落月は堕ちない
突如として意識を取り戻す。まるで瞬きの一瞬だけ夢を見いていたように感じるが、俺の言葉も虚しく全員が惨殺され、そして助けてほしいと願った楓の涙が脳にこびりついて離れない。その記憶が自分が犯した過ちだということに気が付くのは早かった。
「―――でもね、もう少し兄さんと過ごしたいなって思って、力を使って私と兄さんの記憶を消した。そこからは兄さんも知っての通り。
もう10年も幸せに過ごせたし、兄さんには友達も仲間も出来てもう思い残すことはないよ。だからね、もう終わりにしよう、兄さん...?」
「.......ああ...」
そう言い俺は鞘から白い刀を取り出し勢いよく楓に向ける。楓は少し驚いた顔をしながらも最後には笑みを浮かべていた。そして仲間は何も言わない。
それはそうだろう。今まで妹が魔王という現実感がない事実に狼狽していた兄が急に全てを悟ったようにして受け入れているのだから。
このチャンスを逃すつもりはない。楓は仲間を殺したくないと言った。俺を傷つけたくないと言った。助けて欲しいといった。だから、妹を魔王から解放する。
「兄さん、ありがとう。」
「ああ、必ず楓を救ってやる!!」
「私も―――」
「いや、皆は住民の避難と現れた魔物の対処に回ってくれ。俺一人でやりたい。」
「...分かった。」
少しすると皆が去っていく足音が聞こえた。察してくれたのだろうか、ただ任せてくれただけなのか、それは俺には分からない。でも、最期の語り合いが出来るのは嬉しい。
「いいんだね?仲間と会える最後かもしれないよ?」
「はっ、兄妹の死合に邪魔はいらないだろ、楓。」
「そうだね。なんだか懐かしいよ、昔お爺ちゃんの道場で兄さんと一緒に剣道習ってたの。」
そう言い、楓は天に手を掲げると周囲の瘴気がその手に吸い寄せられるように集められ、剣の形を模っていく。そして完全になった黒い剣を確かめるように軽く振るい俺と同じように構える。
「相変わらずだな。」
「ふふ、兄さんはやっと追いついたみたいだね。」
幼い頃、同じ時期に始めたというのにその差は歴然だった。自然な持ち手、呼吸、足運び、そして同年代とは比べ物にならないほどの綺麗な型。挙句の果てには鍛錬による吸収率も段違いで、俺が二ノ型を習得し始める頃にはほぼ全ての型を習得し終えていた。
剣の神童なんて周りからは言われ、俺も楓の事が誇らしかった。だが、それが面白くなかったのか段々と道場で過ごす時間が減り、遂には魔法に精を出していた。
悔しくないと言えば嘘になるが、それ以上に楓に守ってもらう自分を想像すると情けなくて兄として負けないようにと毎日励むようになっていた。最初はそんな程度の低い動機だったが、年を重ねる毎に家族を失う怖さが深くなっていた。
両親を失った悲しみはあったが、祖父がいて妹がいる。だが、祖父ももう長くは生きられないだろうと分かっていた。そして妹がいなくなり一人になれば、俺は中途半端な剣術しか扱えないただの子供だった。
だから、何があっても妹を失いたくないと更に励むようになったのだ。




