしていた。
しかし。
そもそも、こっそり秘密に悪徳しようなどというのが、前世の弱気な自分を引きずっていた結果なのである。まだまだ他人の目を気にしているのだ。ユリオは異世界で15歳の大貴族であったが、所詮、前世の17歳の高校2年生のままなのであった。いや、前世での17年に異世界の15年を足して、精神年齢でいえば32歳にはなっていたのだが。弱気の影に、自分では気づいていない。
◇
「ようこそ、お客様。ピエの旅商の方ですか。王都へはよく来られるのですか? 本当にご運がいい。今日は、とびきりの掘り出し物がございますぞ。ええ、信じられないような上物でございます。きっと気に入りますぞ。ただ、少々お高いので。なかなか皆様手が出せないのでございます。太っ腹なお客様ならきっとお気に入り、お買い上げいただけるものと存じます」
少女奴隷を買いたい、との注文に、ユリオの身分証を確認した奴隷商は、揉み手して相好を崩した。奴隷商は、グドルクと名乗った。でっぷり太って立派な髭を生やした中年の男である。
「さあ、それではただいま、お連れいたします」
いよいよだ。ユリオの緊張が高まる。
奴隷。人間の商品だ。それも少女の。目の前に連れてこられる。
胸の動悸が止まらない。
異世界へ来て成長し、いろいろ学習した。大体のことがわかってきた。大貴族として何ができるのか、何をしなければならないのか。
貪欲に異世界ヴァルドを吸収するユリオ。あるキーワードに出会った。
〝奴隷市場〟
「うおおおおおおおっ!」
コーフンした。自然にヨダレが垂れる。
ゲームの世界でもなく、過去の歴史でもなく、現実に異世界には、王都エスタミダルに存在するのだ。間違いなく。
「これだ! これだ! やったぞ! 俺が異世界に転生してきた意味が、ここにある」
ファンタジーの世界に転生されたといっても剣だ魔法だで戦うのはまっぴら御免だった。
しかし、
「奴隷!」
その甘美すぎる響き。ユリオはこの世界を全肯定し祝福した。当然ながら、美少女奴隷をたくさん買い込んで、夢のハーレムを……前世の夢が現実となるのである。
「美少女奴隷を買うのが俺の夢!」
などと公言はできなかった。ユリオは貴族学院の図書室で、奴隷について片っ端から読み漁った。
少し残念な事実がわかった。
ヴァルレシア王国の奴隷市場、昔は確かに賑わっていた。今も奴隷売買自体は合法だが、いろいろ厳しい禁令制限が増えたのである。見境なく人身売買をする事はできなくなっていた。奴隷売買には、王国の許可、審査が必要であった。最近では、犯罪による負債返却のための売却取引しか、ほぼ認められていない。単なる借金の抵当などのための売買は、許されていなかった。
したがって、奴隷市場も、低調であった。すごい上物が出品される事は、ほとんどないという。グドルクも奴隷商だけやっているのではない。貴顕相手の高額装飾品も扱っている。そっちがメインの商売であった。奴隷というのも、貴顕のための特殊なアクセサリーといった位置づけだ。
しかしながら。
ユリオは先日、貴族学院で悪ガキたちが話すのを、耳にした。
「聞いたか? 奴隷市場で、ものすごく綺麗な子が、売りに出されているんだって」
「美少女ってこと?」
「そう。それも飛び切りだって」
「マジかよ。嘘臭えな。奴隷市場なんてまともな商品は滅多に出ない。ほとんどカスみたいのしか置いてないって言うけどな」
「いやそれが、10年に1度、ううん、100年に1度の美少女だって」
「本当か? 法螺話じゃないのか? 誰が買うんだ?」
「まだ誰も手を挙げてないって。なんでも、強気に高値をつけてるんだってさ」
ユリオの心は動いた。
奴隷。100年に1度の美少女。金を出せば買えるのだ。前世じゃゲームでしかできなかった体験。もし、実見して気に入らなかったら。また次の機会を待てばいい。いつも〝上物〟が、出品されるわけではないが、気長に待てば、掘り出し物にめぐり合えるはずだ。
「こういう時、前世だったらスマホで簡単に商品のカタログ画像一覧とかチェックできるのになあ」
〝商品〟が連れてこられるのを待つ間、ユリオはぼやいていた。異世界では、店頭に何があるかは直接見に来るか、伝聞情報を頼りにするしかないのだ。
だいぶ待たされた。
100年の美少女。どんな子だろう?
スレンダー系か? ぽっちゃり系か? とにかく巨乳! これは絶対外せない。もちろん天然モノの。いや、異世界じゃ豊胸手術というのは無いから、巨乳なら必ず天然物モノだ。なかなか良心的な世界じゃないか。
ユリオの興奮は限界まで高まっていた。その時ーー
「さあ、お待ちかね、ご対面でございます。さ、こっちに来るんだ」
グドルクに曳かれてきた奴隷。
少女だ。
ユリオは、息を呑んだ。




