狩りの道は静かに香る、ラオ
──翌朝。
「ユウマよ、今日はラオに会ってみるといい」
朝食後、ガランがそう言った。
昨日は世界地図と魔物図鑑を見せてもらった。今日は実践ということか。
「ラオは狩人じゃ。森を歩くには、まずあやつに相談するのがいい」
「ふむふむ……。あ、でも怖い人じゃないといいな」
ガランは苦笑した。
「……表情は少し険しいかもしれんがな……まあ、大丈夫じゃろ」
その目が遠くを見つめる。
(……大丈夫じゃなさそうな言い方なんだけど……まあいいか)
◆
やってきたのは、村の北側にある木立の中。人の気配はなく、静かな空気が漂っていた。
薬草の香りとは異なる、土と湿った木の葉の匂いが鼻をくすぐる。
小さな小屋のような狩人の住居。外には干された獣の毛皮や、手入れされた弓の姿も見える。
風が吹くたび、擦れざわめき、静かな空間にわずかな音が響いた。
「……」
黒檀の弓を背負い、すらりとした男が立っていた。浅黒い肌に、銀白の髪。鋭く、しかしどこか虚ろな目つきと尖った長い耳──エルフだろうか?
全身から張り詰めたような静けさを纏い、まるで森そのものが人の形を取ったかのように見えた。
「……そうか」
挨拶の代わりに、低い声。目線が合う。その視線は鋭く、俺の奥底まで見透かされているような錯覚に陥った。
(おお……めっちゃ無口系だ)
ラオは俺を一瞥した後、軽くうなずいた。
「……例の、猫か」
「うん……ユウマだよ。よろしく」
ラオは俺の返事を待たず、有無を言わさぬように森へと歩き出した。
その足取りは迷いがなく、地面に吸い込まれるように静かだ。
その背中が「付いてこい」と語っているようだった。
経験値獲得!
・ラオとの出会い 30EXP
レベルアップ!
・LV7→8(10/240)
(レベルアップきた! でも強くなってる実感はないんだよな……森で何か掴めると良いな……)
◆
ラオの後をついて、森へ。
一歩踏み込んだ瞬間──空気が変わった。
外界の音は遠ざかり、葉のざわめきや土の匂いが鮮明になる。
ミルカの森の北側。魔物の気配はまだ薄い。
「風下に入るな。足音を消せ」
ラオの言葉に従い、意識を集中する。すると、足裏から地面の感覚がすっと消えた。
まるで宙に浮いているかのように体が軽くなり、草を踏んでも、全く音がしない。
俺は自分の体が、森の一部になったような奇妙な感覚に包まれていた。
(……あ、これ、ひょっとして《ステルス歩行(低)》の効果か……? いやこれ、すごくない?)
ラオは時折、耳を動かしながら前を進む。
木々の間を抜け、葉の香りや風の流れに意識を向けている。
彼の研ぎ澄まされた五感が、森の情報を捉えているのが、その静かな動きから見て取れた。
ふと、ラオが止まった。
「……足跡。パンパインの群れだ」
前方に、もふもふの塊。
クリーム色の毛並み、短い足でちょこまかと動いている。焼きたてのクリームパンが歩いてるみたいだ。
魔物
・パンパイン(香・D)×5
歩くたびに甘い香気粉をまき散らす温和な小型魔物。森で群れて行動する。
(……可愛い)
「……獲る」
ラオが弓を構える。
風が止まる。
──矢が放たれた。
音もなく、パンパインを貫く。
「……すげえ」
可愛らしいパンパインが、ふわりと倒れた。
残りが逃げ惑う。その一匹が、俺の目の前を横切った──
瞬間、体が勝手に動いた。
《感覚強化(視・聴)》《臨戦態勢(常時)》
世界がスローモーションになる。パンパインの動きが、はっきり見える。
(見た目は可愛いけど……悪いね!)
地面を蹴る。
「にゃっ!」
飛びかかって、押さえ込む。
パンパインの動きが止まった。
「……筋は悪くない。自分の強みを活かせてるな」
ラオの声。
その間にも、矢が次々と放たれ、パンパインが倒れていく。
(……マジで神業じゃん。遠距離からの弓チクではなくて、一射で仕留めてるな!)
EXP獲得!
・Dランク魔物 60EXP
(えっ!? 戦闘に参加しただけで経験値が……!? 共同討伐扱いということ……?)
その後ラオは倒れた魔物に手を添え、そっと目を閉じた。
「……命を、もらう。無駄にはしない」
その言葉に、俺は少し猫背を伸ばす。
ラオの背中から伝わるのは、獲物への敬意と、狩人としての揺るぎない覚悟だった。
彼の狩りは、静かで、生物に誠実だった。
倒れたパンパインたちの体、ふわりと小さな光を放つ。ぽんっと、その場に二種類の素材が現れた。
素材
・香気粉(香・D)×3
パン生地に練りこむことで、香りを引き立てる天然フレーバー素材。
・保温毛(香・D)×2
温度を保つ特性を持つふわふわの獣毛。パンの保温布やポーチの裏地などに使用される。
(へぇ……魔物によって、複数の種類の素材を落とすこともあるんだな……)
ラオはそれらをひと目で確認し、革袋に丁寧に収めた。その手つきもまた、獲物の命を大切に扱うかのように、細やかだった。
やがて狩りは一区切り。帰り道、ラオがぽつりと口を開いた。
「……猫は、嫌いじゃない」
(……はい?)
「……いや。むしろ……」
彼の手が、俺の頭にぽんと乗る。その大きな、少しざらりとした掌が、俺の頭の毛並みを優しく撫でる。
「……ふわふわだ」
(あ、これは……単なる猫好きのそれだわ、うんうん。狩り仲間として認められたってことでいいかな……?)
俺の毛並みを撫でることが、無口な彼なりの、親愛の表現なのだろう。
──ラオの口元が、ほんのわずか緩んでいるように見えた。その小さな変化は、彼の心の内にある温かさを、確かに物語っていた。




