61.そんな安い同情なんかいらないのに
どんな天才でも、挫折みたいなもんはあるもので。
周囲がどれだけ支えてあげられるか、みたいなこともテーマにしております。
もちろん、甘めに、濃い目に、書いててこっちが恥ずかしくなる位に。
泣きたくなる位に。
「で?」
オーナーの家では、そりゃまあ、母ちゃんの手前もあるし。
おとなしくしてますよおとなしくね。
でも、理事長室でまで、可憐な娘を演じなくてもいいでしょ?
「君がいつ“可憐な娘”を演じたのかね?」
心底、不思議そうなオーナー。
あらぁ、いやだわぁ。パパの前ではいつだって“パパを愛する可憐な娘”を演じているのよ。
オーナーは、まだ“パパ”じゃない。
っていうか、無理なもんは無理。
あたしに微分と積分の違いを分からせる位、無理。
むしろ、微分って、何?
積分は、もうホント無理。
って位、無理だっての。
ホント、苗字を変えさせられなくて良かった。アタシ、パパの子だもん。「近野郁美」でこれからも通したいもん。「樫崎郁美」はしっくりこないわ。
母ちゃんはとっとと改名したけどねー
うん。ま、それはいいのよ。
そ、結婚は別。別よ。愛する旦那様の苗字と一緒になるって、なんかもう、ロマンあふれるじゃない?なんかこう、尽くしてますって感じがウフフなラブラブなのよねー
…ソコ、そんな日は絶対来ないとか言わない!聞こえてるんダゾ!
と。
そんな話がしたいわけじゃない。
あたしが“可憐な娘”を演じるために、ん-、頼りたくないけど、大人の力っての?貫禄は、まあ、無いこともないか、な、オーナーが必要なのよね。
「オーナー、そういう意地悪言わないで。あんたにも関係ある話なんだからね」
「まあ、それは、そうだが。わたしと郁美君の関係を、もっとはっきりさせておかないと、話すに話せないんじゃないのかね?」
くそぉ。さすが大人だわ。小ずるいけど、正論なんだよね。
あたし、あの試合が終わってから、AKに搭乗ってない。
んにゃ、違う。“搭乗れてない”。
正直、パパが、怖い。画面を見ると、あのパパが現れそうで、けっこうコワイ。
うそだあたし、絶対無敵なんでしょ、と思ってる。
今でも思ってる。
だから、こういうのは絶対に嫌。
嫌だけど、一人ではどうにもできない。
別に人に頼るのがイヤなわけじゃない。メカニック関係は源さんに、マシンのサポートはグランザールに頼り切りだし。(ま、こっちはCPUだけどね)
でも、そういうのは“自分がちゃんとしてる”のが前提で。
そうできなくなった時、あたし、頼り方を知らないんだよね。
で。この狸親父に頼らざるを得ないのかー
だってコイツ、陰謀主義のチビハゲデブなのよ。頼るにしても、も少しなんとかなんないの?
ん-なんない。他にいない。事情知ってるのって、ホント少ないし、たくさんいても困るし。
その辺を見越してか、オーナー、さっきから目じりが下がってるんだよね。
「わたしが郁美君の親なら、娘の相談は真剣に受けるべきだと思うんだよ。でも、まだそうじゃないんだろう?」
まーそーだけど。
無理なもんは無理、だけど。
くっそぅ、正論も正論。反撃の余地なしの正論かよぉー
そんな仁義、別に要らないんだけどなー
ん-しゃーないか。これは別に“絶対無敵”貫くこととは関係ないしね。
でも、せめて、妥協させて?
「ん、わかった。でも、せめて“父ちゃん”にさせて?」
ポンスケの目じり、じゃないや、目が丸く大きく広がった。
「も、もう一度、言ってみてくれ」
「…父ちゃん」
そ、そ、そんなに感動に打ち震えなくてもいいじゃないのさ!
あたしの顔が熱っつい。湯気が出てきそう。うわぁ、照れくさいなんてもんじゃないわ!メット被ってたら曇ってなんにも見えなさそう。
あんもう、だから嫌なのよこういうの!ほんっと、甘美爆弾大破裂だわっ!
