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パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~  作者: 倉田六未
黎参「影との邂逅」

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アモーレ、情熱のフォカッチャ

 行商人との取引を終え、村の中心広場は、それまでの熱気が嘘のように静けさを取り戻していた。


 隣接する村の食堂へと足を向ける。


 俺はガランとミーナと一緒に、昼下がりの光が差し込む石畳の上をゆっくりと歩いた。


 食堂の入り口に差し掛かると、女将のミレイユが大量の食材を運んでいる姿が見えた。


 彼女は普段通り頭にバンダナを巻き、エプロンを身に着けている。腕いっぱいに抱えた大きな野菜の袋や、ハーブがぎっしり詰まった木箱に、少しだけ苦労しているようだ。


「ミレイユさん、手伝おうか?」


 俺が声をかけると、ミレイユは「助かるよ、ユウマ!」と豪快に笑った。


 俺は無理のない範囲で、小さめの荷物――香辛料の袋や、果物の入った籠などを分類する手伝いをした。


(小さい肉球じゃ、それが精一杯だからね。しゃーなし)


「そういえばティナが、行商さんから手に入れた材料で、フォカッチャを焼くんだって」


 ミレイユは「それじゃ最高のフォカッチャには、最高の料理を合わせなきゃね!」と豪快に笑うと、厨房の奥へ消えていった。

 

 その後の彼女の動きは、まるで舞台の上の職人芸だった。


 大ぶりの肉をリズムよく切り揃え、野菜も手早く刻んでいく。次々と鍋に投入される食材、迷いのない手つき、味見ひとつにも一切の妥協がない。


 しばらくして、「手伝いのお礼」として差し出されたのは、モフミルクと果汁のスムージー。


 淡いピンク色で、ひんやりと冷たい──もちろん《ロックオン(食)》は発動済みである。脳内に通知音が聞こえた。

 

 ひと口飲めば、まろやかなミルクのコクと果実の爽やかさ、そしてほのかに香るハーブが口いっぱいに広がり、俺は思わず感嘆の声を漏らした。


「今まで飲んだスムージーの中で、一番美味しい……!」


 感嘆の声を上げると、ミレイユは満足そうな表情を浮かべ、その後も手際よく大量の料理を作っていた。


 食堂には、ミレイユの作る料理の匂いと、楽しげに談笑する村人たちの声が満ちている。


 俺の隣では、ガランとミーナもスムージーを飲んで、穏やかに微笑んでいた。俺の毛並みをやさしく撫でながら。




スキル成長!

・ロックオン(食)LV2→LV3

半径5m→8m以内の食べ物を自動識別。







 その時、明るいブロンズ色の癖っ毛で、エプロンと作業着を身に着けた、ドワーフのフィルがひょっこりやってきた。


 小柄で筋肉質だが快活なイメージの鍛冶師見習いの少年である。


「みなさん、どうもっす! あ、ガランさん、ちょうど良かったっす! これ師匠から例の()()()()のブラシっす」


「おお、ようやくできたのか。ベルンに感謝せねばな」


(いや、極秘じゃないよね!? 二人ともこっちをチラチラ見てブラシの使い方とか話し合ってるし!)


 俺がツッコミを入れる中、フィルはこちらに近づいてきて声を掛けてきた。


「猫さん久しぶりっす! 何で、鍛冶場に遊びに来てくれないんすか?」


「ごめんごめん、タイミングが合わなくて……」


「師匠も何も言わないけど、会いに来て欲しいと思ってるっす! たまに窓の外をぼんやり見てるっす!」


 フィルの不満たらたらの様子に、少したじろぐ俺。


 そこに行商さんから購入した翡翠色の布を携えた、ミーナが話しかけてきた。


「ユウマちゃん、これを使って装備を作ってもらったら? 薄手で丈夫だけど、とても伸縮性があるの」


 その言葉に、フィルの目が爛々と輝いた。


「おおっ、これ…………質がいいっす! 繊維が細かくて、形属性の加工に向いてるし、熱にもある程度強そうっす。これは使えるっすよ!」


 俺は小首をかしげ、「形属性?」と聞き返した。


「おっと……それは明日、鍛冶場でゆっくり説明するっす。加工の手順や、どんな装備を作るかも相談したいっすから。猫さんの希望も聞かせてくださいっす!」


「じゃあ、明日そっちに行くよ」


「はいっ! お待ちしてるっす!」


 フィルは、「すみません、お邪魔したっす!」と礼儀正しく頭を下げて去っていった。


 ミーナが静かに微笑みながら、もう一度布を畳む。

 俺の胸の中には、小さな期待が膨らんでいた。

 

(俺だけの装備か…………それって、ちょっと異世界っぽいかも?)







