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パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~  作者: 倉田六未


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夢紡ぎミストブレッドを紡いで その八

 鍛冶屋を出たユウマの視界の端に、ふらりと現れた幼子の影が揺らめいた。それは、ミミの双子の弟──ロッコだった。


 体調不良で寝込んでいたはずの彼が、なぜここに。その疑問が頭をかすめる間もなく、ユウマは駆け出していた。霧に包まれた彼の姿が、まるで消えてしまいそうで。


「ロッコ! どうしたんだ、こんなところで……家で休んでたんじゃないのか?」


 ユウマの声が霧に溶けそうになりながらも、ロッコは震える指を村の奥──白い霧がより濃く立ち込める方向へと向けた。たどたどしい言葉の向こうに、強い意志が宿っている。


「……こえ……きこえる。おおきい、とこ……あっち」


「声? 霧の中に声が聞こえるのか?」


 ユウマは訝しげに眉をひそめるも、ふと思い出す。


(まさか、これもロッコのミミに共鳴して感知する力の一端なのかな……?)


 周囲の村人たちは、ユウマとロッコの様子をあたたかく見守っていた。皆の想いをこの小さい猫獣人と幼子に託すように、彼らが進む道を邪魔しないように。


「……うん。ここより、もっと……」


 ロッコの指先が、さらに奥を指し示す。その方向では、霧が生き物のようにうごめいて──より一層濃い闇を纏っていた。

 

 ユウマはロッコの言葉にただならぬ気配を感じ取った。彼の言う「声」とは、きっと「白繭の風粉」が発する、夢の残響のようなものだろう。

 

 そして、その声が大きい場所こそが──風粉が密集しているポイントに違いない。


「わかった、ロッコ! 一緒に行こう!」


 ユウマは新しい虫取り網「そよ紡ぎの繭網」をしっかりと握りしめ、ロッコが指し示す方向へと慎重に足を進めた。







 村を覆う白い霧は、ただの水蒸気なんかじゃない。空気そのものが夢に染まったような、ゆらゆらと揺れるこの濃淡の中に、風粉が紛れている。


 目を凝らせば、確かに──いた。微かな光の粒が、記憶の欠片のように漂っている。


「……あっち、した。ゆっくり」


 霧の向こうから、ロッコの声が届く。言葉は短く、でも輪郭がやけにくっきりしている。距離、方向、音の厚み──不思議と全部、分かる。


霧が音を歪め、視界を夢のように滲ませる中で、ふわりと浮かぶ光の粒。「白繭の風粉」──たった一滴の夢の抜け殻のような、それ。


 ユウマはそっと足を踏み出す。地面の小石を避け、湿った落ち葉に体重をかけないよう、まるで雲の上を歩くように。


(……いい位置……よし、いける)


 軽く網を構え、狙いを定めて、息を潜め──


 シュッ


 …………網の中は空っぽだった。


「……チッ、逃げた」


 風粉は、するりと霧に溶け込んで消えていた。まるで最初からそこになかったかのように。


「モフさま、ちょっと……はやい」

 

 ロッコが首をかしげる。その指先が、次の方向を示してくれている。


(落ち着け。次は絶対に……)


 もう一度。慎重に足を運び、動きを読む。揺れる光、霧の渦、その背後に潜む風粉。まるで捉えどころのない記憶を追いかけるように。


「うえ……ちょい、ひだり」


 ロッコの声が後押しする。再び、網を構える。

 

 風粉が揺れる──霧の流れに乗って、右へスッと弧を描いた。


 タイミングを合わせて、網を振る。


 が、またしても空振り。光が舞い散り、何も掴めていない。


(……なんでだ。視界はいい、足音も殺してる、反応も遅れてない)


 思わず網を握ったまま、その場で立ち尽くした。不思議な静寂が辺りを包む。風の囁きも鳥の声も、ここでは霧に吸われて消えている。


(何が違う? 俺の動きは──)


 焦りがユウマの胸のどこかをきゅっと掴む。

 

 そんなとき──霧の向こうから、すっと影が現れた。






 

「──いいえ。それではダメよ、ユウマちゃん」


 その声は、霧の揺らぎより静かに、しかし迷いなく届いた。


 突然響いた声にユウマが振り返ると、そこには普段とは全く違う、厳しい表情を浮かべたミーナがいた。


「今のやり方では、風粉を捕まえられるはずはないわ」


「……ミーナさん。どうすればいいの……?」


「あなたはもう分かっているはず。道具の問題ではないわ」


「確かに最高の虫取り網を作ってもらったけど。俺が下手なせい?」


「──香りと同じよ。気持ちを鎮めて、感覚を大事にしなさい。あなたが本気で求めるものは、すでにあなたの手中にあるのよ」


(俺の手中にある? どういう意味だろう……?)


