さよなら
倒れ込みそうになる楓を雫は咄嗟に支える。華奢な身体を兄に預けた楓は、魔王という使命から解放され穏やかな表情をしてる。もう悔いはないと。
「強くなったね、兄さん」
「楓も。もうずっと長い間刀握ってなかったのに」
「ううん、最後のは魔王の力を使ってたし、それに体勢を崩したのも私がやったよ?でも、あんな逆境から立ち直って攻めて来るとは思わなかったな」
そう言い、楓はどこか遠くを見ながらも薄っすらと笑みを浮かべている。限られた二人の最後の時間。もっと語り合いたい、一緒に居たい。そう願っても終わりは必ずやってくる。
ふと楓を支える力が減ったと感じた雫だったが、楓は存在が消えていくように透明になる。
「楓...?」
そして、天に在る黒い月は自分を取り戻すように太陽の重なりから離れ、色も元の鮮やかな空色に戻ろうとしている。太陽も紅環から三日月のようになり、そして赤黒い光は浄化したように白に近づいていく
。昏い空も夜明けがくるように朝焼けの光が優しく包み込んでくる。
「もう、時間みたい」
「そうか...」
「そんな顔しないで。私が最期に見た光景が兄さんの泣き顔だなんて悔いが残っちゃうよ」
「ああ、ごめん...。なあ、最後に聞かせてくれ。俺は楓を救えたのか...?」
「うん、もちろん!魔王のこと思い出してからずっと辛かった...。こんなことしたくない。でも、使命だからやらなくちゃって、どうにかなりそうだったよ。だからね、ありがとお兄ちゃん。」
楓は兄を抱き寄せようとしたが、それよりも早く雫が抱きしめる。もう薄っすらとしか存在が認識できない楓を確かめるように、残りすくない時間を少しでも長く逃さないように。
「俺も。最初は楓が魔王だなんて認めたくなかった。俺の磨いてきた剣術は楓に向けるためにあるんじゃないって。でも、楓の辛そうな顔を見いたら...助けて欲しいって言われたら、助けたくなるよ。でも、10年は短いよ。もっと...」
「ダメだよ兄さん、その先を言っちゃ。兄さんは最後まで兄さんらしくいて。私も最後まで妹らしくいたいから。兄さんを一人にしたくないから。」
「ああ」
「朝はちゃんと起きなきゃダメだよ?」
「うん」
「しっかり朝ご飯を食べて、昼食も抜かずにね?」
「うん」
「鍛錬ばっかりじゃなくて他のことも大切にしてね?」
「ああ」
「ふふ、なんだか最期だっていうのにいつもと変わらないね。...ねぇ、最後にお願い聞いて?」
「ん?なんだ?」
「私の分もしっかり生きて。最近兄さんよく無茶するから、それだけが心配で」
「ああ、分かった」
「ありがと。愛してるよ、兄さん...」




