夢紡ぎミストブレッドを紡いで その二十三
神殿の扉が重厚な音を立てて開かれ、清らかな光がその内部へと差し込む。村人たちは、すでに神殿の中に静かに集まっていた。普段の陽気な顔ぶれもこの日ばかりは厳かな面持ちで、聖なる儀式の始まりを待っている。
ユウマもガランとミーナと共に木のベンチに座り、その張り詰めた空気を肌で感じていた。
(前世でいう、卒業式の雰囲気に似てるな……)
祭壇の前に立つのは神官のハンナ。いつもであれば気だるげな彼女だが、今は背筋をぴんと伸ばし、その表情は真剣そのものだ。ユウマは思わず首をかしげる。
(……これマジもんのハンナですかい?……別人みたいだ……)
ハンナの隣では、妖精族のリビが、宙にふわりと浮かびながら「せっせっ」と小さな声で呟き、ハンナに古文書のページをめくって見せたり、指し示したりと、献身的に補佐を行っている。彼女のモノクルが時折、きらりと光を反射し、彼女らしい知的な役割に励んでいた。
神殿の入口から一筋の光を纏うようにして、かんなぎのミロニエラがゆっくりと入場してきた。その足取りは空気を踏みしめるような、静かで優雅な舞いの始まりを思わせる。
ハンナが聖印を切り、静かに告げる。
「――これより、『夢紡ぎミストブレッド』の奉納の儀を執り行います」
ミロニエラは祭壇を見上げ、小さく息を整えるように呟いた。
「……よし、いくよ~」
次の瞬間には、その声音は一転して静かに澄みわたり――神殿全体に古の響きを宿した《祝詞展開》での奏上が始まった。それは言葉の一つ一つが光の粒となり、空気を震わせながら天へと昇っていくかのようだ。
その祝詞の響きに合わせて、ハンナの指がオルガンの鍵盤に触れる。荘厳な調べが神殿中に響き渡った。重厚な低音から天へと昇るかのような高音まで、その音色はどこまでも深く透き通っている。
(すげぇ……やっぱりめちゃくちゃ上手いな、ハンナのオルガン。前世なら6大ドームツアーできるぞ……5大だっけ……?)
ユウマはそんな取るに足らないことを考えつつも、その音色が彼の心の奥底に眠っていた記憶の譜面に触れていくかのような感覚に襲われ、意識が吸い込まれそうになるのを感じた。
祝詞の奏上が終わると、ミロニエラの歌唱が始まった。二つの声が重なり合うハーモニーは清流のせせらぎのように心地よく、しかし魂の奥深くに響き渡る。
その歌声は遠い記憶を呼び覚ますような郷愁を帯び、人々は目を閉じ、それぞれの心の中に広がる神聖な空気を味わっていた。
歌に合わせ、ミロニエラの体が舞い始める。いつから舞になったのか、誰も気付かなかった。透明な羽衣がひらめき、まるで空気を織りなすように見る者の心を浄化していくようだった。
◆
神聖な空気の中、神殿の入口から、奉納されるパンが運び込まれてきた。
──『夢紡ぎミストブレッド』
ティナが先頭に立ち、その後ろには村長のセイルとその妻リラ、そしてパン作りに携わった村人たちが続く。
さらに、色鮮やかな風車や花を手に持った村の子どもたちも、純粋な眼差しでパンを囲むようにして、ゆっくりと祭壇へと向かう──彼らの行進は、喜びと感謝を具現化した光の隊列のようだ。
ティナがパンを大事に抱えながら感激に震える声で呟いた。その隣で、村長のセイルも静かに目頭を押さえていた。
「……みんなの力で、ここまで来たんだよ……」
ユウマの目はそのパンから一瞬も離れなかった。白く淡く輝くパンが近づくにつれ、彼の心臓が不思議なリズムを刻み始める。なぜだか体がソワソワと落ち着かず、猫ひげがかすかに震えている。
《ロックオン(食)》が発動してるようだが、彼の本能そのものがそのパンを欲して止まないように感じた。
そして、厳かな雰囲気を壊さないよう控えめに鳴る通知音。
そのユウマのそわそわした様子を隣で見ていたガランとミーナは、彼を落ち着かせるように、優しく毛並みを撫でるのであった。
スキル成長!
・ロックオン(食) LV3→LV4
半径8m→12m以内の食べ物を自動識別。
◆
そして遂に、祭壇の前に辿り着いたミロニエラの手によって、奇跡のパンは格調高く祭壇へと供えられた。
ミロニエラはそっと手を添え、祈るように言葉を紡いだ。
「かしこみ、かしこみ、奉る~……パンを、綴り給え~」
それは祭壇の石にそっと触れるか触れないかの、最も神聖な瞬間だった。パンが石に触れたとき、空気が音を失い、世界が一拍、祈りだけで満たされた。
──その刹那。
祭壇全体が静かに、しかし力強い光を放ち始めた。その光はまるで水面に広がる波紋のように、周囲に柔らかく拡散していく。
祭壇に置かれた『夢紡ぎミストブレッド』もまた、呼応するように淡い光を纏い、その輪郭が少しずつ曖昧になっていく。パンの表面から微細な霧が立ち上り、光の粒子と共にその姿をぼやけさせていく。
村人たちが息を呑む中、パンは光の霧のヴェールに包まれながら、祭壇の光の中にゆっくりと、しかし確実に溶け込んでいった。それは物質が消え去るというよりも、次元の境界を超えて、夢と祈りが編んだ言葉の繭がより高次の存在へと昇華していくかのような光景だった。
パンが完全に霧の中へとスッと消えて行く瞬間、言いようのない安堵と達成が、音のない静寂となって神殿を満たした。
それは夢で紡がれた「言葉」と「記憶」が、本来あるべき姿へと還っていくかのようだった。人々は目を潤ませ、その神聖な奇跡を魂の奥底で感じ取っていた。
光が消えた瞬間、ハンナが深く頭を垂れたあと、虚空を見つめてこう呟いた。
「……確かに、届きやがりましたよ」
◆
奉納儀式が終わり、村人たちはその余韻に浸り、感動と静かな喜びに包まれていた。誰もがいま目撃したばかりの奇跡の光景を反芻している──
──その瞬間。
客席の片隅から、目にも止まらぬ速さで祭壇へと近づく存在があった。その動きはまるで放たれた飛矢のように一直線で、しかし獣のようなしなやかさを併せ持っていた。人々の視線が追いつく間もなく、その影は祭壇へと到達する。
──その影の輪郭に淡い猫耳の揺らぎが、確かに見えた。
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次回、明日12時更新予定です。
完結まであと3話。
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