夢紡ぎミストブレッドを紡いで その二十二
白い衣を纏った存在に小脇に抱えられ、ユウマは村の中心へと連れて行かれる。
宙ぶらりんでバタつく彼の視界の端で、その存在は時折、視線を宙に漂う光の粒へと向け、ふわりと浮遊する蝶を追いかけるかのように軌道を逸らす。
「わぁ~、ちょうちょだ~」と無邪気な声が漏れるも、すぐに首を振って「でも、こっち行かなきゃ~」と、まるでしっかり者の姉がおっとりした弟を軌道修正するかのように、再び一直線に村の中心を目指す。
その一連の動作に、ユウマはミミとロッコの気配を強く感じ取っていた。
(やっぱりあの子たちか……! でもこんな姿に……一体何が起きてるんだ!?)
やがて、人々のざわめきが最高潮に達する広場の中央に、ユウマはそっと降ろされた。足が地面に着いた瞬間、全身の力が抜けて思わずその場にへたり込む。
息も絶え絶えに、ユウマは彼を連れてきた白い衣の存在を見上げた。
「お、お前は……一体何者なんだ?」
ユウマの問いに、その存在は静かに、しかしどこか誇らしげに答えた。
「私は、ミロニエラ。かんなぎ、だよ~」
名を告げたミロニエラはユウマを祝福するようにひらりと舞った。背丈が伸び、性別を感じさせない中性的な姿に、瞳はウィスプリアと同じ薄い黄土色に発光していた。
白銀の髪と光を帯びた羽衣を纏い、まるでユウマが転生時に出会った光の存在を思わせる、神聖な雰囲気を放っている。片方の手には薄桃色のマギブック、もう片方には銀色の錫杖がいつの間にか握られていた。
その声は二人の声が重なるような柔らかく響くハーモニー。話すたびに周囲に微風が生まれる。
「ミミとロッコは、どこに行ったんだ?」
ユウマは混乱しながら尋ねた。ミロニエラは微笑んだ。
「私は、ミミとロッコが合体した存在なんだよ~。お仕事するときに変身するんだ~」
その言葉に、ユウマは合点がいった。
──『てつだってくれて、ありがとう』
ウィスプリア・ドゥールの「深層夢」から別れる際、ミミとロッコが言った言葉が蘇る。
(なるほど……! あの時のお礼は、ミロニエラとして覚醒するための試練を手伝ってくれて、ってことだったのかな……? あの子たちが……こんなに立派になって……およよ)
ユウマはエアーでハンカチで涙を拭う動きをしながらも、気になったことを質問してみた。
「……その仕事って何なの?」
ユウマが問うと、ミロニエラは先ほどまでの無邪気な表情から一転、どこか遠い目をして、真剣な面持ちで語り始めた。
「私は、この『世界』と『記録』を紡ぐ綴理の媒。このパンを奉納する儀式で、祝詞を諳んじ、歌唱し、舞を披露して、奉納を実際に行うことが、私の仕事なんだよ~」
その言葉の重みに、周囲の喧騒が一時的に収まるように感じられた。しかし、ユウマはどこか呑気な調子で返答する。
「なんだか……凄いことするんだな。でも俺には、想像もつかない世界だ……」
◆
村の中心にある食堂の近くには、すでに村の主要な人々が揃っていた。パン屋のティナをはじめ、村長のセイルとその妻リラ、古き焼き窯の整備と火入れを行った鍛冶屋のベルンとフィル。素材収集に森に出向いた狩人のラオも。
そして、ティナに素材の扱いについて助言を与えた粉挽き職人のグレイン、畜産農家のサラ、養蜂家のマイアの仲良しコンビもそこにいた。ユウマと一緒に家を出たガランとミーナも、少し遅れて追い付いてきていた。
ユウマが到着すると、ティナが駆け寄ってきた。
「あ! モフさま! やっと起きたのね! もう、みんな心配してたんだから! でも、これで揃ったわね!」
ティナは弾む声で続けた。
「このパン作りは、あとは焼き上げの工程だけが残ってるの! ここまで来るのが、本っっ当に大変だったんだから!」
「未知の素材ばっかりで、秘伝の『パンくろっく』にも載ってないし。配合を間違えるとすぐ崩れそうになるし。最後の最後まで、ずっと手が震えてたんだから……」
ユウマは自分が眠っていた間の苦労を思い、申し訳なさそうに頭を下げた。
「協力できなくて、ごめんね……」
ティナは笑顔で首を振った。