 ユウマは考えを巡らせる。風粉は粒子が小さく、専用の虫取り網も用意した。ロッコの声に合わせて網を振るうだけなのに──なぜか、かすりもしない。


 道具も万全、サポート役もいる。それでも捕獲できないのは、やはりユウマ自身に問題があるということか。


 そこにミーナの助言。「気持ちを鎮めて、感覚を大事にしなさい」──その言葉に、すべてが集約されているような気がした。そして記憶の彼方から、かすかに蘇る言葉。



 ──『香りは気持ちとセンスよ』



 それを思い出したと同時に、ユウマの思考が加速する──ああ、なんだ。十分な環境が整って、あとは自身の問題と言えば、()()しかないだろう。

 

 ユウマは今あるすべての武器を駆使して、白繭の風粉の捕獲に挑むことを決意する。


 まずは装備だ。「翡翠のエプマント」のマント形態は大のお気に入りだが、今回はエプロン形態に変化させる。マントを肩から下ろして、目の前でばっと引き伸ばして、ゆっくりと前掛けのように装着する。クロワッサンの刺繍がお腹のあたりできらきらと輝く──これでOK。


「あら、エプロン姿も愛らしいわね」


 ミーナの評判も上々のようだ。


 次はスキル。風粉の捕獲時に中途半端にしか発動しなかったことを大いに恥じる。今の手持ちのスキルで使えるものはすべて利用するのだ。そして自分自身を鼓舞するように、あえて大きな声で詠唱を始めた。



「《ステルス歩行(低)》! 《臨戦態勢(常時)》! 《感覚強化(視・聴)》ッ!」



 すると、全身から何かがごっそり抜け落ちる感覚がユウマを襲った──その反面、五感が鋭敏になり、周囲の状況が手に取るように分かるようになる。ユウマのいつものもふもふの毛並みは逆立ちながらも波打ち、猫目がより鋭い眼光を放っている。


 ここでユウマはステータスの重要な箇所だけを確認する。


(SEN:36→75 装備、スキル補正)


(よし! これならいけるぞ!) 


 ユウマは、「気持ち」とはMEM(精神)のことだと思った。しかし自分の今のスキルにMEMを引き上げるものはない。そのため、深呼吸を繰り返して精神を集中させることで補いながらも、SEN(感覚)を最大化することに舵を切った。


 なぜなら、感覚やセンスは文字通りステータスのSEN(感覚)を意味すると解釈したからだ。装備とスキルを最大限駆使してSENを上げる──その結果、通常の倍以上に数値が跳ね上がった。これが今ユウマに為せるすべてだった。







 ──周囲の環境とユウマ自身の準備が万全に整った。


(これで、捕獲できないなら別の方法を考えるしかないよな……今の俺の全力をぶつけるぞ!)


「今のあなたなら大丈夫よ。自分を信じて」


「……モフさま~! がんばれ~!」

 

 二人の応援に頷き、網を構える。


 この手で「捕まえよう」とする──それ自体がズレているのかもしれない。ミーナは、ユウマの「手中にある」と言った。それなら、力ずくで追いかける必要なんてない。


 霧の中で風粉は意志なんて持っていない。ただ、風の流れに乗って漂っているだけだ。


 だったら──合わせろ。追うな。感じろ。


 目を閉じて、耳を澄ませる。


 ──世界が、静寂の中で語り始める。


 霧の重なり、葉のざわめき、近くでロッコが小さく靴音を立てる音。ミーナの息遣いも聞こえる。音の高低、湿度の揺らぎ、空気の緊張と弛緩──


 そのすべてが、風粉のリズムを伝えてきた。まるで世界全体が、ひとつの大きな心臓のように脈打っている。

 

(……これか)


 背中の毛がわずかに逆立つ。

 息を吸う音も聞こえそうなほど、世界が静まった。


「…………いま。した、すぐそこ」

 

 ロッコの声が響いた瞬間──


 ユウマの体は、自分の意志よりも先に霧の流れへ滑り込んでいた。風粉の動きを読むのではなく、その揺れに自分が自然と寄り添う。


 シュッ。


 網の中で、光がひときわ強く瞬いた。


(……入った?)


