落月は抄えない
「楓!!」
俺の嘆きが二人の間を引き裂き、完全に戻れないようにする。何故こんなことをしたんだ!?と聞く前にゆっくりと振り返った彼女の瞳は氷のように完全に冷え切っており、それは冷酷や殺意といった生易しいものではなく完全に興味を失ったような表情であった。
彼女が紅い後光が差す黒い月を指す。
ガラスが割れたような音と同時に、黒く染まった月に青白い淡い光が貫通したように輝き無散する。数秒後には雲一つないのにも関わらず小雨が降る。
「衛星軌道管理機構を破壊した。もうすぐこの世界は終わりを告げるわ、兄さん。」
「な...に...?」
「役目を失った月がここに落ちて来る。終わった後はきっと何も残らない。生物は皆等しく消えて、私たちが生きた証も歴史もなかったことになる。どう、兄さん?」
月がここに落ちて来る。事実、紅環の光は徐々に薄くなり蝕むように消えていくのが分かる。もうすぐこの世界は終わりを告げる。それを行ったのは楓なのだろう。だが、俺は彼女が魔王であることを受け入れられていないのだから、そんなことは頭に入ってこない。俺の中にあるのは、また平穏な日常を過ごせればそれで満足、それだけだ。
そんな俺を見た彼女は何を思ったのか、凄まじい速度で接近すると同時に先程とは比べ物にならない威力で蹴り上げる。肺が押しつぶされてでた空気が声にならない音を出し、身体は空高く飛ぶ。真っ黒に染まった空を見上げ、『楓に殺されるならいいかな』、なんて情けない心を秘めながらゆっくりと少しずつ目を瞑る。
最後に見た光景は、楓が俺の持っている白い剣とは対照的な特徴をした黒い剣を不気味に輝かせ、天に掲げながら俺を下に睨みつけている光景だった。
―――どれほどの時間がたっだだろう。地面に叩きつけられてから何も感じない。意識はあるのに雨の音も風の音も聞こえない。ただ頬に伝う感触だけが生を感じさせてくれた。
「どう...して...」
薄っすらと、少しずつ目を開けると、黒い剣は俺の頬を掠めるように突き立てられ、それに全てを預けるようにしながら俺に覆い被さり涙を流していた。
「どうして...どうして戦ってくれないの!?どうして殺してくれないのよ!?私だって辛いよ!皆を傷つけたくなかった。殺したくなかった。お兄ちゃん傷つけたくない...一人にしたくない!!でも、仕方ないじゃない!!選ばれてしまった...私にしか出来ないかったから...!
もう一人で抱えきれないよ...助けてよ、お兄ちゃん!!お兄ちゃんにしか出来ないことなんだよ?私を解放するのは...!」
妹を泣かせてしまった。その罪悪感が俺の心を締め付けるようにしていく。こんなに激しく泣き喚いたのは初めてだった。
俺の中途半端な覚悟が、妹に殺しをさせ世界を滅ぼすのだ。
罪悪感は後悔と共に混じり合う。
ああ、もう少し早く覚悟を決めていれば...。そんな虚しい心の響きは誰にも届かない。
天に吸い寄せられるような感覚と同時に俺の意識は途絶えた。




