第2話 貴族の悪徳 〜鉄のパンツ穿かされるのに耐えられますか?
ユリオは、馬車に揺られていた。
王都へ行く道。
ルーベイ大公爵家には麗麗しく、というより大仰に金ピカに装飾された御馬車がある。これは10頭の馬が曳き、20人は乗れる馬車である。しかし、今乗っているのはそれではない。軽快な幌付き4人乗り馬車である。大公爵のお披露目儀式。城や領地から、大勢の者が参加する。王都に運ぶ荷物も山ほどある。王宮のあちこちに土産物を配るし、王都民にも、だれかれ構わず金やら何やらをばらまくのだ。
ユリオ自身、自慢の金ピカ御馬車で王都をパレードし、たくさん用意した袋詰めの菓子を見物の群衆に向かって投げまくることになっている。菓子の袋の中に、金貨の入った袋も混ぜておく。みな、目の色変えて奪い合うだろう。大公爵お披露目の晴れ舞台といっても、何ももらえないならわざわざ誰も見物に来ないし、喜んでくれない。なんとも現金な世界であるが、大貴族たるもの、富を誇示し、気前の良さを見せるのも重要な仕事の1つだ。
だから準備は大変なこととなる。城は大騒ぎだった。大公爵家の人数、荷物、莫大な量となる。普段の家臣使用人だけでは手が足りず、臨時雇いの者も、大勢だ。見栄を張らねばならぬ場面である。精一杯、仰々しくせねばならない。
ユリオは、大公爵家本隊出発の3日前に、一足先に王都へ向かうことにした。
「俺のお披露目の式典が始まっちゃうと忙しくなって、何もできなくなる。体の自由が利かなくなる。せっかく王都に行くんだ。晴れ舞台の前に友人に会ったりなんだり、俺なりの挨拶をしておきたいんだ」
ユリオの説明に、大公爵家の執事頭ヴァイシュは、恭しくうなずいた。初老の男。家政トップとして優秀この上なく、主君への忠誠は絶対だった。
「行ってらっしゃいませ。ユリオ様。私たちも後から参ります。くれぐれもお気をつけて。今は1番大事な体ですぞ」
「うん。わかっている。心配するな」
こうして、ユリオは、王都へ向けて馬車の人となったのである。
◇
「うまくいっている。順調だ。いいぞ……俺はちゃんとできている。思い通りだ。俺エライ! みんな、綺麗に騙されている。これから俺が何をするか知ったら、みんな仰天するだろうな。口あんぐりの頭真っ白に。あはは。やっと、これまでの苦労が報われるのだ」
馬車の中。ニヤけるユリオ。自然に口元が緩んで仕方がないのだ。
これまでの苦労。果たしてユリオにそのようなものがあったのだろうか。誰もが羨む筆頭貴族ルーベイ大公爵家の御曹司として生まれ、父クロードと母セシルの愛情をいっぱいに受け、両親を失くしてからは、祖母ギオラと執事頭ヴァイシュをはじめとする家臣たちに、大事に育てられた。苦労したなどと言える身分では全くない。
だが、ユリオの主観では、
「ああ……もう……これまで散々だったなあ。やれ、あれするな、これするな、行儀よくしろ、勉強しろ、武芸を磨け、鍛錬しろ、下々の心を理解しろ、王国と領民に尽くすのがお前の役割だ……それに、それに、女の子に近づくなだとか!」
思い出してはムシャクシャするユリオ。〝良い子〟としてひたすら厳しく躾られたのが、とにかく我慢ならなかったのだ。
特に問題だったのが、「父クロードのように、ただ1人の女性を愛し、尽くせ」とのギオラの大教育方針であった。
この方針は幼少期から徹底されていた。ユリオに〝間違い〟があってはならない。ギオラの命令に、家臣たちも一致団結した。まともに女の子と交際すること、近づことも許されなかったのである。
貴族の世界では、幼少期から社交デビューする。男女ペアの舞踏とかもあり、必須の嗜みとして習うから、貴族令嬢たちと手をつないだことはある。しかし、それだけだった。女の子と2人きりになるのは、絶対に許されなかった。いつも家臣たちが目を光らせていたのである。羽目を外すなどということは、ちょこっとも許されなかった。
「ユリオ様は、クロード様のような英雄、王国の誉れ、貴族の鑑となるお方。我等一同決して間違いのないようお守りいたします。命に代えてご主君の貞操をお守りいたします。どうかご安心下さい」
家臣どもは口を揃えて、バカの一つ覚えのように繰り返していた。ユリオは鉄のパンツを穿かされてしまったのである。