気を取り直して、息を鎮めて、火照った顔を涼ませて。
あたしは女優、あたしは女優…
絶対無敵、絶対無敵…
なんとか、自分ってものを取り戻して。
「いいよ、“父ちゃん”。映しても」
「そうかいそうかい」
目じり下げっぱなしの狸親父が、理事長室の壁に掛けられているモニターの電源を入れる。
こないだの決勝戦、あたしとギルティの分析動画。ネット配信が、それなりに収益上がっているそうな。
収益の一部はオーナーにも還元されてるんだってさ。やはりオーナーは儲かる商売なのかしらん。
…そんなことはどうでもいいの。ネットに繋がってるってことは、パパが入ってこれるってことで。
いや、あたしも自分の試合は観ときたい。たとえ負け試合でも。悔しくても。
でも、今、それはどうでもいいかな。パパとの関係、何とかしたいのよ。これじゃあたし、前に進めないし。
あたしのSweet Bombが、大剣を振り上げてギルティのデスサイズを斬り飛ばす。
返す刀で振り下ろした大剣を、ギルティの“卑怯な手”が受け止めた、ように見える。
ホント、卑怯な手だよねー。こっちがスタンしてるだけなのにね。
んで、跳ね上げられて、くるくるとよく回るデスサイズの刃がついてる方が、ギルティの機体のもう片方の手の中にスポッと納まる。
くそぉ、やっぱカッコイイな。
下がったギルティが、何事かつぶやいて、あたしがそれに乗っかって時間稼ぎしようとしたら、キラーボイスの超音波攻撃を食らっちゃって…
「音量は自動で下げてはいるが…これはキツイな」
オーナー、手元のリモコンでさらに音を下げてくれた。
あー、確かに黒板を爪で引っ掻く嫌な音に交じって、変な音が聞こえるわ。ダイヤルアップとかのギーギーガーガー。そっか、気づいていれば、対策できたかもなー
まあ、これ、呼び出し音でもあって、接続確認したら、別の音が鳴る仕組みらしいんだよね。
そして、ちゃんと呼び出されたわね。
「…パパ。久しぶり」
「いくみぃ…」
画面に現れたパパは、スーツを着込んでいた。
パイロットスーツじゃなく、“背広”。
旧時代から今に至るまで、倦まず廃れず色褪せずの、ビジネスマンの制服。
不思議と、コワクなかった。意外にあっさり、あたし、パパを受け入れていた。
今までの、あの恐怖感は、何だったんだろうと思える位。
制服だから?
「コブ、報告することがある」
重々しく、父ちゃんが口を開いた。
「なんだい?」
「お前の奥さんと、再婚した」
「…」
「郁美君は、私の娘になった。これからは大切に育てていく」
「…」
「わたしは、大人としての責任を、果たしていくつもりだ。今までも、これからもだ」
「…」
パパ、またフリーズ…は、してない。
どこか、ほっとしたような顔さえ、している。
まるで、本当は分かっていたみたい。
「コブ、だから、お前は、もうきちんと死んでもいいんだ。安心して死んでいいんだ」
ん?なにそれ?パパは生きてるよ?勝手に殺さないでよ?!
「そんなことはどうでもいいんだ。郁美、なんであっしを殺したんだ?」
うわぁ、オーナーの渾身の宣言を、無かったかのようにスルーして、あたしに話を振ってきちゃったよこの親父は。
「はぁ…」
大げさにため息をついて。
でもまあ、演じるまでもないか。
後悔も反省も十分したけど、でもね、あたしもパパに言いたいことあるんだ。
「パパさぁ、もしもあの時、Sweet Bombにあたしが搭乗っていることが分かってたら、闘ってた?」
パパが、軽く目を瞠る。
「いやいやいや、ありえないだろそんなこと」
「だよね。あたしも同じ。もしパパが搭乗ってると分かってたら、あんなことにはならなかったと思う」
「…だよ、なあ…」
仕方がない、仕方がないが、あきらめられない。
だよね。あたしも十分に心を痛めたよ。
でもね。
「でも、あれだけの好敵手を相手に、命懸けで闘わないのは無理だよ。お互い、全力で闘わないと、あんな最高の試合は味わえなかったよ」
だから、もし、パパが搭乗っていたと知ってても。
あたしは全力で闘ったんだろうな、とは思う、多分。
「結果はあたしの勝ちだったけど、パパ、強かったよ。本当に強かった。たまに夢で見る位に、強かったんだよ」
「いくみぃ…」
なぜか、パパが泣いてる。ポロポロと涙を流している。
どうせ動画なんだから、加工してるんでしょ、知ってるんだそんなの。
知っているけど、パパが本心で泣いているのも、あたし、知ってる。
と、頭を撫でられ、軽く抱えられる。
ポンスケめぇ、そんな安い同情なんかいらないのに。
とか思いつつ、あたしは、チビハゲデブの胸の中で、思い切り、泣いた。
郁美は制服大好きなので、その一種である背広は一種の精神安定剤みたいなもんですかね。
社会的に認知されている、という辺りが大事なポイントのようで、故に自身も女子高生の制服に相当こだわっています。
ついでに、夫婦別姓子供の名前どーすんの問題とか、作品に入れていいのかね、みたいなことも。
だって宇多田ヒカルも歌ってるじゃん。
でもまあ、ただの一意見、程度なら大丈夫でしょ?
炎上しないよね?
あ、そんなに人気や影響ある作品じゃない?
そーですかそーですよね…