夢紡ぎミストブレッドを紡いで その十三
白い霧の中をロッコはひた進む。雲海を歩くような不思議な感覚。心の奥でミミの不安が鐘のように鳴り響いている。その音色を頼りに、双子の魂が指し示す方へ。
(……ミミ……まってて)
どれほどの時間が経っただろうか──。濃い霧の向こうに、小さな人影がぼんやりと見えた。その姿が姉だと確信した瞬間、ロッコの足は自然と速くなった。
「ミミ~!」
声は届かない。それでもロッコはミミの名を叫び続けた。彼女は答えを見つけられずに苦悩する表情で、光の絵本の前に立ち尽くしていた。その顔には今にも零れ落ちそうな涙が浮かんでいる。
「ミミ~!!」
「……え! ロッコ……!」
ミミの瞳が見開かれる。苦悶が、喜びが、安堵が──すべてが一瞬で顔を駆け抜けた。彼女は駆け寄ってきた愛する弟に抱きついた。
ロッコの温かい存在がミミの心を優しく包み込む。互いの体温を感じ合うように抱き合った二人の周囲に淡い光の粒が舞い上がり、まるで二人の再会を祝福しているようだった。
◆
その直後、絵本のページが再びゆっくりとめくられた。
『だい二もん』
『ロッコが「いちばんだいじなもの」をなくした日、ミミは何をした?』
ロッコは隣に立つミミの小さな手を取り、そっと握りしめた。彼女が何も思い出せずに苦悩していた問い。──だが、彼には鮮明な記憶があった。
ロッコはミミに届くように、はっきりとした声で答えを告げた。
「……ぬいぐるみ、みつけた」
ロッコが答えた瞬間、絵本のページに鮮やかな絵が浮かび上がった。夕暮れのリーカ村の小川のそばで泣く幼いロッコ。そして泥だらけになりながら、彼が大切にしていたくまのぬいぐるみを、濡れた手で差し出すミミの姿があった。
「……あのとき……ぼく、森のちかくで『くまのくま太』をなくしちゃって……でもミミが、どろだらけになって見つけてくれて……ぼく、ミミみたいに……すぐにうごけなかったから」
二人の幼い日の絆の記憶が空間を温かい光で満たしていく。その光が絵本を包み込み、光の文字が輝いた。
『せいかい』
そしてユウマのいる空間のすぐ近くから、「ゴゴゴォォ!という鈍い音が先ほどよりもはっきりと響いてきた。
「なに、この音~?」
「わー! ロッコ、これがせいかいのあかしなんだよ!」
ミミはロッコに満面の笑みを向けた。大好きな弟と合流した今、もう何も怖いものなんてない。
彼女の小さな胸の内には、確かな自信だけが芽生えていた。
◆
ミミ側の正解によって開かれた扉を見て、ユウマは次の問いが迫っていることを感じていた。さらに彼の感覚では、ミミの隣にもう一人の存在を感じる。
(──ロッコが夢の中に来たのかな? それなら少しは安心できるな)
彼はひとつ呼吸を「ふー」っと吐いて、巨大な扉のその先へと一歩足を踏み出した。
すると、早速──
『最終問題』
「おお! 最終問題きた! 今までの流れなら、難なく答えられそうだぞ! 受けて立とう!」
そう、ユウマが自信を持ち、楽勝ムードを漂わせたその直後──
『あなたの前世での仕事は何ですか?』
白い霧が、ひやりと足元を撫でた。
──ユウマは、数秒だけ固まった。
「……はっ!? えっ!?……いや……部門マネージャー? いや、ただの何でも屋?……急に難問じゃん!!」
頭を掻きむしりながら記憶を辿る。
「名刺にはちゃんと『事業開発部 マネージャー』って書いてあったんだ。新卒二年目で最年少マネージャーに抜擢! 当時は『これは俺の時代だ』って思ってた……創業間もないから『最年少◯◯』という言葉がいくつもあったんだよな……」
だんだん思い出してきて、表情が曇る。
「……思い返せば、昇格しても給料は据え置きで、責任と仕事量が二倍以上に増えるって意味だったな……」
非っ常に思い出したくない記憶が蘇る。何であんなに必死だったのだろう?
「月曜は20年後の事業計画とかいう未来のポエム作り。火曜は徹夜でスライド。水曜は炎上案件の火消し──部署、違うのにな!」
声が震える。
「木曜はオフィス家具を一人で組み立てて、金曜は経理の代わりに給与計算……土日? 出勤だよ! 有休?『マネージャーに代わりはいない』だってさ!」
「……って、結局俺は何の仕事してたんだ……名刺には『事業開発部 マネージャー』って書いてあったけど、実際は……実際は……」
ハッと気づいて、だんだん怒りが込み上げてくる。
「って、ちょっと待てよ!! 逆に俺の仕事って何だったんですかねぇ!? 誰か教えてくれません!? 毎日毎秒違うことやってたんだもん!!」
怒りが湧き出し、止まらなくなった。
「来るはずがない未来の戦略立てて、炎上の火消しして、家具組み立てて、給与計算やって……何!? しかも役職手当ゼロってどういうこと!? 残業代も全額払えよ!」
「俺が知りたいよ!! 正式な職種を!! この問題、回答者に逆質問されるって破綻してません!? ねえ!!?」
内に秘めた怒りが温泉を掘り当てたかのように、次から次に湧き出てくる。こんにゃろぉ!
「……『大学入試の問題文が間違ってる! キリッ!』て言ってた同級生のI君に『うわぁ、何だコイツ……』って思ってた俺がバカだったよ!!……君は正しかったんだッ!!!」
ユウマの魂の叫びが、その怒りを反映するかのように空間にこだました。
──静寂が辺りを支配する。
静まり返った白い霧の空間の中、何も起こらないまま数十秒、いや、数分が過ぎる。この問いに答えるために、世界そのものが熟考しているようだ。
しばらくして──
白い霧の前方、宙に浮かんだ文字。どこか申し訳なさそうに傾いている。
『正解』
「………………は?」
理解が追いつかない。あれだけトラウマを引っ掻き回されたのに──甲斐がないにもほどがある。
「……いやいやいや! ちょっと待てぇぇぇい!!」
全力で肉球を突き上げる。
「正解って何っ!? 何が正解だったんですかねぇ!? 教えてくれないんですかぁ!? アイ・ベッグ・ユー・パードゥン!?」
ツッコミを続ける彼の声が、空間に虚しく反響する。
「……あー! あー! もういいですよ! 誰かは存じませんがトラウマを見事に抉っていただき、誠にありがとうございましたっ!! 今後のご健勝をお祈り申し上げます、ってか!!」
ユウマはぶーぶーと悪態を吐いた。試練の事など忘れて、完全にへそを曲げている。
──だが、その直後だった。
ユウマのいる白い回廊の近くからこれまでで最も大きく、そしてクライマックスを告げるかのような「ゴゴゴォォォ!」という鈍い音が響き渡った。その振動に彼の毛並みがざわざわと揺れた。
その音と気配から、ミミ側の試練も佳境に入ったことを直感した。
「……ま、あっちも大変そうだけどな」
ユウマは現実逃避するようにペロペロと自分の前足を舐める。傷ついた精神を癒そうと必死な猫の本能が働いている。
「頑張れ、双子。俺は応援することしかできないけど……」
肩肘をついて寝そべり、尻尾をぺしぺし。──完全なリラックスモード。それでも猫目だけは、ミミとロッコのいる方向を見据えていた。
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次回更新は12/7(日) 12時予定。
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