翡翠のエプマントを入手
フォカッチャをみんなで堪能した翌日。
俺はミーナと一緒に、約束通り鍛冶屋へと向かった。
パン屋の隣にある鍛冶場に近づくにつれ、鉄をカンカンと打つリズミカルな音と、熱気の波が肌に感じられる。
それは、ただの騒音ではなく、何かを創造する者たちの魂の叫びのように、俺の胸に響いてきた。
厚めの木製扉を開けると、そこには熱気を帯びた空気が満ちていた。見習いのフィルが、明るい笑顔で俺たちを出迎えてくれる。
「おお、約束通り来てくれたっすね! 猫さん、ミーナさん、こっちっす!」
工房は、外から想像するよりもずっとコンパクトで、しかし必要な道具が所狭しと、しかし適切に配置されていた。
壁には様々な工具が整然と並び、作業台の上には、まだ形になりきれていない金属の塊が光を鈍く反射している。
この場所の全てが、職人としての矜持を静かに物語っているようだった。
師匠のベルンは今、ちょうど作業中ということで、俺はミーナとフィルと一緒に、装備についての相談を始める。
「どんな装備が良いっすか? 猫さんの希望を聞かせてくださいっす!」
フィルにそう問われ、ティナのパン作りを手伝ったとき、エプロンがブカブカで苦労したときのことを話した。
「あ! それなら良さそうな素材があるっす! ちょっと待っててくださいっす!」
フィルはそう言うと、工房の奥へと駆けていった。その背中を見送ると、ミーナがにこやかに俺に語りかける。
「機能性も大事だけど、ユウマちゃんの愛らしさも強調されるようなものが良いわね」
「えぇ? 愛らしさ、必要かな? 使いやすさ重視で良いと思うんだけど……」
「いいえ。絶対に可愛い方が良いわ。みんなもそう思ってるはずだわ」
あれこれ二人で話していると、フィルが師匠のベルンを連れて戻ってきた。
「猫さん、師匠を連れてきたっす!」
俺は「お邪魔してます」と挨拶したが、ベルンは何も言わず、ずんずんと俺に近づいてくる。その厳つい顔に、俺は一瞬だけ緊張が走った。
しかし、彼は身につけていた分厚い革手袋を外し、作業着とエプロンの煤を払うと、まっすぐに俺を見つめてきた。
そして──
ワシワシと、遠慮のない手つきで俺の頭を撫で始めた。その表情は、どこか嬉しそうに見える。
「…………」
無言で、しかし情熱的に頭を撫でられる。やがて気が済んだのか、ベルンは満足そうに手を引っ込める。そして、ぶっきらぼうに呟いた。
「装備の事なら、俺達に任せろ」
その言葉は短く、しかし職人としての誇りに満ちていた。その横でフィルが手に取ったのは、行商人からミーナが購入した『翡翠の型布(形・D)』だ。
ベルンは頷きだけ返すと、フィルが、興奮気味に新しい素材を見せてくれた。それは、『ラヴァソルト繊維(熱・D)』という素材だった。
「フォカッチャの材料として使ってたラヴァソルトって、加工すればこういう繊維にもなるっす! 保温、防腐、汚れに強くて、パン作りの時にも安心っすよ!」
(はい? ラヴァソルトって塩だったよな……その結晶を線維化したのか。すごい技術力だな!)
この世界の素材の奥深さに、俺は驚きを隠せないでいた。
「……パンと違って、クラフトでは形属性の素材が一つあれば、加工品が作れる」
ベルンが口を開いた。
「今回の装備は、形属性の翡翠の型布(D)に、熱属性のラヴァソルト繊維(D)を組み合わせる。すると、完成品は形属性を除く一番ランクの高い属性に変化する。だから今回の装備は、Dランクの熱属性になるわけだ。形属性のみのクラフトなら形属性になるんだがな」
(へー。いや結構早口だな! あー多分、前世で言うオタクタイプか! 好感持てるな!)
ベルンの説明に、俺は呑気な相槌を打つ。
すると、フィルが棚の上にある道具を取ろうと、背伸びをしながら奮闘しているのが見えた。彼らはドワーフだから身長は150cmぐらいだ。
俺は素早く駆け寄り、《キャットタワー》を発動して、軽やかに棚に飛び乗る。
「はい、これ」
道具をフィルに渡すと、彼は目を丸くして感嘆の声を上げた。
「おおおっ! 猫さん、すげえっす! これ獣人用のメジャーなので普段あまり使わない所に置いてたっすよ!」
フィルの目がキラキラと輝いた。
「これからモフ先輩と呼ぶっす! リスペクトっす!」
(なんか先輩になってるし!? まあいいか…………)
フィルに「モフ先輩」と呼ばれ、少し照れくさくなる俺。気を取り直して、ベルンが再び口を開いた。
「……それじゃあ、さっそく作るとするか」
ベルンはそう言うと、自慢の長い顎髭をワサワサと撫でた。彼なりのリズムの刻み方らしい。
「形属性と熱属性……それぞれに深い意味がある。だが、それは使っていくうちに分かる。今は、良い装備を作ることだけ考えればいい」
「はい! モフ先輩のために、最高の装備を作るっす!」
フィルが胸をポンと叩いて意気込む。
(形と熱……深い意味、か。いつか分かる日が来るのかな)
俺がそんなことを考えていると、ベルンが「採寸するぞ」と告げた。
そして、俺の寸法や身丈を測るため、二人がかりで必要以上に体をモフモフと触られることになった。
採寸を終えた二人は、どこかツヤツヤした様子で鍛冶場に向かっていった。
俺は作業の邪魔にならないよう、ミーナと一緒に鍛冶場の入口から二人の仕事を見守ることにした。
(どんな装備が出来上がるんだろう? 楽しみだ!)