 食堂の賑やかでどこか穏やかな様子を、スムージー片手に楽しんでいると、食堂の隅に珍しい人物が座っているのが分かった。


 やさぐれ神官のハンナである。


 一人ぽつんと座る彼女の姿に興味を持った俺は、声を掛けにいくことに──こちらをチラッと見てめんどくさそうな顔を浮かべたしね。


「あれ、神官様はこんなところで何してるんですか?」


 俺が声をかけると、ハンナは鬱陶しそうに顔を向ける。


「食堂なんで食事をしに来たんですよぉ……ああ、面倒なんで、あーしに敬語とか不要ですよぉ。神官様じゃなくてハンナと呼んでもらえれば。ダルいんで」


(……相変わらずのやさぐれ具合! むしろ清々しさを感じるな……)


「……うん、分かったよ。……ティナがフォカッチャを焼くんだって。今日行商さんから買った材料を使って」


 俺がそう告げた瞬間、ハンナの虹色の瞳が、一瞬だけ鋭く輝いた。


「ああ、あの()()()()()行商人ですかぁ……。そんなことより、フォカッチャ……焼きたての……楽しみですねぇ」


 普段の気怠げな口調の中に、微かな期待が混じっている。


 俺は、「ハンナも行商さんに違和感を持っているのかな?」と思いつつも、彼女がフォカッチャに感心を示したことに少々驚くのであった。


「ハンナの好きなパンは何? フォカッチャが好きなの?」


 俺の言葉から、他愛のない「推しパン談義」が始まった。


「ええ、あーしが好きなのは、フォカッチャですねぇ。あの素朴でありながら、噛むほどに味わい深い、塩気と油のバランス。熱々のうちに何も付けずに食べるのが好きなんですぅ。頬張ってる間は、余計なことを考えなくて済むんでねぇ…………」


 すると、俺も負けじと、この世界に来て初めて食べたバタークロワッサンへの熱い想いを語った。


 子どもでも倒せるEランクの魔物、バタースライムから取れるバターを使っている、とティナから聞いた情報を話した。

 

 その時、いつの間にか俺の近くの席に、双子のミミとロッコがやってきていた。二人はキラキラした目で俺の話を聞いている。


 ミミは「へぇ! バタースライムねぇ…………」と小さな声で呟いた。その言葉には、何かを企むような、不思議な響きがあった。


 ミミとロッコはいつものように、俺を前後からガシッと抱きしめ、モフモフし始める。


 俺は「またか…………」と内心でため息をつきながらも、その温かさに少しだけ癒やされていた。







 夕方近くになり、辺りが茜色に染まり始めた。村を吹き抜ける風が、これまでに嗅いだことのない芳しい香りを食堂へと運んでくる。


 それは、焼きたてのフォカッチャの、岩塩とオリーブオイルが混じり合った、香ばしくも食欲をそそる香りだった。


 ティナが抱えるフォカッチャは、傾いた太陽の光を浴びて黄金色に輝き、表面には赤白いラヴァソルトとオリオイルが煌めいている。


 それを見たミレイユは、すぐさま料理の仕上げにかかり、村人に料理を取りに来るよう豪快な声で呼びかけた。


「さあ、みんな! 最高のフォカッチャが来たよ! 最高の料理もできたから、どんどん取りに来な!」


 村人たちがぞろぞろと料理を取りに動くなか、ついにティナが俺の前にフォカッチャを差し出した。例のスキル──《ロックオン(食)》はもちろん発動。


 今はそれどころではない。


 目の前に置かれたフォカッチャは、焼きたての熱をじんわりと放ち、触れたくなる衝動を駆り立てる。


 黄金色に輝く表面は、まるで地中海の太陽が閉じ込められたかのようだ。その表面にきらめく岩塩──夏の砂浜に散らばる星砂のよう。


 その情熱の塊のようなパンに、目が離せないのは仕方がないことだ。

 

