52.卑怯な手
最悪の展開でも。
闘志を奮い立たせ、冷静に状況を分析し、出来ることをコツコツと行う。
状況は不利。かなり不利。
でも、まだ負けたわけじゃない。
負けを認めない限りは、負けじゃない。
“卑怯な手”
れっきとした正式武装。
片手装備で、効果は文字通りなんでもありの“卑怯な手”を使える事。
相手パイロットの身内への脅しや攻撃とか、相手パイロットの黒歴史やプライベートを暴いて恥ずかしい思いをさせたりとか、金や地位で脅して言うことを効かせるとか、とにかく、ドーリングでの直接攻撃ではない、文字通りの“卑怯な手”が使い放題という、冗談じゃない武装なの。
以前、割と、ギルティ・ランスは好んで使ってた気がする、けど。
試合前申請でバレちゃうから、なるべく相手より申請を遅らせて、みたいなことをしていた気がするけど。
そんな涙ぐましい努力も、大会側で禁止武装禁止とか(禁止が2回、何が何を禁止?)、相手チームのチートで使用を見抜かれて対策されちゃうとか、普通に使うだろうと読まれちゃうとか、そんなこんなで、使うのをやめてた、はずよ?
そもそも、大抵の公式戦では禁止武装は使用禁止(あー、こう言えばいいのか)なんだけど、今回の大会はどーだったかは、正直チェックしてなかった。
お隣のコロニーとの小惑星採掘権を掛けた公式試合に、そもそも“卑怯な手”なんて使えないでしょ?選抜メンバー選びの試合にそんなもの認めるだなんて、思えないじゃないのさぁ!
ほらぁ、観客たちが激怒している!
金返せとか、卑怯だぞとか、くたばれとか、郁美ちゃん大好きだとか…は言ってないか。
はあ、ホント現実逃避したい。
まあ、そーいうわけにはいかないか。
やれることをやる。
あたしは絶対無敵。
卑怯な手なんか力づくでかみ砕いてやる。
卑怯上等、かかってきなさいっ!
で、出来ることと出来ないことを整理、分析する。
出来ないこと。
機体を動かせない。
出来る事。
グランザールとパパの行動。
あたし自身。
…よし。
「グランザール、機体の行動不能は回復できそう?」
「原因不明。新たなシステムを再構築中。1分20秒後に再起動します」
「上出来よ。そっちを最優先させた上で、頼みたいことがあるの」
CPUグランザールはさすがに優秀。どっかのおバカなパパとは出来が違うわね。
とはいえ…1分20秒か。
時間稼ぎ、どこまでできるかしらん。
「はっ、姫様、なんなりと」
「前の試合で、あたし、この機体と闘ったの」
「わたくしと、ですか??」
とまどうCPUグランザール。やっぱり、覚えてないのね、そうよね。
「別に責めてるわけじゃないの。あなたの中に、隠し強制プログラムが仕込まれてるんじゃないかと思うの。予備メモリを使っていいから、探してほしい」
「…承知致しました。隠れファイルの検索を実行します」
「お願いね」
ダメもとだけど、これも“出来る事”。見つかれば、あたしの操作なしで、とりあえずオートで“動かせる”んじゃないかとは思う。
「パパ」
「なんだい」
さっきまでの悲壮な顔から一転、期待に震えてワクワクした顔のパパ。
ホント、喜怒哀楽が激しいわね。
「ギルティの機体のCPUに、ハッキングを仕掛けられる?卑怯な手には卑怯な手よ!」
そっちがその気なら、こっちもパパという卑怯な手でもなんでも使ってあげるわ。卑怯上等よっ!
「分かった。やってみるよ」
「向こうも同じく行動不能にできれば上出来、よろしくね。あたしは時間稼ぎするわ」
マイクのインカムをオールに切り替え。ギルティにも観客にも聞こえるモードにする。これも“出来る事”ね。
息を吸い込み、ボリュームを上げる。
凛とした声を意識。かなり困っているけど、決してくじけないぞ、という意思を込めて、悲劇のヒロインっぽく、観客を味方にするような感じで。
「この、卑怯者め!恥を知れ!」
卑怯や恥は、ギルティの大好物。
彼にとって騎士道と卑怯は相反していないらしい。
でも、そこを突かれると、自分は間違っていないとムキになって否定してくる。
そんなお子ちゃまな彼のプライドを、刺激してあげる。
どう?乗ってこない?だめ?
お願い!乗ってきて!時間稼ぎさせて!
ギルティの機体、death cowardが、ゆっくりとあたしを見つめる、ように見える。
あたしの大剣を受けとめている、ように見える“卑怯な手”と書かれた棒っきれを、ゆっくりと下に降ろした。
あたしの機体は、大剣を振り降ろそうとしたそのままの形で凍り付いているから、つっかえが外されたような恰好なんだけど、実際の所は受け止めてなんかいないのだと、はっきり観客にも分かる。
そのままギルティの機体は後ろに、2歩、3歩と下がった。
フリーズしたままのあたしの機体に攻撃してこないのは、多分だけど、当てた段階でフリーズが解けるから。
だから、あたしだったら、さっさと“致命傷”を刺しちゃう。止まっている相手に、だもの、それが一番早いでしょ?
でも、ギルティの性格は、完全に完璧に動きを封じてから、存分にいたぶるというやり口。
なので。
なんかしてくる。
それならそれで。やるならちゃんと当ててよね。それで“動ける”ようになりさえすればこっちのもんだし。
もしもほっとかれても、CPUグランザールの再起動が間に合うわ。
そんな甘い相手じゃない、のは知ってる。
罠に完全に嵌められた、のも分かる。
でも、思ったよりひどくは、ない。
もしかして、イケルかも?