狂気と
「あ、ごめん。」
我に返ったニコラスは先の殺し合いと言ってもいいような出来事をまるでなかったかのように振る舞い平然と話しかけてきた。それが余計に怖ろしくて俺も平然としていた方がいいのか、相手にとってはこれが普通なんだろうかと纏まらない思考のまま返事をする。
「あ、ああ。」
口だけの何も伴わない言葉に彼は全てを見透かしたように問う。
「ホントにごめん、最近用事が多くてさ。それでちょっと発散する時間が無くなってて、たまたま出会った君と無性に戦ってみたくなってこんなお願いをしたんだ。やっぱり怖いよね。」
その問いに俺は沈黙を貫いた。彼にとってこれが普通だとすれば面と向かって異常性を認識させられればきっと傷つけてしまうようなそんな気がするから。でもそこに生まれた静寂は彼の心を傷つけるのには十分だったのだろう。立ち上がった彼は刀を鞘に納め背を向けて帰ろうとした。
「もう帰るよ。君がそんな感じじゃ相手もしてくれそうにないし。」
そういい歩み出す。しかし2.3歩歩てから思い出したかのように振り返り。
「でもさ、ここで技を磨くより死ぬかもしれない戦いを何回もやった方が成長すると思うよ。僕なんかに負けてちゃ守りたいものも守れないよ?村雨君。」
道場から差し込む西日が彼の素顔を照らした。真剣な顔なのにその眼差しはどこか無邪気な子供のような幼さを備えて静かなる狂気を宿していた。
守りものも守れない。そんな事を言われたら引き下がる訳にはいかない。だから伝える。
「また来い。相手してやる。」
するとニコラスはこちらに歩いて来て俺の手を取り無理やり握手してきた。
「ふふ、よろしく。」
そういう彼は先の真剣な表情とは違い同性でも素敵と思えるような笑みを作っていた。でもそれがかえって不気味で、まるで人形のようだった。
そしてお互い手を離した瞬間だった。ニコラスの手は腰に付けた鞘まで伸びていた。それを見逃さなかった俺は躊躇なく刀を抜き彼の首に添える。しかし出だしが遅かったのか彼もまた俺の首を捕らえていた。
「うんうん、いいよ、いいね。そう、それだよ!」
油断はしていなかったからすぐに察知することが出来たとはいえ本当に予想外のことをやってのけるやつだと思ってしまった。
そうして彼は再び刀を鞘に納め今度こそ帰ろうとした。がまた振り返って来たので警戒する。
「そんな硬くならないでよ。安心して、殺すつもりでやるだけだから。あ、でもそう言っちゃったら意味ないか。うん、殺す。痛み付けて殺すから。そうしたら嫌でも身に着くでしょ?それと、僕の事は間違えて殺しても大丈夫だよ?」
「は?」
「まあなんて言うか僕の代わりは誰にでも務まるからさ。だからいいんだよ。」
そうして背を向ける一瞬見えた顔は何かを諦めたようなそんな顔だった。それを見てしまったらこの人も魔族であっても人間と大差ないと思わせてくれる。
「それじゃ。」
待てという前に勢い良く走り出した彼はやっぱり魔族らしく俺には追い付けそうになかった。




