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パンタニア見聞録~転生猫獣人はパンの食レポで異世界を救うらしい~  作者: 倉田六未
黎弐「パンと世界の理」

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世界地図と、パンタニア魔物図鑑

 ──明朝。


「ユウマよ、起きたか」


 ガランの声で目が覚める。


 寝床の上で「にゃー」と一つ伸びした。 


 窓から差し込む朝の光。部屋を満たす薬草の香り。


 そして、昨晩の決意。


「昨日の話じゃが、『村のためにできることを探したい』ということじゃったな」


「うん……」


「まずは、世界のことを知るのが先じゃ」


 ガランが本棚に向かう。


「少し時間をくれ。見せたいものがある」


 ガランは本棚から古びた布包みを取り出すと、机にどさりと置く。


 長年の使用で色褪せた布からは、土と紙の匂いが微かに漂ってきた。


 そして、ぽん、と自分の膝を軽く叩いた。


「ほれ、ここに乗れ。よく見えるようにな」


「えっ、あ、はい……にゃっ」


 するっと抱き上げられて、膝の上に落ち着く。


 思ったよりも温かく、ゆっくりした手で背を撫でられた。


 ガランの指が毛並みを梳くたびに、心地よい刺激が背筋を伝う。


「ふむ……毛並みも相変わらずじゃのう」


 そう言って広げられた地図──


(……でかっ!)


 何枚もの羊皮紙を貼り合わせた、巨大な地図。


 その中心には──


『リーカ村』


(……ここだ。俺が今いる場所)


 六角形が放射状に広がる、不思議な地図。


 神様に見せてもらったあの地図と、同じ形だ。


「この世界はな、六角形の集合体でできておる」


ガランの指が、地図をなぞる。


「リーカ村を中心に、『ミルカの森』。その外は──」


 指が止まる。


 そこから先は、破線と記号だけ。地名が、ない。


「……何もないの?」


「正確には、()()()()のじゃ。未踏域とでも呼ぶべきかの」


(……この世界、まだ誰も知らない場所だらけなのか)


 ガランの指が、空白の領域をゆっくりと辿る。


 地図は手描きで、貼り紙や二重線の修正も見られる。その指が動くたびに、ふいっと俺の頭が撫でられる。


「……今、撫でた」


「撫でておるとも」


 そのとき、奥の部屋からふんわりと甘い香りが流れてきた。ミーナだった。


 湯気の立つお茶の盆を抱えて、静かに歩いてくる。


「二人とも、お茶を淹れたわ。ユウマちゃん、膝の上は居心地いいかしら?」


「……まあ、うん」 


「ふふ……今日も毛艶がまぶしいわ……撫でていいかしら?」


(……返事を待たずに撫でてきたぞっ!)


 ミーナの手が、すっと俺の頭を撫で下ろす。まるで、それが当然の礼儀であるかのように。


 ミーナは俺の背をそっと梳きながら、横から地図に目をやる。


「この貼り紙、また増えたのね……アロマハーブの香りをつけておこうかしら?」 


「地図に香りは必要ない」 


「いるわよ。だってユウマちゃんが見やすいでしょ?」


 ミーナは真顔でそう言い、彼女の感性では香りが視覚情報と同等、あるいはそれ以上に重要であるかのように思えた。


(香りと見やすさ、関係あるのか……? ミーナさんは、情報を香りで捉えるのが得意なのかもな……多分ね)


 ガランは苦笑しながらお茶をすすり、今度は分厚い本を取り出した。


 表紙はボロボロで、背表紙には小麦の模様。


 タイトルは──



『パンタニア魔物図鑑・第六改訂版』



 表紙はボロボロ。背表紙には小麦の模様。


 ページをめくると──


「うわっ」


 そこには、見たことのある魔物が。


『ブレッドバット(酵・E)

 天井にぶら下がる。発酵草を落とす』


(……これ、俺が倒したやつだ! いや倒したと言っていいのか……?)


 次のページ。


『クッキークラブ(形・E)

 甲羅が丸い。型抜き殻が入手可』


 また次のページ。


『ペパーミントリス(香・D)

 尾がミントの葉のよう。清香葉を採取可』


「……名前が、全部パンみたい!」


「パンの素材は魔物の中に宿る。()()()()()()()じゃ」


 ガランがページをめくり続ける。


 Eランク、Dランク、Cランク──


(……こんなにいるのか。魔物って)


「魔物名の後ろにある(酵)(形)(香)はどういう意味なの?」


「ああ、これは属性じゃな」


 ガランが別の紙を取り出す。


 そこには、六角形が描かれていた。


 各頂点に、文字が一つずつ。


(こう)(こな)()(ねつ)(けい)()


「この世界には、六つの属性がある」


「……六つ?」


(いや属性って普通、「火」とか「水」みたいな感じだよね!? 何でもパンに結び付けてるな……あのパン好き神様の仕業なのかな……?)


