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パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~  作者: 倉田六未
黎壱「転生と出会い」

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はじめての村歩き、肉球付き


 木の扉をくぐって外に出たとき、朝の風がふわっと毛並みを撫でた。


 土と木々の混じった匂いが鼻腔をくすぐり、遠くから村のざわめきが微かに聞こえてくる。

 

 見上げれば、雲ひとつない青空がどこまでも広がり、眩しい光が森の梢をきらきらと輝かせている。


 ミーナさんが干してくれた洗いたての布団の匂いが、ほのかに香っている。

 

「……うん、空気が澄んでて、気持ちのいい朝だ」


「ユウマよ、あまり無理せんようにな。まだ本調子ではなかろう」

 

 背後から、落ち着いた声がする。

 薬草と乾いた木の香りをまとったローブの袖が、風に揺れていた。

 

「わかってるよ。ありがとう、ガランさん」

 

 ガランは相変わらず穏やかな口調で、しかし目だけはしっかりとこちらを観察している。


 気配こそ柔らかいのに、どこか野生の動物のような警戒心と敏感さを感じる。

 


 ──いや、それよりも問題は



「……ふむ、この毛並み、今朝も天界の風に撫でられたような手触りじゃな……」


「どんだけ撫でるんですか!?」


 ガランは手帳をどこからか取り出し、さらさらと筆を走らせている。視線は俺の尻尾に固定されている。


「記録せねばのう……尾の起毛、極めて良好。寝癖にあたる渦巻きが右寄り……これは幸運の兆しじゃな」


 ニヤリと笑い、さらに図を付け足す。


(怪しい学者感、満点だな……)


 ガランが満足げに頷いている。もう好きにして……。


「ふむ?」


 その時、村の方から元気な声が飛び込んできた。


「──モフさまっ!!」


(え、誰!?)


「うわ!!! にゃっ!?」


 甲高い声と共に、突進してくる影がある。一瞬で距離を詰める素早さに、俺は反射的に身構えた。


「モフさま! 出てきたーっ! 元気になってるぅーっ!」


「ふわぁ~モフモフだぁ~」


 ドスドスドス! と駆け寄ってきたのは、元気いっぱいの双子のきょうだい。


 姉のほうは栗色のショートカットで、動き回るのが大好きな様子。


 弟は丸っこい髪と大きな瞳で、甘えん坊な雰囲気が全開だ。


「えっ、えっ、何っ!?」


「わたし、ミミっ! あなた、モフさまでしょっ!? わたしが村をあんないしてあげる!」


「ボク、ロッコ……モフモフ~おんぶ~」


 ぐいっとしっぽに抱きつかれ、ひざにへばりつかれる。ふわふわのパン生地のように柔らかい手が、俺の足に触れている。


「ちょ、ちょっと!? モフさまって何!? 俺は、ユウマだよ」


「ユウマでもモフさまでもどっちでもいいよ!  わたしはミミってよんでね!」


「ミミ、モフさまって……かってにつけた……でもボクもすき……モフさま……」


(え……この二人、めっちゃパワフル……っていうか懐かれてる!?)

 

「でもよかったー! ほんとにげんきになってくれて。きのう、おくすり屋に運ばれてくの見たんだから!」


「ミミが、あれは『かみのモフモフだ』っていってた……」


「いやまあ、 モフモフなのは否定しないけどもっ!」


「うふふ、ふわふわしてるね~! おてても、しっぽも、やわらか~いっ!」


「さわっても、いい?」


(いや、君たちずっと触ってるよねっ!??)


「えっ、えっ……まあ、いいけど……」


「やったーっ!!」


「モフモフ~!」


 許可を得たことで全力全開。ミミが耳の付け根を揉み、ロッコが膝に顔をうずめてくる。


(なにこの……フルコンボ的スキンシップ。子どもの力……侮れん……!)


 すると、また脳内で通知音が鳴った。




経験値獲得!

・ミミとロッコとの出会い 30EXP




(おお! また経験値が入ったぞ! 経験値がまとめてなのは何で……? まあいいか)






 

「ふむ。やはりこの毛並み、春の芽吹きの如き再生力を感じる……これもまた、神話の系譜の一部かもしれんな……」


「ちょっとガランさん!? 小難しいこと言ってないで──」


「しーっ! 静かに。記録中じゃ」


 ガランはすでに別冊ノートを取り出して、毛並みと反応の相関性について研究を始めていた。


 なんなのこの人。落ち着いてるのに一番暴走してる!?


 すると、ふとミミが顔を上げて、にこっと笑った。


「ねえねえ、モフさまはパン好きなんだよねっ?」


(……っ!!)


 その言葉は、まるで魔法のスイッチのように俺の脳内に響き渡った。パン、という単語が、それまでの思考の全てを塗りつぶしていく。


「もちろん好き! ていうか、パンこそ世界の理だよッ!! そう思わない!?  ねえ!?」


「う、うん。じゃあパン屋さんにあんないするー! わたし、ティナのお店のおてつだいしたことあるんだっ」


 俺の急にテンションが高い返答に、流石のミミも少したじろいでいる。


「ボクも、パン、たべたい……!」


「よし、行こうパン屋さん!!  今すぐ案内してくれっ!!」


「わーい! いっしょに行こっ」


「モフモフ~、パン~~」

 

 二人のちっちゃな手に引かれながら、俺は勢いよく走り出した。肉球が地面をリズミカルに蹴り、体が羽のように軽い。風が耳を掠めていく。


 後ろから、ガランの声が聞こえる。


「これこれ、あんまり無茶せんようにな。パン屋……無論、わしも同行するぞ。焼きたての香りは、気の流れを読み解く鍵にもなるからのう……」


 振り返ると、ガランがスーッと歩いてついてきている。走ってないのに速い。


(エルフって身体能力高いのか……!? ガランさんが特殊なの?)


 まあいいか……! 俺も急いで行かねば! 



 ──パン屋……それはこの異世界における聖地。



 村に神殿があろうが関係ない。俺の巡礼地は、あの焼きたての香りが漂う場所だ。

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― 新着の感想 ―
モフモフスキンシップで経験値手に入るのズルいです! そして王国のパン屋にはどれだけ煌びやかなパンが並んでいるのか… 期待します!
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