「ううん! モフさまが頑張って素材を集めてくれたから、ここまで来られたんだもん! それに、そこのミロちゃんが、パン作りの正しい手順を教えてくれたんだよ!」
ティナの言葉に、ミロちゃんことミロニエラはフフンと嬉しそうに胸を張る。その無垢な表情は、確かにミミとロッコの面影を宿していた。
「さあ、いよいよ焼き上げを始めましょう!」
ティナの声が響き渡り、いよいよ特別なパンのクライマックスを迎える。焼き手はティナである。
ユウマはなぜだか、自分が直接パンに手を触れてはならないような気がしていた。彼はその場の隅で、サラとマイアにモフモフと毛並みを愛でられながら、固唾を飲んでパンが焼かれる様子を見守ることにした。
これまで集められた全ての素材が統合され、ティナの手によって完成したパン生地は、まるで夜明け前の空気を閉じ込めたかのように、淡く輝いていた。
そのパン生地が、神殿の石と同じ素材でできた古き焼き窯の中に、慎重に、まるで聖なるものを扱うかのように置かれる。
窯の扉が閉じられ、その瞬間、村人たちの間に緊張と期待の静寂が満ちた。
◆
数分後──
その場に居合わせた人々が、新たなパンの芽吹きを感じ取ったその刹那、焼き窯の奥がまるで世界そのものが深く息を吸い込んだまま、そっと黙り込んだかのように感じた。
風はピタリと止み、音という音が影を潜め、そして炎の揺らめきさえも、時の流れの外へと滑り落ちていく。
けれどその静寂のただ中で、窯の奥底から微かに響いてきたのは、まるで誰かの夢がゆっくりと言葉を紡ぎはじめるような、遠い記憶の鼓動だった。
そして窯の隙間から、それまで嗅いだことのないような、途轍もなく芳醇な香りが漏れ始めた。焼きたての綿あめのような甘い風香。その香りは、風に乗って記憶の一欠片を運んでくるかのようだ。
するとその香りの絶頂と共に、焼き窯の表面に、今まで見たことのないほどの荘厳で美しい半透明の六角形が浮かび上がった。
それは窯全体を覆うように光の粒子とミストを纏い、まるで天上の祝福が形になったかのようだった。
「──今よっ!!」
その声は、熱気と光に満ちた空間に、一筋の清らかな風となって響き渡った。迷いなく焼き窯の扉を開けるティナ。そこには熱波に揺れる陽炎の向こうに、この世のものとは思えない光を放つ存在が、静かに浮かび上がっていた。
熱気に満ちた空間から、ティナは慎重に、しかし素早くパンを取り出す。パンを抱えた彼女の瞳が震えていた。
完成したパンは、まさに奇跡そのものだった。
両手でギリギリ抱えられるくらいの小さな雲のような姿。常にかすかな光の微塵と霧をまとい、表面には繭糸のような艶と細かな風紋模様が浮かび、光の角度で柔らかに揺らめく。
失われた記憶と、叶えられた願いを手に取って味わうようなパンに見えた──まさしくこれは、これまでの常識では考えられないほどの究極の出来栄えだった。
このパンの完成に、世界そのものが祝福の息吹を送っているかのようだった。村全体を包む光はどこまでも優しく、温かい。ティナをはじめとする村人たちは歓喜の声を上げ、抱き合い、涙を流してその奇跡の瞬間を分かち合った。
「このパンに名前を付けるとしたら……?」
誰かが呟いた。その言葉に、村人たちの視線がパンへと集まる。
ユウマは、そのパンのあまりの美しさと放たれる神聖な気配にただただ圧倒されていた。お馴染みのスキルも発動を差し控えているかのように、何も起こらなかった。
そして自然と、そのパンにふさわしい言葉が、彼の唇から溢れ落ちた。
その言葉は、何者かがユウマの心にそっと囁いたようだった。それは、これまで紡がれてきたすべての言葉と、夢の終着点を祝福する、たったひとつの答え。
──『夢紡ぎミストブレッド』。
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次回は明日12時更新予定です。
完結まであと4話。
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