「ちなみに酵属性は『調和』を司る、と言われておるのう。他の属性は……まあ追々のう」


 ここまで来ると、全てがパンと結びついているこの世界に、俺は確実に馴染み始めているのを感じた。


「うーん、全部覚えられるか心配……」


 そんな難しい顔をして悩んでいる様子の俺に、ミーナがくすりと笑いかける。


「徐々に慣れていけば、いいのよ……パンを通じて、世界を知るの。素敵なことだと思わない?」







 図鑑を読み進めるうち、これまでとは雰囲気の違うページに行き着いた。


 急に紙質が変わり、色褪せ、滲み、まるで古代の粘土板か古文書のような、重々しい雰囲気を帯びていく。


「この先は、()()()()()じゃ」


 そこには、中央に描かれた六角形。


 その各頂点が、それぞれ何か強調されているように見えなくもないが、情報としては何も分からない。


 だが、魔物の名も特徴も不明。輪郭だけが影のように残る。


 そのシルエットは、見る者の想像力をかき立てるが、同時に漠然とした不安も抱かせた。



 ──いや、違う。

 


 ページの端に、黒銀の獣の()()()のようなものが描かれていた。


 それは、決して子供のいたずらなどではなく、何かの断片を必死に書き留めたような、切迫した線で描かれている。


「これは……?」


「それか。昔の旅人が見たとかいう()()じゃ。名前も特徴も定かじゃなくてのう」


 それは、まるで決して触れてはならない禁忌に触れたかのような、ゾッとする感覚を抱かせる絵だった。


 淡い月光の色を宿した双眸。隣には手書きのメモが残されていた。そのメモもまた、震えるような筆跡で書かれている。



『記録外魔物

 ギンコ・カゲユラ(仮称)

 目撃報告:1件

 素材採取:未確認

 危険度:不明

 接触:厳禁』



(いやかなりヤバい魔物じゃん……! でも、気になるよな……)


 本能の警鐘が鳴る一方で、未知への好奇心がむくむくと湧き上がってくる。


 ガランはそのままページをめくり、最後の見開きを開いた。


 そこにある、墨の跡を指でなぞると──



『観測者──パンタニア◯◯◯(読み取れず)』



「これはな……パンという文明の象徴を()()()()()()だとされとる。過去・現在・未来、全てのパンを、静かに見届ける者たちじゃ」


「そんなの、本当にいるの?」 


「さぁな。()()()()()()()というだけの話よ」


 窓の外に目を向けながら、ガランはぽつりと続ける。

 

「だがな。これだけは記録に残っておる。 彼らは、『世界のパンと魂の進化を、遠くから見つめている』と」


 ガランの穏やかな声が、なぜか厳かな響きを帯びて聞こえた。


(……いやその前に、パンを監視する存在がいるのかよ……!)


「素材をどう使うか。どう焼き上げるか。その発想と情熱の行方をな、見ておる。観測者は干渉せん。ただし、進化の兆しには目を向ける。そして……まれに、()()のような機会を与えることがあるらしい」


「……試練を与えるときに、そいつらが現れる可能性がある、ってこと?」 


「そういうことじゃ。だが忘れるな。香りは、風に乗る。焼かれたパンの想いは、きっと、()()()()()()()()()()()()ものじゃ」


(……いや、ただのパン好きの獣が美味しい匂いに集まってくる……だけじゃねぇのか!?)


 ツッコミを声に出さなかった俺を、褒めてほしいな。



 そして、脳内で通知音が鳴った。




経験値獲得!

・パンタニア世界を知る 100EXP




(世界を知るって大げさだな? いやそうでもないのかな? 経験値はありがたい……)



 そのとき、ページの一角にふと目が止まった。


 古い羊皮紙の片隅に、かすかに光を放つように、整然とした六角形と見慣れない記号が刻まれている。






 ──その六角形の中心を注視すると、今にも消え入りそうな肉球のような印章が、そこには押されているのであった。







「さて、今日はこの辺にしておこうか」


 ガランが図鑑を閉じる。


「明日は、実際に森へ出てみるか。狩人のラオに案内を頼もう」


「森に……!」


 村の外。魔物がいる場所。パン素材!


(……転生初日以来か! あの時よりレベルアップしたから……でも用心しなきゃね!)



 ──翌日、俺は狩人ラオと共に、再びミルカの森へ足を踏み入れることになる。

この作品で魔物は96体存在します。

全部登場させるか未定ですが、ぜひお楽しみにしていてください!

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