牧場少女サラと、豪快ミレイユ
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狩人ラオとの静かな狩りを終えた、その日の夕方。
薬師宅に戻ると、ガランがこう提案してきた。
「次は……サラに会いに行ってみるといいじゃろうな」
サラ。たしか畜産農家で、魔物を飼育しているという。
「明日はサラの牧場が収穫日じゃ。あの子も、魔物の扱いには長けておるから、仲良くなっておくとよいぞ」
◆
──翌朝。
サラの牧場は、村の西に広がる丘のふもとにあった。
緩やかな坂道を上りきると、目の前に広がるのは、眩しいほどの緑の牧草地。
陽当たりのいいその場所で、様々な丸いフォルムの魔物たちがのんびりと草を食んでいた。
穏やかな風が吹き抜け、草の匂いと、微かに甘い乳の香りが混じり合う。
その中央に、一人の少女が立っていた。
肌は青みがかった褐色。ゆるく編まれた黒髪が風に揺れる。
無表情──だが、その視線はどこか俺を責めているように見えた。
(……え、何か悪いことした?)
彼女は口を開いた。
「……にゃんこ。全然来なかったから、もう会えないかと思った」
サラの淡々とした声。その裏に、ほんの少しの寂しさが隠れている。
(え……まさか、ちょっと拗ねてる?)
「ごめんね……。今日、やっと来れたよ。俺はユウマ、よろしくね」
サラは黙ったまま、ゆっくりと俺に近づく。そしてしゃがみ込んで、小さく言った。
「ん……私はサラ……。ふわふわ、やっぱり、かわいい」
(あっ、機嫌直った)
俺の頭を撫でるサラの指先は温かい。
そのまま抱き上げられ、俺はしばらく膝の上でモフられる。牧場の空気は柔らかくて、魔物たちも穏やかだった。
サラの膝は温かく、心地よい振動が伝わってくる。
◆
「今日は、『モーモフル』の搾乳日。手伝って」
(……モーモフル?)
視線の先にいたのは、白くて丸い毛玉のような魔物たちだった。足が短くて、よちよち歩いている。
魔物
・モーモフル(酵・D)
極めておとなしい性質を持つ牛型魔物。新鮮なミルクを定期的に生成する。環境が快適でないとミルク量が減る繊細さも。
(可愛い……! 巨大なマシュマロが転がってるみたい)
サラの指示で、俺はモーモフルの近くに行く。
すると、サラが搾乳を始め、とろりと濃厚な純白のミルクが器に流れ落ちる。
素材
・モフミルク(酵・D)
濃厚で風味豊かな、モーモフルから絞り出される純白のミルク。パン生地に深いコクとまろやかさを与え、仕上がりに美しい焼き色をつける。
それを見た瞬間、俺の《ロックオン(食)》が発動した。
(うわ……このミルク、甘く豊かな香りが鼻腔をくすぐる! なんて素晴らしい品質なんだ……!)
ミルクを搾る手伝い……というか、ただ近くで見守っているだけだが、それでも彼らの気分はよくなるらしい。
よく見ると、モーモフルの群れの中に一匹だけ片耳が折れてる個体がいた。なぜかこちらをジッと見つめてくる。
「ん……珍しい……この子は『モフたろう』。恥ずかしがりでミルクの出がいつも悪いの……」
「恥ずかしがり……? ものすごい勢いでミルクを出してるけど……」
「にゃんこがいると、ミルクが増える。不思議」
(なるほど……癒やし係ってことか……?)
しばらくして、絞ったモフミルクを持って、サラはにっこり微笑んだ。
「これ、あげる。パン屋さんに持っていって」
「うん、ありがとう!」
そして脳内で通知が鳴り響く。
経験値獲得!
・サラとの出会い 30EXP
・魔物とのふれあい 20EXP
(サラの種族が気になるな……? 人族? ファンタジー世界だと何が当てはまるかな……? まあいいか)
(モーモフルに癒やされたな~。この世界の魔物は見た目が可愛らしくないか? パンパインもさ……戦闘時に判断が鈍らないといいんだけどね)
◆
パン屋のティナの店先。
焼きたてのパンの甘い香りが、通りにまで溢れ出している。
「ティナ! モーモフルのミルク、もらってきたよ」
「わぁ、ちょうど良かった! これ使って、今から焼くね!」
そう言って厨房に戻ったティナだったが、そのタイミングで、店の扉が勢いよく開け放たれた。
ガタン!
大きな音を立て、強い振動が店内に響き渡る。まるで、強い風が吹き込んだかのように。
「ティナーっ! 今日のパン、できてるかーい!?」
よく通る大きな声とともに現れたのは、バンダナを巻いた女性。
焦げ茶のボブヘアとパン柄入りのエプロン姿で、腰に手を当てて豪快に笑っている。
その明るく朗らかな雰囲気は、店内に充満していたパンの香りに、焼きたての陽気なメロディを添えるかのようだった。
「ミレイユさん!? ごめん~、いま新鮮なモフミルクが手に入ったから、せっかくだし『モフミルクパン』を作ろうと思ってっ!」
「えー? そんなこと言って、うちの食堂、もう並んでるよー! あんたのパンの匂い、村中に漏れてきてるんだから!」
「もうちょっと待ってて……!」
「よし決めた! パンはあとで提供するよ! その代わり、こいつはもらっていくよ!」
「えっ? わっ! にゃっ!?」
気が付くと、俺は豪快な腕に抱きかかえられていた。ミレイユの腕はたくましく、一瞬で宙に浮いたような感覚に陥る。
彼女の体からは、温かいパンのような香りと、焼けた油と出汁の混じった、食欲をそそる匂いがした。
「癒やし猫って噂の……へぇ、たしかにモフモフじゃないかい!」
「……あの、ユウマです……よろしく……」
「ユウマ! いい名だね! あたいはミレイユ、村にある食堂の女将さ! よろしく頼むよ、看板猫様!」
またもや、脳内で通知音が鳴った。
経験値獲得!
・ミレイユとの出会い 30EXP
(今日はやけに経験値がもらえるな! レベルアップまでは……あと90必要なのか)
そうして俺は、ミレイユに抱えられたまま食堂へと運ばれていった。
彼女の大きな笑い声が、村中に響く。
(……この人、めっちゃパワフルだな)
──俺の、リーカ村での日々は、こうして少しずつ広がっていく。




