夢紡ぎミストブレッドを紡いで その二十四
祭壇の石に肉球がピタリと触れたその瞬間、ユウマは弾けるように跳び上がった。
村人たちの「いつの間に!?」という驚きの声が聞こえたのも束の間、彼の小さな手はすでに、奉納されたばかりの『夢紡ぎミストブレッド』に伸びていた。
村人たちが呆然と見守る中、ユウマはまるで宝物を抱きかかえるようにパンを両腕で抱え、躊躇うことなく、そのふわりとした雲のような生地にガブリとかぶりついた。
至高のパンが、彼の口の中で溶けていく。
恍惚とした表情でパンを噛みしめる彼の口から、賛美の言葉が漏れ出す。
「おお……これはただの雲パンじゃない……」
ユウマは『夢紡ぎミストブレッド』をゆっくりと持ち上げた。
「一口頬張った瞬間、『発酵草』の爽やかな土の香りが、ふんわりと鼻腔を駆け抜ける……まるで森の深呼吸みたいだ」
喉元を撫でられる猫のように、猫目を細める。
「次に、『木いちご果汁』の甘酸っぱさがじんわりと広がり、朝露に濡れた苺の葉先を舌でなぞっているような清涼感がある」
さらにこの特別な雲パンに集中する。
「口の中で『白繭の風粉』が繊細に溶け、ほのかな粉雪のような食感を生み出している。そのあと、『眠語の記録種』が秘める甘い余韻がじわじわと追いかけてきて、夢の中の記憶のように優しく舌を包むんだ」
ユウマは祭壇で遠い目をして呼びかけた。
「──リア、毛を洗ったばかりだから、ベタベタと触らないでくれるかい? 君の白い毛が付くだろう?」
またパンに向き直る。もっと味わいたい。
「そして何よりも『言霊の繭核』が紡ぎ出す、言葉にならない静かな力強さが、このパンをただの食べ物じゃなく、記憶と夢を織り成す奇跡の一品にしている」
ユウマは鼻をピクピクとひくつかせた。香りが爆発している。
「ああ、それから……このパンから漂う香りの中には時折、風粉が靴の中に入り込んだ時みたいなカビ臭さも混ざっているんだ……」
そっと微笑んだ。今までにない満面の笑みである。
「不思議だけど、それがこのパンの味わい深さなんだろうな……言葉を紡ぐ風が今、ここに宿っている……そんな気がしてならないよ……」
最後のひとくちを静かに飲み込んだ。
ユウマの賛美を聞きながら、村人たちは「ああ、いつものやつか」と納得の表情を浮かべていた。彼のパンへの異常な情熱は、もはや村の風物詩となっていたからだ。
しかし、ここからがいつもと違った。ユウマの賛美に呼応するかのように、神殿の雰囲気が、そして周囲の様子が明らかに変わり始めたのだ。
奉納によって一度光を失った祭壇が、再び淡く輝き出す。ステンドグラスはまるで新たな生命を吹き込まれたかのように、窓の外からの光を存分に反射させ、七色の粒子を神殿全体に降り注がせた。
神殿の外では今までとは異なる、優しく温かい風が辺りを包み込み、まるで何かの始まりを静かに待ち焦がれているかのような不思議な感覚がした。
ユウマは誰に言われるまでもなく、何かを察したように祭壇から離れ神殿の扉を開けて、外へと足を踏み出した。彼に続くように村人たちも自然にポツポツと一人、また一人と、ゆっくりと神殿の外へと出ていく。
その時、どこからともなく、透き通るような声が聞こえてきた。
『……雲パン……本当に……美味しかった……夢紡ぎミストブレッド……いい名前』
それはどこか懐かしく、そして何よりも慈愛に満ちた声だった。その声が『深層夢』で出会ったウィスプリアのものだと瞬時に理解したユウマは、目を見開いた。その姿がどこにも見当たらなかったからである。
傍らで、かんなぎ状態が解除され、本来の幼子の姿に戻っていたミミとロッコが顔を見合わせる。
「ゆめの中で、きいた声!」
「あの、クイズのときの声に、にてる~」
二人の呟きに、ユウマの脳裏に深い夢の中での記憶が蘇る。彼が「ああ、お前か──」と小さく呟いたその瞬間。天からの啓示のように、彼に成長とスキル付与のアナウンスが響き渡った。
経験値獲得!
・パン賛美EX 4500EXP
レベルアップ!
・24→29(35/1220)
スキル開放!
・「???スキル」が「綴理スキル」へと開放
綴理スキル習得!
・夢幻芳踪 LVMAX
漂う香りに宿る夢と記憶の残痕をたどり、対象の過去・想念・行動の一端を読み解く特殊感知能力。
『夢紡ぎミストブレッド』という特別なパンを賛美したことで、大量の経験値を獲得しレベルアップした。それ以上に特筆すべきは──
彼のステータス欄に表示されていた『???スキル』の文字が、まばゆい光と共に変化し、『綴理スキル』として開放されたのだ。さらに、新たなスキル名が彼の意識に直接流れ込んできていた。
それは──綴理スキル《夢幻芳踪》だった。
それと同時に、上空から神秘的なバングルがまるで光の雫のようにとろりと落ちてきた。それは金属とも光ともつかぬ質感の半透明なもので、表面には六角形の窪みが六つ刻まれている。
バングルは吸い寄せられるように、ユウマの右腕にピタリと装着された。
装備
・綴理の箱庭(EX)
バングル型アクセサリー。ジェム装填や綴理スキルの切り替えなどが可能。
怒涛の展開に、ユウマは頭が追いつかない。
しかし彼の口からは、なぜか場違いな言葉がこぼれた。
「いや、前世では、時計は左手に着ける派だったから、この右手に着いてるの違和感ハンパないんだが……?」
すると、『綴理の箱庭』が「はぁー」っとため息でも吐いたかのように、その半透明な表面を微かに揺らがせたかと思うと、音もなくするりとユウマの左手首に移動した。
一度装着されると、それはもはや彼の体の一部であるかのように、そこから外れることはなかった。ステータス装備欄にも『アクセサリー:綴理の箱庭』の表示が。
(うおっ! 全然取れる気配がしねぇ! まあいいか……)
ユウマは、そのバングルに刻まれたウィスプをモチーフにした黄色のジェムにそっと触れてみた。すると漠然とではあるが、自分が何をすべきか、そしてこのバングルが何を意味するのかが、おぼろげながらも理解できた。
同時に、彼の脳裏には「ウィスプ」という呼び方への強い忌避感が生まれた。なぜだか、こう呼ぶべきだという確信めいたものが湧き上がる。
ユウマは胸の奥に静かに息を溜めた。さっきまで胸をざわつかせていた不安が、風にほどけるように消えていく。
代わりに──ひとつの名前だけが、強く、あたたかく残った。
ユウマは意を決し、小さな肉球を握り締め、広がる空を見上げて、その『名』を呼びかけた。
「行くぞッ!! リアッ!!」
その呼び方に、透き通るような声の主──ウィスプ改めリアは、喜びを隠しきれない様子で応えた。
『ッ!! ……うん……お願い』
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明日は朝7時更新です。
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