「女の子とまともに交際も許されない? やることやれない? ありえねー! それこそ間違いじゃないかああああっ! 大間違いだああああっ! 何のために貴族に生まれたんだああああっ!」
ユリオは腸が煮えくり返っていた。15歳。ドス黒い欲望は、とっくに限界突破していたのに……
おかしい、これはおかしい、ユリオの苦痛は幾夜も続いていた。
なにしろ、王国筆頭貴族ルーベイ大公爵である。王国の令嬢たちは隙あればユリオの目に留まろうと近づき、流し眼を送って来た。美女美少女がわんさか群がって来た。入れ食い状態だ。しかし、どれほどの美少女が近づいてこようとも、絶対に手を出せない。いや、舞踏で手は握ることができる。でも、それだけ。一線を超えなど、夢のまた夢。
おいしい果実を目の前に、ただヨダレを垂らすだけの人生。
これはもう拷問といってよかった。
「おかしい……なんで、なんで俺だけこんな目に……」
ユリオは王国の貴族学院に通っていた。当然ながら、同世代貴族の事情についても知っている。
貴族の御曹司ドラ息子バカ息子というのは、だいたい13歳にもなれば色気づき、女の子を追い回し、コトに及ぶようになる。家臣使用人の娘や領民の娘を手篭めにしたり、逆に、夜這いをかけられたり蕩しこまれたり。本職の踊り子や歌姫に夢中になったり、まだ髭も生えぬうちから娼館に入り浸ったり。貴族令嬢の寝室を襲って騒動を起こしたり。言うまでもなく、上級貴族となれば、狙ってくる女も非常に多い。正妻ポジションだけでなく、愛人ポジションでも充分おいしいし、〝一夜の関係〟を盾に金をせびってくる者もいる。狙ったり狙われたり。色と金の欲望の循環はどこまでも続くのである。
御曹司たちの中には、あまりおいたしすぎて座敷牢にブチ込まれ謹慎させられる者もいる。が、概して貴族の悪徳には寛容であった。そういうものだ。
同世代の少年たちが女の子との〝武勇伝〟を自慢するのを聞くたびに。
「クソッ!、クソッ!」
ユリオは夜、枕を殴っていた。
祖母ギオラは極度の潔癖症で、何より息子のクロードが自慢だった。孫ユリオにも、修行僧なみの禁欲節制を押し付けたのである。悪徳など一切許されなかった。
同世代の貴族少年が美少女とイチャイチャを愉しんでいる時、ユリオを浴室で流してくれるのは、もう耳も遠くなった、お婆メイドだった。
「坊ちゃまの玉の肌をお流しさせていただくとは。このお婆、メイド冥利に尽きまする!」
豪華な風呂で、感激しまくりのお婆の声を背に、ユリオは白目を剥いていた。
「あー、俺、何やってるんだろ」
◇
「耐える時代は、もう終わりだ!」
王都に向かう馬車の中で、ユリオは内心叫んでいた。
「美少女だ! 奴隷だ! 美少女奴隷を買うんだ! 今日だ。今日中にだ。待ちに待った日がついにきたんだ。ザマーミロ、貞操だ? 禁欲だ? ふざけんな! 俺をバカにするな! したいようにする。何でもやってやる……やりたかったこと……これまで散々我慢してきたこと……」
デレデレとヨダレを垂らしながら、ユリオは妄想を膨らませる。
「奴隷! どんな子がいいかな? やっぱり巨乳……巨乳じゃなきゃな……タイプは……まずは清楚系がいいか。うん。そうだよね。ま、いろいろいろんなタイプ揃えるけどさ。いや、最初は元気系にするか? 俺も元気出さなきゃいけないし……禁欲気分を吹き飛ばすために……やっぱり清楚かな。どうしよう? とにかく巨乳は外せない。これは絶対だ。うん。プレイは……いきなり過激なことをするのはどうかな? しちゃっていいのかな? 最初乱暴に扱って、それから優しくしてやる、これ、基本だよね。うまく俺になつかせる……最初優しくして、いきなり乱暴に扱う……それも面白い。いろいろ衣装も道具も用意してあるし……プレイも試すだけ試そう……」
とめどもなく膨らむ妄想。謹厳な祖母の前で、いつもこんなことばかり考えていたのだ。
それにしても。
この世界には、電子製品というものがなく、当然、エ○ゲーなどはない。15歳のユリオはなぜ、エ○ゲーマーさながらの妄想をしまくれているのだろうか。
ユリオには、秘密があった。
前世の記憶があったのである。
前世のユリオとは、どのような人物であったのだろうか。
ご想像の通り、ゲーム、アニメ、ラノベ、漫画にひたすらどっぷり浸かった引き篭もりであった。




