勇者と魔王の終戦、少女の終焉
長きに渡って人類と争いを繰り広げていた魔王が勇者によって討ち倒されたことで世界には平和が訪れ、スフィリアは本当の意味でひとりぼっちとなった。
あまりにも苛烈を極めた戦闘の余波で火の海に包まれ、城の回廊が見る見る間に崩落していく。
魔王が斃れたことで大勢の魔族が逃げ惑い、城からの脱出を図る中、スフィリアだけはゆっくりとした足取りで回廊を通り抜けていた。
ずっと自室で軟禁同然の生活を送っていたせいで、城の中を自由に歩き回ったことは殆どない。
それでも幼い頃から見てきた景色が壊れていく様を目の当たりにすると、胸にぽっかりと大きな穴が空いたような喪失感と虚しさに襲われた。
——もう、全部どうでもいい。
けれどスフィリアは、本心からそう思う。
どうせ遠からず呆気なく命を落とすのだ。
死の要因は幾らでも思いつく。
このまま城から脱出できずに崩れ落ちる天井に押し潰される、もしくは業火に焼かれる。
無事に抜け出したとしても、外で徘徊する魔物に無惨に喰われる。
どうにか逃げ延びたとしても飢えて、彷徨った果てにひっそりと野垂れ死ぬだろう。
加えて、彼女に手を差し伸べようとする魔族は誰一人としていなかった。
何故なら、彼女は——、
(……ああ、もう一つあった)
そして、はたと思い出して、スフィリアは足を止める。
前方で燃え盛る火炎の向こうに揺らめく人影が見えた。
白亜を彷彿とさせる真っ白な髪。
青を基調とした衣服を身に包み、二十歳前後と思わしき長身の青年の右手に握られている——黄金の装飾が入った剣。
彼を直接目にするのはこれが初めてだったが、スフィリアはすぐに確信する。
——勇者だ。
刀身には魔族の血が滴り落ちている。
恐らく、その中には魔王の血も混ざっているのだろう。
(この人が——)
スフィリアが立ち尽くしていると、青年が炎を抜けてスフィリアの前に立つ。
青年はスフィリアを一目見ると、切れ長の青い瞳を僅かばかり見開くも、すぐに表情を戻して訊ねてきた。
「お前は……人間、なのか?」
青年の問いにスフィリアは、ふるふると頭を振る。
瞬間、急速に脳裏に死が過ったが、構わず青年を真っ直ぐ捉えてはっきりと答える。
「違うよ。私は、魔王アスラの——血の繋がった娘。これ以上の説明は必要ないでしょ?」
言い終えると、数秒にも満たないほどに短く、果てしなく長い沈黙が流れた。
魔王の血縁者であることを告げれば、どんな末路を辿ることになるかは目に見えている。
だとしても、スフィリアは魔王との関係を隠したくはなかった。
たとえ人類の脅威であったとしても、スフィリアにとっては、たった一人の肉親だったから。
青年は物悲しそうに目を伏せていたが、やがて再び顔を上げると、
「……そうか。なら——」
一瞬でスフィリアの目の前まで距離を詰め、
「眠ってもらおう」
スフィリアの額に左手の指先を当てがった。
刹那——スフィリアの視界は暗転し、そのまま深い闇の底に意識を落とした。




