62.転移転生するお話はみんな大好きらしい
負けは人を成長させる。
甲子園で負けなかったチームはたった1チーム。
教育に、負けを認める文化は大事。
だそうです。
…
郁美が?負けを認める?成長?
噓だぁ!ありえないわ。微分と積分の違いも分からん癖に、そりゃ無理強いだわぁ。
「負けたことは、決して悪いことじゃない。負けは、人を強く成長させるものだよ」
偉そうな教育者が言い出しそうなことを、実は本当に偉いらしい父ちゃんがのたまっている。
まぁ、そうかもしんない。
自分でもびっくりする位、神妙に聞き入ってるあたし。
最近、すっかり乗ることに慣れたエアタクシーで、あたしとオーナーは総合病院に向かっている。
付属のモニターにパパが出てくるのも、すっかり慣れたわ。
「ポンスケのくせに、なにを偉そうに…」
パパ、子供みたいなこと言わないで。なに拗ねてんのよ。
「お前に言われたくないわコブのくせに!」
言い返すオーナーも、なんだか嬉しそうだ。
結局の所、パパは普通に生きてる。
あたしの心の中に、ってことにしとく?
それとも、あたしの脳みそに宿り場でも見つけた?
どうも、機体のグランザールのCPUには、もういないみたいなのよね。じゃあ、あの機体を壊さないように頑張ったあたしの努力はどこ行っちゃったのよ。
ま、それならそれでいいんだけどさ。
結局、コンピューターは入れ物で、中身はプログラムなわけで。
入れ物さえあれば、大切なのは中身でしょ、ということらしい。
もとからグランザールの機体に組み込まれている簡易コンピューター“KID”程度では、パパの中身が入るわけないんだから。
で、零れ落ちないように自身を圧縮して冬眠状態でいたら、あたしがあの機体に搭乗るようになって。
で、のこのこと出てこられるようになったのでは?という推察がなされているみたい。
だから、最初の内は、やっぱりグランザールが完全破壊されると、パパも一緒に存在しなくなっちゃう、事だったらしい。
らしいらしいで、実の所、よくわからないらしいのよね。
全く、闇シンジケートも転“生”装置なんてもの作らなきゃ良かったんじゃないとは思うけど。
なんでも、人類と機械の融合によって永遠の命を手に入れるプロジェクトの一環とかなんとかで、ものすごいお金が掛かっているらしい。
この辺は、最初のお話で言ったっけ?
「いくみぃ、誰と話しているんだい?」
「ン、読者サービス。なんでもないよ」
転移転生するお話はみんな大好きらしいので、次回の作品ではその辺を描いてみよう、というのは本当に内緒の話らしいんだわ。
だから、何でもないのよ、パパ。
…あたし、何言ってるんだろう?自分でもよく分からないわ。
話が飛び過ぎたわ。
なんで父ちゃんが“負け”の話をしてるかというと、このあたしをドーリングで負かした唯一の相手、ギルティ・ランスのお見舞いに行くから、なの。
よく伝手が見つかった、というか、直接助け出しでもしない限り、相手の入院先なんて分からないもんだけどね。
まして、ギルティでしょ?
憎まれこそすれ、お見舞いだなんて?
あたしが逆の立場なら、絶対にお断り、なんだけど。
「郁美君の悔しがる顔を見たいのだという、先方のたってのお願いだそうだ」
あーそういうこと…
アイツが言い出しそうだわ。
「だから、負けを認めることは、人として成長をだねぇ…」
オーナー、なんだか不安そうな顔でこちらを見てる。
病院で暴れださないかなコイツ、とでも思ってるのね。
んなわけないでしょ、全く、信用無いなあ。
…まあ、わからないでも、ないかも。
いやいや、分かっちゃダメでしょあたし。なによ父ちゃん、あたしが見境なく暴れまわる常識の欠片も持たない娘だとでも思ってるの?
半分しか当たってないわ。
いや、半分でもダメでしょ…
まあ、だから、負けを認めておとなしく…
ん、出来ないわ。できない自信はある。きっと出来ない。
「郁美君、お願いだから…」
「ハイハイ、分かってますって父ちゃん」
ようやく慣れて来た父ちゃん呼びで(人は慣れる生き物よ)オーナーの機嫌を取りつつ、あたしは悪い顔を意図的に隠した。
そうよね。出たとこ勝負だもんね。ドーリングは、何が起こるか分からないから楽しいのよね。だから、お見舞いも、きっと同じよね…
ですよね。環境が急展開、まさに甘美爆弾大連発なのに、郁美の中身がはいそーですか、なんて変わるはずもございません。
父ちゃん、騙されてるぞー