◆
ベルンとフィルは、鍛冶場に足を踏み入れた途端、真剣な表情にバチンと切り替わった。
そしてパンがモチーフの神棚に祈りを捧げると、見事なチームワークで作業を進め始めた。
フィルが「翡翠の型布」を丁寧に切り、ほつれを修正していく。その手つきは、鍛冶師見習いとは思えないほど繊細で、裁縫師としての才能が垣間見えた。
ベルンは、熱く赤く焼かれた「ラヴァソルト繊維」を金床の上に置き、その上に布を乗せた。
カン、カン、カン!
力強い音を立ててハンマーを振るう。火花が散り、熱気が再び立ち込める。
ベルンの全身から漲る力が、布と繊維を一体化させていく。
叩くたびに、繊維が布に溶け込むように絡み合い、その表面は、宝石のような翡翠色から、ほんのり赤みがかった光沢を帯びていった。
最後のひと叩きを終えると、ベルンは無言でハンマーを置いた。額には汗が滲み、荒い息を吐きながらも、その表情には達成感が満ちている。
フィルは、完成した装備を丁寧に持ち上げ、誇らしげな笑顔で俺に差し出した。
それは、折りたたまれたマントのようで、同時にエプロンのようにも見える、不思議な形の防具だった。
「ユウマちゃん、私がこの子に刺繍を入れてもいいかしら?」
完成した装備を受け取ろうとした俺に、ミーナが優しく問いかけた。
俺は快諾し、どんな刺繍が良いかと聞かれる。
少し考えた末、俺はこう答えた。
「クロワッサンがいい! 俺が大好きなパンなんだ!」
俺の言葉に、ミーナは「やっぱりね」とにこやかに頷くと、持参していた裁縫道具を取り出した。
針を構えたかと思うと、その手は目にも止まらぬ速さで動き始める。
チクチク、チクチク、チクチクチク…………
という音が、熱気冷めやらぬ鍛冶場に軽やかに響き渡る。
まるで幻術を見ているかのように、針の動きは俺の視界に残像を描き、その指先から、香ばしいクロワッサンを模した愛らしい刺繍がみるみるうちに形になっていく。
「すげぇっす! やばいっす! ミーナさんの手つき、ダンスを踊っているみたいっす!」
裁縫師でもあるフィルがぴょんぴょんと跳ねながら、興奮した様子で叫ぶ。
俺も思わず、あんぐりと口を開けて、その神業に見入ってしまっていた。
やがて、あっという間にクロワッサンの刺繍が完成すると、ミーナは柔らかな笑顔で装備を俺に手渡してくれた。
俺は完成したマントを手に、感謝の気持ちを伝える。
「ありがとう! ベルン! フィル! ミーナさん!」
そんな俺の言葉に、三人とも微笑ましそうな表情を浮かべる。
俺はその場ですぐに翡翠色のマントを身につけた。
翡翠色の布地は光を受けて微かに波打ち、クロワッサンの刺繍が右側の胸元で小さく誇らしげに輝く。
裾は腰の動きに合わせて柔らかく揺れ、動くたびに空気をすくい上げるように膨らむ。
エプロンのように腰に巻けば、身軽な動きを邪魔しない。
マントのように背中に羽織れば、風を受けて走るたびに、まるで風そのものが俺の背中を押し、地面を滑るように加速する助けにもなりそうだ。
通気性も抜群で、熱い鍛冶場の中でも快適だ。何より手触りがスベスベで最高である。これ大事。
ステータスにも装備欄が追加され、『防具:翡翠のエプマント』の表示が。
「にゃー! やったー! 初装備ー! 裸脱却ー!」
俺は、出来上がったばかりの初めての装備を身につけ、歓喜の声を上げた。
鍛冶場の真ん中で、その声は、熱気を帯びた空気に吸い込まれるように響き、俺は喜びを抑えきれずにくるくると小躍りした──
俺の脳内で通知音が聞こえたようだが、興奮していて気付かなかった。
その姿を見て、フィルは「モフ先輩、似合ってるっす!」と目を輝かせ、ミーナは優しく微笑んでいた。
そして寡黙なベルンも、満足そうにひとつ頷き、再び金床に向かうのだった。
経験値獲得!
・初装備D 20EXP
装備
・翡翠のエプマント(熱・D)
軽量で通気性抜群の汚れに強い翡翠色の可変型防具。エプロン時:DEX+4、SEN+3。マント時:VIT+3、MEM+3。
使用素材
・翡翠の型布(形・D)
伸縮性に富んだ翡翠色の布地。軽量でしわになりにくく、長時間の使用にも適する。
・ラヴァソルト繊維(熱・D)
食用に向かないラヴァソルトの派生素材。保温、防腐、汚れ耐性あり。
はじめて装備を入手する回でした。
引き続きお読みいただけると嬉しいです。




