知らない部屋、見知った存在、予期せぬ選択
まず最初にあったのは、柔らかな温かさに包まれるような感覚。
それから微かな光を感じて、重い瞼をゆっくりと持ち上げると、見たことのない天井が広がっていた。
木で造られた簡素な部屋。
生活に必要な最低限の家具しか置かれていない殺風景な一室の中で、スフィリアは一人で寝るにはやや大きめなベッドの上に横たわっていた。
「……ここ、どこ?」
起き上がりつつ、まだ朧げな頭で考える。
少なくとも、魔王城ではないことだけは確かだ。
あそこは勇者との戦いで完全に崩壊してしまっているはずだから。
——じゃあ、あの世……?
けれど、それも違う気する、とスフィリアは頭を振る。
勇者によって意識を失ったのは確かだが、殺されたにしては、全身の感覚があまりにもいつも通り過ぎるからだ。
地獄にしろ天国にしろ、死んだのであれば何かしらの変化はあると思うのだが——思考を回しつつ、徐々に朧げだった意識が明瞭としてきた頃だった。
ふと部屋の扉が静かに開かれる。
咄嗟に視線を遣れば、そこに立っていたのは勇者だった。
白亜の髪を視界に捉えると同時、スフィリアの肩がびくりと震える。
反射的に身構えながら後退りをすれば、勇者は困ったように視線を泳がせるも、すぐに蒼穹色の瞳でスフィリアを真っ直ぐと見つめて口を開く。
「目が覚めたか。……体の調子はどうだ?」
唐突に投げかけられた質問。
まさか身を案じられるとは露ほども思っていなかったので、たまらずスフィリアは固まってしまった。
(……どうして、この男は私に気を遣っているの?)
自分はかの魔王アスラの実の娘だ。
血の繋がりを証明する手立てはないが、それでもあの場でそのようなことを宣うような存在を生かす理由などないはずだ。
放置をすれば、いずれ人類の脅威になるかもしれないのだから——。
ただまあ、幸か不幸か。
スフィリアにそのような力は一切持ち合わせていないのだが。
魔王の血こそ引けど、スフィリアはただの少女である。
結局、口だけ動かすことくらいしか出来ず、何度も言い淀んでいると、勇者は胸を撫で下ろすようにして小さく息を吐いた。
「……とりあえず何ともなさそうだな」
勇者から敵意は感じられず、武器を携えてもいない。
少なくとも今のところは、スフィリアのことをどうこうするつもりはないようだ。
——尤も、彼ほどの力があれば素手でも容易くどうとでも出来るのだろうが。
それから暫しの無言が流れる。
その間、勇者は距離を取ったままスフィリアの様子をじっと窺っていた。
先ほどから一歩も近づく素振りすら見せないのは、スフィリアが警戒していることを察しているからだろう。
とはいえ、スフィリアが警戒してしまうのも当然ではある。
何せ彼は仮にも父を殺したのだ。
勇者と魔王という立場がそうさせたとはいえ、何の感情も抱くなという方が無理がある。
だからこそスフィリアは、余計に困惑してしまう。
なぜ勇者は自分を殺さずにここまで連れてきたのか。
そもそもここは一体どこなのか。
最初の疑問に立ち返ったところで、ようやく声を発しようとした時だった。
スフィリアよりも僅かに早く勇者が言い放つ。
「——これで約束は果たした。後はお前の好きにしろ」
「……え?」




