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ツーポイントファイブ  作者: 畑渚


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鮫島響という男

 鮫島響は恵まれた人間だった。


 起業に成功し財を成した父と、音楽家として世界に名を馳せる母の元に生まれ、その恵まれた家庭で健やかに育った。


 そんな彼の日常は、退屈であった。


 彼は成績優秀だった。

 有名大学の生徒である家庭教師により、完璧な授業がなされる。

 しかし内容は学校の焼き直し。授業を生真面目に聞いている彼にとっては、すでに理解したことを2度聞く憂鬱な時間だった。


 彼は運動神経も良かった。

 スイミングスクールに物心つく前から通っており、大会こそ出ていないもののスクール記録を保持。合間を縫って通うテニススクールでは、元プロによる本気の指導を受けている。

 しかし、プロを目指す気もない彼にとっては、言われるがままにやるだけに過ぎなかった。

 

 彼は母親の影響もあり、音楽にも明るかった。

 3歳からヴァイオリンとピアノを習い、その両方でコンクール1位を取る類まれなる手腕を擁している。

 しかし、コンクールに乗り気でもない彼は、母親の機嫌伺いで日々練習してるだけであったりする。


 そんな彼の日常は、彼にとって退屈でしかなかった。


 しかしある日、その退屈は音を立てて崩れ去るのだった。



♪♬♪



「入部届、まだ出してないやつ、まだクラスの半分くらいいるが、今週までに出せよ〜」


 担任の気の抜けた声をキリに、クラスは放課後へと移り変わる。椅子を動かす音、颯爽と部活に向かう者、帰路につく者。


「はぁ」


 そうため息をつくのは鮫島響。彼はラノベの主人公定番の窓際最後方席を陣取っておきながら、ラノベ主人公にはふさわしくない、何やら浮かぬ顔をしていた。


「部活ねぇ」


 ペンをくるくる回しながら、入部届をにらみつける。入部届の部活欄は、すでに書いては消しを繰り返したあとがある。


 響からすれば、部活なんてものは習い事を減らす口実でしかなかった。しかし口実にするには納得のいく理由が要る。


 例えば、適当な文化部というのはダメだ。部活なんかせずに習い事を増やせと言われるに違いない。

 しかしハードすぎる運動部もなしだ。習い事よりもきつい部活にはいるなんて本末転倒だ。


 没頭できる趣味の一つでもあれば、熱意を持ってその部活に参加したのだろうが、響にはそんなものはなかった。


「はぁ、今日は帰ろう」


 なにも今日決めなきゃいけないものでもない。明日の自分に任せて、今日は逃避することにした。

 プリントを机にしまい、荷物を持って教室を出る。


 否、出ようとした。


「ん、なんだ湯谷か」


「詩織よ、し、お、り!」


 教室から出ようとする響を、一人の女子が立ち塞がった。


 湯谷詩織。訳あって響と顔見知りな彼女は、しかしながら彼とは別クラスのはずであった。


「で、何の用だ?」


「あんた、……部活何にしたのよ」


「詩織に関係ないだろ」


「関係なっ!ないけど、教えてくれたっていいじゃない!」


「まだ決めてない。決まってない。それが応え。それじゃあ習い事あるから」


「ちょっと待ちなさいよ!」


 まだ遮ろうとする詩織を素早く避けて、響は下駄箱へと向かったのだった。



♪♫♪



 習い事の帰り道、ふと響は珍しく違う道から帰ろうと思った。


 その道は遠回りになるし、なにより人が多いから避けている道だった。

 なぜその道に人混みができるかといえば、ストリートアーティストたちのせいだった。さまざまなアーティストたちが日々彼らの技術を披露する場として、その道はそこそこな知名度があった。


 その日も数々のアーティストたちが、歌い、描き、競い、己の限界を表現していた。


 それは、興味を持って耳を傾けないと雑音の集合にしか聞こえない。

 しかし、響にはその雑音が心地よく感じられた。頭のなかのごちゃごちゃしたものを上塗りしてくれるような気がしたからだった。





 ふと、響の足が止まった。

 聞き覚えのある音が聞こえたからだ。


 聞き間違えるはずもない。ヴァイオリンのチューニング音だ。

 風吹きすさぶストリートに綺麗な和音が、場違いに鳴り響く。その違和感は、通行人たちがふと足を止めるには十分だった。


 静かな弾き始め。1音1音噛みしめるような、クラシカルな音の運び。それはどこか既視感、いや既聴感とでも言うべき、懐かしさを含んでいた。


 次第に盛り上がる曲。そしてその熱は一旦、エンディングを迎えたーー


「いや、違う」


ーーかのように聴こえた。


 ニヤリ、とヴァイオリン奏者の口角が上がった。

 突如として、響たち聴衆に電撃が走る。


 旋律同士がぶつかる。メンバーが出す音を音で喰らいつくさんばかりの衝動。喰らい合いの生存競争。弦の軋みすら、音楽へと昇華する激しさ。


 熱は上がりきったまま、なんならさらなる高みへと昇ろうとする。


 ダンッ


 弾き終わりに弓を上げた瞬間、ストリートに静寂が生まれる。


 「みんな〜ありがとねー!CDも販売してるからよろしく!」


 先程の貪欲な獣のような演奏とうってかわって、陽気なヴァイオリン奏者の声にようやく自分を自覚する。


 それほどに熱狂的な演奏だった。

 

「ねえねえ、そこの学生さん」


「え?な、なんですか」


 ほぼ無意識にCD購入の列に並んでいた響に、先程のヴァイオリン奏者のお姉さんが話しかけてくる。


「あなた、楽器わかる人でしょ」


「ま、まぁ多少」


「やっぱり!そうじゃないかなと思って。弦楽器でしょ」


「ま、まぁ。ヴァイオリンを少々……」


「じゃあアタシとお揃いだ!しかもその顔……いいねぇ、悩める少年って感じで」


「え、そうですか?そんなに顔に出てるかな……」


「ふふふ、私にはわかるよ。その答え」


 ニヤリとお姉さんが鋭い目線を浴びせてくる。


「悩みではなく、答えがですか?」


「うん。顔を見れば分かる。答えはね……音楽だよ!」


 ニコリと微笑むお姉さんに、思わずドキリとしてしまう。


「命短し、鳴らせよ少年!」


 その言葉は、響の身体の隅々まで染み渡った。


「おいリーダー!補充手伝ってくれ」


「はーい!じゃあ私行くね。これは餞別」


 そう言って響の胸ポケットに何かを入れるお姉さん。ヒラヒラと手を振り去っていくお姉さんを見送った。


 響の手は震えていた。

 

 恐怖?疲労?違う。これは欲求だ。


 音楽をかき鳴らせと、彼の手が脳が訴えてくる。

 アドレナリンが身体を駆け巡る。


 無事にCDを買えた響は、来るときとはうってかわって軽やかな足取りで帰路についたのだった。


はじめまして、少しずつ更新していくのでお付き合いいただければ幸いです。

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