解放運動
「はあぁあ!!」
先に切り込んだのは楓の方だった。もう10年も剣を磨いておらず、読書ばかりで運動も滅多にしない楓だったが、何故か雫を圧倒してる。
先に虚像の群れと戦った時と比べれば善戦も良いところだが、相対しているのは一人というのに不思議と拮抗している。
「な、なんで...?」
「ふふ、私は魔王だって言ったはずだよ?」
「やっぱり...!」
楓の異能は単純、世界に対して嘘を付くことで自他問わずに様々な影響を及ぼせるというものだ。本来であれば、先の虚像の分身は獣族が持つ異能で、断罪の剣もエルフ族の異能だが、楓にはそのようなことは関係ない。嘘を付けば魔王の眷属12柱の異能を自由自在に扱うことが出来る正に魔王そのものだ。
「ほらほら、どうしたのさっきまでの余裕は?!」
「ぐっ」
楓の剣撃が重く速くなっていく。今まで手加減していたのかと思う替わり具合だが、異能を鑑みればその限りではない。事実そういう力なのだから。
そうして、負けてられないと攻勢にでようとして、踏み込んだ雫だったが左足に衝撃が走る。そう、先で楓が飛ばした石畳で躓きかけたのだ。辛うじて転がることはなかったが、体勢が崩れて隙を与えてしまった。
「運が悪いね、兄さん」
一瞬のことだった。未来を見たように研ぎ澄ました感覚によって相手を牽制し合う二人だが、例え本当に未来が見えていたとしても与えてしまった隙を逃すはずがない。雫の首に黒い凶刃が吸い込まれる。
ギィン!!
捕らえたはずの黒い凶刃は阻まれ、滑るように逸れた。普段から鍛錬を怠らず、少し前にはニコラスと試合で殺し合いのような死戦をしていたのが功を奏したのか、逆境に屈することなくその運命をつかみ取った。これだけは雫による権能ではない。がら空きになった間合いを一気に詰める。その行動が余りにも予想外だったのか、楓は握っていた刀が宙へ舞う。
「...え?」
「終わりだ、楓」
雫は権能が持つ力の全てを刀に集め、神速の一閃を放つ。それは肉体を両断する無慈悲なものではない。過去との因縁を断ち、課された使命に決着を付ける一撃。
この瞬間、楓は魔王という絶望から解放された。
「はは、負けちゃった...」




