夢紡ぎミストブレッドを紡いで その六
ユウマがガランの家へと駆けていくと、家の中で発酵草を探していたガランが、棚の奥から袋を取り出していたところで鉢合わせた。
「ガランさん! 虫取り網、貸して!」
ユウマが息を切らしながら叫ぶと、ガランは目を丸くした。
「虫取り網じゃと? 一体、何に使うというのじゃ、ユウマよ。それにしても、ずいぶん慌てておるのう」
ガランは眉をひそめ、ユウマのただならぬ様子に首をかしげた。ユウマは広場で起こっている異変を早口で説明する。
「広場に白い霧が出てきてるんだ! それが例のパン素材、『白繭の風粉』なんだよ! 捕まえるなら虫取り網が一番なんだ!」
(前世で夏休みの自由研究でセミ取りに燃えた経験から、なぜかそう確信している!)
ユウマの脳裏には、少年時代の輝かしいセミ捕獲の記憶が蘇っていた。その自信に満ちた瞳に、ガランは少々戸惑いつつも、近くに置いてあった木製の柄に目の粗い白布がついた、ごくありふれた虫取り網を差し出した。先端にはちょっとだけクモの巣が絡まっている。
「ほれ、これじゃが……これで本当に良いのかのう?」
ガランは半信半疑の様子だ。
装備
・素朴な虫取り網(形・E)
一般的な虫の捕獲に使用可能。細粒には不向き。SEN:+1。
ユウマは構わず虫取り網を受け取ると、試しにブンブンと振ってみた。そして、ステータスの装備欄には『アクセサリー:素朴な虫取り網』の表記が。
(よし! これならあの粒子でも捕まえられるはずだ!)
ガランにお礼を言うと、踵を返して再び広場へとダッシュで戻っていった。ガランは、不可解な行動を取るユウマの後ろ姿を、呆れ顔で見送った。
◆
広場に戻ったユウマは、白い霧がさらに深まっている光景を目にした。
村人たちは不安そうにその霧を見上げていたが、ユウマは迷いなく、虫取り網を構えた。
「にゃーっ! 待てーっ!」
ユウマはそう気の抜けるような声を発しながら、白い霧に向かって虫取り網をブンブンと振り回し始めた。彼の機敏な動きに合わせて、《ステルス歩行(低)》と《感覚強化(視・聴)》が発動する。
スキルで視覚を強化してみると、粒子の煌めきを一瞬だけ捉えることができた──脳内で通知音が鳴ったが、今はそれどころじゃない。
だが粒子の動きは、羽虫よりも速く、柔らかく、重力さえ無視して舞っていた。まるで、記憶の残り香そのものだ。
さらにユウマは足音を消し、気配を低減させ、視覚と聴覚を研ぎ澄ませる。極微細な粒子である「白繭の風粉」は、その網目をどうしてもすり抜けてしまう。
ユウマはまるで透明な何かを追いかけるかのように、広場をドッタンバッタンと縦横無尽に駆け回っていた。白い夢の欠片は、彼の目の前でキラキラと輝き、まるで「捕まえてみろ」と挑発しているかのようだ。
その後もユウマは、時には勢いよく地面にゴロゴロ転がり、ふわふわの毛が土まみれになるのも構わず、すぐに跳ね起きては網を振り下ろす。小さな水たまりにチャポンと飛び込み、全身が湿って泥跳ねを上げることもあった。
その度に、せっかく整えた毛並みがぐしゃぐしゃになり、白い毛の部分に茶色のシミが点々と広がっていく。
「くそっ、どこだ! 今! そこ……ベシッ!」
無情にも網は地面に叩きつけられ、情けない音が虚しく響く。
ユウマは汗だくになり、呼吸を乱しながらも、決して諦めなかった。ふわふわの毛は泥で茶色く染まり、白い毛の部分には茶色いシミが点々と広がっている。
時には木々の間をすり抜け、時には村の建物の影に回り込む。まるで迷子の子猫が、巨大な見えない獲物を追いかけるかのように、息を切らしながら広場を駆け巡った。
彼の目には、確かに白い粒子の光が見えている――だが、網がそれを捉えることはできない。
(ちくしょう! なんだこの粒子! 全然捕まえられないぞ! 虫取り網だぞ……? 最強の道具のはずなのに、なぜだ……)
ユウマの必死な姿は、傍から見ればまるで子猫がじゃれているような、どこか愛らしい光景だった。
そんなユウマの様子を見て、不安でざわめいていた村人たちの間に、ほっとしたような空気が流れ始める。
「ユウマちゃん、なんか楽しそうにしてるわね~」
リラが微笑む。彼女は、ミミとロッコの異変に心が休まらなかったが、無邪気に走り回るユウマの姿を見て、張り詰めていた心がゆっくりと解けていくのを感じていた。
「そうだな、あれを見ておると、なんだか心が和むな」
グレインも腕組みを解き、微かに口元を緩めている。
村の異変を一時忘れ、その場は穏やかな雰囲気に包まれていった。
スキル成長!
・ステルス歩行(低) LV2→LV3
足音を30%低減。気配感知範囲2m。SEN:+20%→40%。
◆
無情にも、お日様は傾き、あたりは徐々に黄昏色に染まっていく。
「ユウマよ、もう日が暮れるぞ。続きはまた明日にせんかのう」
ガランが発酵草の入った袋を抱えながら、ユウマに声をかけた。ユウマは肩で息をしながら、不満そうに虫取り網を下ろした──全く捕獲できていない。
その時、グレインとティナがユウマの元へ歩み寄ってきた。
「ユウマ、その虫取り網では、あの風粉を捕らえるのは難しいだろう。あれは極めて細かな粒子だからな」
粉の専門家のグレインが、納得したような表情で腕を組み直す。ティナもまた、顎に手を置きながら、真剣な表情でこう続けた。
「うーん、わたしもそう思う! あの粉は、パンに使う酵母よりももっと小さい気がするわ! もっと目の細かい、特別な網が必要なんじゃないかな?」
「……ぜえぜえ……もっと……早く……教えて……よ……ゴホン……」
肩で息をしながら、ユウマは少しだけ不満そうに虫取り網を下ろした。最強の虫取り網で捕獲できなかったことに、心底驚いているようだった。
そして呼吸を整えて、こう続けた。
「目の細かい虫取り網か……それならベルンとフィルにお願いして、作ってもらうしかないね……」
ティナは「虫取り網、好きなのかな?」と思いつつも、同意するように頷いた。
「うん! きっと、張り切って作ってくれると思うよ!」
そうして、今日は一旦解散となり、村人たちはそれぞれの家へと戻っていった。
「──明日こそ、捕まえてやるからな! 待ってろ!」
そう呟くと、ユウマは虫取り網を片手に少しフラつきながらも、決意を新たにして家路についた。
その背中を、村人たちは温かい眼差しで見送っていた。
(HP:200→100、MP:85→65、STM:76→6、疲労度:8/10)
お読みいただきありがとうございます!
次回は11/23(日) 12時更新予定です。
もしよろしければ、ブクマや評価で応援していただけると、大っっっっ変励みになります。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです。