「…………とった」


 震える声が漏れた。


 網に落ちた小さな光の核は、間違いなくユウマ自身の手で掴んだものだった。


「…………とった、ぞ!」

 

 声に出した瞬間、ミーナとロッコが駆け寄ってきた。


「──やったわね、ユウマちゃん」


「わ~! すごい~! モフさま~!」


「にゃー! やったー! やっぱり虫取り網はすごい!!」


 網の中で揺れていたのは、白い霧の粒子に混ざる小さな光の核──確かにそこにいる証だ。




試練素材

・白繭の風粉(粉・B)

「夢の残響」に反応して空中に舞い上がる、極微細な繭状粒子。視認できるのは一瞬、まるで風そのものが生んだ幻の胞子。




 その瞬間、体の奥でふわりと何かが弾けたような感覚が走る。

 耳が澄んでいた。目が、以前よりも深く物を捉えている気がする。




経験値獲得!

・試練素材入手 500EXP


スキル成長!

・ステルス歩行(低) LV3→LV4

足音を40%低減。気配感知範囲2m。SEN+40%→+60%。

・臨戦態勢(常時) LV3→LV4

集中力・動体視力・筋反射が上昇。強そうなオーラ。SEN+10%→+12%。VIT+10%→+12%。

・感覚強化(視・聴) LV3→LV4

視覚・聴覚の精度を向上。SEN+10%→+12%、DEX+10%→+12%。



(経験値を入手した……それにスキルレベルも上がった、か。なるほど。スキルって、こういう風に使うのか)


 上がったのは数値だけではなかった。胸の奥で、小さな手応えが確かに鳴っている。ただ回数をこなした結果として積み上がったものではない。

 

 今の自分は極限の縁で――狙い、絞り、意図してスキルを使った。その瞬間、身体のどこかがきゅっと締まり、世界の方からひとつ答えが返ってきたような感覚を覚えた。


 スキルレベルは数字の羅列なんかじゃない。「どう使ったか」が、そのまま自分の中に刻み込まれるものなんだ。

 

 そんな確信が、ようやく腑に落ちた。


 白い霧の中、呼吸のひとつさえ静かに響く。視界の輪郭が淡く揺らぎ、此処ではない何か――この世界そのものの在り方が一瞬だけ形を結んだ気がした。


(……ああ。俺、やっと分かってきたのかも)


 この異世界はゲームじゃない。ゲームみたいな設定がある生きた世界なんだ。ここは生きて使うことに意味がある場所なんだ。


(……これを知れただけでも、大収穫だったな。二人のおかげだ)


「……ロッコ、ミーナさん、ありがとう!」


 ユウマは捕獲したばかりの風粉の入った網を見せながら、ロッコの頭を優しく撫でた。柔らかな笑みに戻ったミーナも、ユウマを労うように頭をもふもふと撫でた。


「やったね~! モフさま~!」


「うふふ。良かったわね、ユウマちゃん」


「うん! これで、ミミを助けられるかもしれないね!」


 すると、ティナや他の村の皆も駆け寄り、口々に喜びの声を上げた。ユウマは労いの言葉をかけられながら、張り詰めていた気持ちが少しずつ綻ぶのを感じていた。


 その時──村の森の入り口の方から、村長のセイルとラオが帰ってくるのが見えた。彼らの表情は、わずかながらの興奮と安堵に満ちているようだった。



お読みいただきありがとうございます!


この回はちょっとしたリズムゲーとQTEを意識して書いてみました。

少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。


次回更新は11/27(木) 12時予定です。


引き続きお付き合いください!

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