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パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~  作者: 倉田六未
黎肆「世界の広がり」

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森の北端に到達、遺物を発見


 ミルカの森の奥へ進むにつれ、霧が肌にまとわりつくように濃くなっていった。湿った空気が喉の奥まで入り込み、呼吸するたびに土と苔の匂いが鼻腔を満たす。

 

 俺とラオは少し警戒を強めながらも歩みを止めることはなかった。


 そして二人で歩くこと、しばらく。無数の落ち葉が絨毯のように敷き詰められ、白い霧が蒸し風呂のように周囲を覆う場所に到達した。


 足元には湿った落ち葉が層になっていて、踏みしめるたびにじっとりと水気が染みてくる。


 辺りを覆う霧は昼間でも濃く、視界は数歩先さえ霞んでいる。


「ブゥゥン…………」


 重く湿った羽音が、霧の向こうから響いてきた。


 落ち葉の山がもぞりと動き、手のひらほどの甲虫がのそりと姿を現す。


 黒光りする甲羅に、熟れすぎた木苺のような赤紫の斑点が妖しく浮かび上がっていた。


 甘酸っぱい香り――まるで発酵した果実のような匂いが、じわりと周囲に広がる。


 俺は思わず鼻をひくつかせたが、ラオが素早く手で制した。




魔物

・グルミィ・ビートル(香・C)




 果実の甘酸っぱい香りを漂わせて、触角をせわしなく震わせている。


 ラオによれば、群れる習性があるらしく、ここで不用意に刺激するのはまずいらしい。


「……分が悪い」


 そう短くラオが言葉を発する。


 確かにこの視界の悪さと足元のコンディションでは、狩りのベテランと言えど、戦闘をするのは避けたい状況のようだ。


 それに俺は、Cランクの魔物と戦ったことがない──安全第一だからね!


 俺たちはひとまず呼吸を浅くし、落ち葉に沈み込むように身を低くする。霧が幸いしてこちらの姿は見えにくいはずだ。


 しばらくして、ビートルは周囲を旋回するように羽ばたき、やがて別の方向へと飛び去っていった。


 ラオと一緒に気配を薄くして、その様子を見送った俺たちは「ふぅー」と息を吐き出した。


「甘酸っぱい匂いがしたね!」

 

「……ああ。あれも吸い過ぎは禁物だ」


 あの香りは「ねかせ」状態を引き起こすらしい。


(香属性の魔物って厄介なんだな。でも対策をすれば、攻略はしやすいのかな? あのリスも面倒だったけど、ハメ技みたいに倒せたからな……ラオの見守り有りきだったけども!)







 数分後。


 慎重に周辺を探索し、魔物の気配がないことを確認してから、俺たちは再び森の奥へと足を向けた。


 そして――森の北端に到達した瞬間、俺は息を呑んだ。


 そこには、天を貫くように立ち上がる巨大な「霧の壁」があった。まるで世界の境界線のように、濃密な白い霧が垂直に聳え立っている。

 

(はっ……? 何これ……)

 

 圧倒されながらも、恐る恐る手を伸ばすと、小さな肉球に不思議な感覚が走った。


 そこに確かに「何か」があるのに、触れているような、いないような――物質と非物質の境界のような、言葉にできない感触だった。


 鼻を近づけても無臭。味覚で確認しようかと一瞬頭をかすめたが、理性が働いてやめておいた。

 

「これって、何なの?」


「……分からん」


 ラオも知らないらしい。この霧壁が森の端の目印になっていること、この先には進めないことだけが分かった。


 ふと、以前リーカ村に来た行商人のことを思い出した。


 彼は確か村の北側――つまりミルカの森の北を通って来訪していたはずだ。でもこの森に人が住んでいる気配はない。


 霧の壁の外側に道があるのか、それとも独自のルートがあるのか。いずれにせよ、この霧の向こうから来ている可能性が高い。

 


 ──でも、どうやって?



「……帰るぞ」


 ラオの言葉に頷き、俺たちは来た道を引き返し始めた。戦闘経験を積むという第一目標は達成できたのだから。







 森の入口へ向かう途中、視界の端に異変を見つけた。

 霧が薄くなり、まるで光の筋のように開けた小道が、木々の間に伸びている。


「ねえ、あれ何?」


「……分からん。初めて見た」


 ミルカの森を知り尽くしているはずのラオが初めて見る光景。まるで俺たちを誘うように、その道は静かに佇んでいた。


「ラオ、あそこに行ってみようよ!」


 しばしの沈黙の後、「分かった」とラオが頷いた。


 ラオは狭い道幅に合わせて弓を背負い、短剣に持ち替える。


 俺も《感覚強化(視・聴)》と《臨戦体勢(常時)》を発動させ、感覚を研ぎ澄ませた。(MP:80→55)


 ──直後、脳内で通知音が鳴り響いた。




スキル成長!

・感覚強化(視・聴) LV2→LV3

視覚・聴覚の精度を向上。SEN:+8%→+10%、DEX:+8%→10%。




 光が差す道を進むにつれ、霧が薄れていく。草木の青臭い香りが鼻をくすぐり、足元の落ち葉がさくさくと心地よい音を立てる。



 そして林道を抜けた先には――

 


 空がぱかっと開け、苔むした岩が点在する風光明媚な空間が広がっていた。小川のせせらぎが耳に心地よく響く。

 

 しかし、その自然の楽園に、明らかに場違いな物体が鎮座していた。

 

 高さ3mほどの四角い箱。


 くすんだ朱色の外装には無数のキズとサビが刻まれ、長いツタが絡みついている。


 明らかな人工物――異物、いや、遺物と呼ぶべきか。


「ラオ、あれって……」

 

「…………」


 近づいてみると、俺の手の届く位置に、六角形の台座と肉球型の窪みを発見した。


 ラオと目を合わせ、頷き合う。

 


 ──恐る恐る、俺は肉球を窪みに押し当てた。

 

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