53.これまで、長かった…
これまで長かった…
本当に、長かった、なぁ…
と、思ったんだけど。
「これまで、長かった…」
ギルティ本人の声。
あ、挑発に乗ってくれるの?時間稼ぎに付き合ってくれるの?
うわぁ、甘ちゃんだわね。正直、ダメもとだったんで、ラッキーだわ。
「長いというほど、あんたとは闘っていないでしょ?」
ちょっと的外れな話題を振ってみる。なんでもいいのよ、時間さえ稼げれば。
「長い長い道のりだった…」
ちょっとー無視はやめてよね。自分の世界に入っちゃう口なの?
「だーかーらーそんなに長い付き合いじゃ…」
もうちょい挑発してみようと、オールレンジマイクで話しかけてたら。
ギルティの肩装備、キラーボイスが突然、唸りだした。
肩のスピーカーが震え、殺人的な音響が鳴り響く。
旧時代の、実体黒板を爪で引っ掻いたような、いやーな音が響き渡る。
何分、「音」だから、至近距離だと回避は絶対に無理。
マズイマズイ、ギルティの反応を聞き漏らさないようにスピーカーの感度を高く設定してたから、モロに食らっちゃったわ。
一時的に耳が聞こえなくなるのは我慢するしかない。
パパが画面越しになにか言ってるけど聞こえるわけもない。
いいのよ大丈夫。あたしのパイロットレベルなら、そんなに長く痺れたりしない。
効かなかったわけじゃないけど、その程度でいいならこっちにも勝機が回ってくるってもんよ。
「グランザール、今の攻撃で機体は動かせそう?」
ドライブギアに反応は、まだない。
でも、CPUグランザールは対応してくれるはず。
画面の奥でイケメンが何か言っているけど、まだ聞こえない。
唇の動きを読むと、機体の再起動に影響が出ている、だって。
え?超音波ダメージの影響って、あたしだけなんじゃないの?
CPUにも影響あったっけなー?
まあいいや。それならそれで、もっと時間稼ぎすればいいんでしょ?
あーもー早く回復して、あたし!
ま、攻撃のショックで動きだせる、というわけではなかったらしいけど、でも、物理攻撃じゃない、パイロットへの精神攻撃の部類なので、これはもうちょい辛抱しないとダメそうね。
「パパ、ハッキングの調子はどう?」
聞こえない耳のまま、パパのモニターを見ると。
「カリカリ、カリ、カリカリィィィ」
と、パパの唇が動いている、気がする。
もしかして、コンピューターと同化してはいるけど、パパにも超音波ダメージってあったりするの?
なんか、顔が半分凍り付いているよな感じ。顔の半分だけが動かなくなるのって、脳梗塞のサインだったっけ?
でも、唇は動いている。
ついでに、あたしの耳も回復してきた。
「カリ、カリカリ、カリ、ピー、ガシャガシャ…」
目がうつろなパパ。顔半分が動かないパパ。無表情なパパ。
あれ、これって、もしかしてハッキングされてる?
うそ、なんで?
「ちょっとパパ、しっかりして!グランザール、アンチハッキング、大至急!」
「インターネットセイフティシステム、通常で作動中。ネット回線による攻撃は感知されませんでした」
じゃあ、このパパの状態は何なの??
どうみても、何かに攻撃されてるようにしか思えない。
ネットじゃないなら…音?
音!!
あーなんか聞いたことがある。昔々の大昔、コンピューターにデータを読み込ませる装置として、テープに吹きこんだ音を聞かせてたんだとかなんだとか。
ん-なんだっけ、固定電話(って、何?)をダイヤルアップ(何?)して、受話器をモデムに直接繋げる(はあ?)とかやってたんだっけ。
ホント、なにそれ、よね?
んじゃ、あたしへの超音波攻撃に紛れさせて、パパにも音声データを“吹きこんでた”ってわけ?!
ん?パパの反応が、止まった。
モニター越しに、あたしを見つめる、パパ。
「いくみぃ。なんであっしを殺したんだぁ…」
は?
いま?
ここで?
この大ピンチの時に?
それ、今言うの??
いつの間にか、白装束に着替えたパパ。ご丁寧に、頭に白い三角マークを付けたハチマキまでしている。
どっかで観たなぁ、昔のドラマだったかなぁ、えっと、“ユーレイ”だったかしら。
周囲に2,3個、青い色の、拳位の大きさのファイヤーボールがふらふらと漂っている。ん-これ、なんだっけ?
背景には、なぜかヤナギ。風で長い葉っぱがそよいでいる。
空は曇った闇夜。でもなぜか薄暗さを感じさせるのは、ああなるほど、ファイヤーボールが照明替わりなのね?
えと、ユーレイは、死んだ後に“化けて出てくる”んだったっけ。
でも。でもでも。
パパさぁ、まだ“死んでない”じゃないのさぁ!
「姫様、お父様にメインモニター権限を乗っ取られました。制御不能、制御不能です」
ギルティの機体や、観客席や、高密度粒子で保護された闘技場のシルキーベージュの空を映していた全天候型メインマルチモニターいっぱいに、パパのユーレイ姿が映し出される。
半分透明な姿なので、後ろの風景が透けて見える。(やたら凝ってるわね)
嫌がらせとしては、最高のタイミング。
あたしの思考を読み切って、耳を澄ませて聞いてくるそのタイミングで“聞かせた”音によるハッキング。あたしとパパの同時に別の音を聞かせることで、防ぎきれないようにもしている。
今一番触れたくないことを、このタイミングで聴かせてパパを狂わせる、そのえげつないやり口。
ホント、ホントォオオに、“卑怯な手”だわぁ!!
罠だと見破られた、と思わせておいて、さらに別の罠を仕掛けておく。
こっちが本命。このための伏線としての罠。
完全に身動きが取れないようにがんじがらめにしてから、オイシク頂く蜘蛛のように。
ただ単になんでも速ければ良いというものではないのだよ、郁美君。
~ ・ ~
当時、固定電話の受話器を外してモデムに乗せて、「音」で相手コンピューターに「接続」していた時代があったんです。今の若い人は、知らないですよね?
いや、だって、マッチメーカーはそういう時代のゲームで、そうやってデータを送って「公式戦」してましたので…