 俺はゆっくりと手を伸ばし、そのフォカッチャにそっと触れた。


 指先に伝わるのは、表面のカリッとした質感と、その奥にある弾力に満ちた柔らかさ。ふわりと香るオリーブオイルと香草の香りが、俺の鼻腔をくすぐる。


 満を持して、俺は一口、大きく頬張った。








「オー・ソレ・ミオ!! マンマ・ミーア! 麗しのフォカッチャよ!」


 俺は大げさに両手を広げた。


「黄金に輝くその皮は、まるでトスカーナの陽光を一枚の布に織り込んだよう。焼きたての表面に散る岩塩は、地中海のさざ波のきらめき」


 肉球でフォカッチャを押す。


「ふんわりと反発する柔らかさ。まるで陽だまりに揺れるオリーブの葉のように、そよ風が心を撫でていく」


 俺は突然首を傾げた。


「ああ! 映画館の座席のベスポジって結局どこなんだ? ポップコーンは大音量のシーンに食べたまえ!」


 難しい疑問は後回しにして、早速一口。


「噛めば、香ばしさとしっとり感が絶妙に絡み合い、オリーブオイルの芳醇な香りが鼻腔を満たす! ハーブのささやきが静かに魂を揺らす」


 俺は静かに目を閉じた。誰かがリズムに乗って踊っている。


「その一口は塩気と甘い油の舞踏会。素朴にして荘厳。シンプルにして至高」


 また目を開ける。


「ああ! フォカッチャよ! おまえはただのパンではない。今ならレジ袋を有料にしたのも許せるぞ!」


 俺は首を横に振った。毎回必要かと聞かれるんだぞ。


「……いや、やっぱり許せない! エコバッグが家に3個はあるんだ!」


 フォカッチャを見つめる。


「大地と太陽、歴史と愛情――そのすべてを宿した、イタリアの叙事詩そのもの。この味を知る者こそ、人生における真の恵みと悦びを知るのだ!」








 ──至高のフォカッチャにアモーレされ、ぐったりと椅子にもたれかかる俺。


 その脳内では、パン生地を頭上に放り投げながら、色とりどりの“成長”の花束を両手いっぱいに振りかざす、陽気で大げさな人物の影がちらついていた。




経験値獲得!

・パン賛美D 450EXP


レベルアップ!

・14→15(220/480)


パン

・情熱のフォカッチャ(D)

かすかに赤く色づいた、素焼きのような質感の平たい香草パン。しっとりともっちりのあいだを揺れる食感は、素朴だが力強い。


 使用素材

 ・金風の薄粉(粉・D)補正+1

 ・発酵草(酵・E)

 ・ラヴァソルト(熱・D)

 ・オリオイル(香・E)





(また新しいパンと出会えたぞ! 以前、この食レポを少し抑えてみる、と一瞬考えたけど、無意識だからコントロールができないね。レベルも1上がった!)







 ティナは「まったく、モフさまは本当にパンが好きね」と呆れながらも、どこか誇らしげな表情を浮かべる。


 ミミとロッコは「やっぱり、おもしろい!」と目を輝かせながら拍手喝采。


 ガランはいつものように、俺の言葉を一言一句聞き漏らすまいと、必死にメモを取っている。


 神官のハンナは、俺の賛美を黙って聞いていた。


 そして、俺の熱弁が収まると、小さく息を吐いてから、彼女もフォカッチャを一口かじった。ゆっくりと咀嚼し、静かに目を閉じて味わう。


 そして、もう一度パンを手に取ると、そのまま黙々と食べ進めると、こうポツリと呟いた。


「……塩気と、油のバランスがいいですねぇ。しっとりしていて、食べやすいですよぉ」


 村人たちは、また俺のパン賛美に圧倒されながらも、各々感想を漏らし始め、

食堂はパンと料理の香りで満たされ、笑い声と活気に満ちていた。

 

 夕日のオレンジ色が、食堂の周りを柔らかく包み込み、パンと料理を頬張る人々の顔を優しく照らす。


 その光景は、まるでおとぎ話の挿絵のように穏やかで、この村のあたたかさを象徴しているようだった。


 誰もがこの何気ない日常の尊さを、誇りに思いながら。


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