49.どこの鬼が出てきたのかしらね?
1時間で新しい機体を試合前調整しといてね、って。
ホント、鬼ですね。
いえまあ、本来はグランザールに搭乗るはずだったわけで。
でもなぁ、フィンファンネル、全滅だしねぇ。
こういうの、「渡りに船」って言うんでしょ?
まあ、あたしのパイロットレベルがどうみられるかなぁ、と、ちょっとは気になるけど、ま、大丈夫でしょ?そもそもあんなハメ技、あたしにしかできないしねー
源さんのメカニックレベルは、試合自体は成立しているので、しかも一応は勝利なので、なんの問題もないわね。
その源さんは、正面のサブモニターの奥で、機体の各パーツの微調整にいそしんでいる。
インカムであたしたちの声や歌は聞こえてると思うんだけど、それどころじゃないらしい。
ま、そーだよね。
少しは構ってくれないかなぁとか思っちゃだめだよね。そっとしておくのが、源さんへの愛だと思うわよね。どうも、忙しそうにしてる人を見ると、ついつい構いたくなっちゃうのよね。
あたしはなにやってんのかって?
忙しいとか言ってる割に、なんだか暇そうにみえるって?
ん、まあ、単調な反復運動をSweet Bombのコクピット内でやってるだけよ。
ほら、単調な運動してると、だんだん飽きてこない?
歌の一つでも歌いたくなるでしょ?
ドライブギアの微調整、フットペダルやクラッチの踏み込み、パワーペダルのスライド具合とか、そんな感じ。
ほんっと、一年ぶりなもんで、あちこちの動きが微妙に合ってない。おっかしーなー、あたし以外誰も搭乗ってないんでしょ?
ま、誰も整備していない、ということにもなるからね。ゴメンねグランザール。
で、あたしの大事なCPUは、あたしの意志を組んで、過激セッティングな操縦のニュアンスを再学習してくれている。
メインモニターに仮想対戦相手を用意して、あたしがどう反応するかに合わせて、最適な仕方でドライブギアやペダルが動かせるように、合わせてくれる。
でもねえ、調整用だからしょうがないけど、なんかもう、弱すぎて飽きてくる。
まあ、無茶苦茶強いの出されると、こっちも本気になっちゃうから、それじゃ調整になんないのはわかってますって。
そ、こういうかゆい所に手が届くみたいに調整してくれるのは、まさに職人技よねえ。
ホント、大好きよグランザール。
でも、CPUにできるのは、あくまで“数字”だけ。機体の各箇所にその数字を落とし込むのは、源さんのお仕事でーす。
…いきなり新しい機体寄こされて、1時間で仕上げろって、どこの鬼が出てきたのかしらね?
あたしのせいじゃないもんね。運営本部か、TⅠLTか、ツマラナイ試合を立て続けに観せられてお怒りの観客か、しょうじょうじのたぬきか、ほかになにかあるかな、まあその辺のせいにでもしといてよ。あたしに八つ当たりだけはやめてよね。あたしはせーじゅんなじょしこーせいだからねー
そんな感じで、あたしの相手をCPUグランザールにさせている間に。
パパには大事なお仕事をやって貰っている。
TⅠLTが、なんの見返りもなくSweet Bombを手放すはずはない。
絶対、どこかに罠を仕込んでいるはず。
機体か、CPUか、武装か、オーナー…は、さすがにないか。源さんもありえない。
運営の罠は、十分すぎる位に仕掛けてるしなぁ。もう無いでしょ?
あたしが分かっててハマってあげてる“ハメ技”、Sweet Bombに、何かどこか絶対に仕掛けが施されてるはずなんだけどなぁ。
どこを探しても、見当たらないみたい。
操縦や機体管理はともかく、こういう細かい所は、パパの得意分野じゃないのかしら?
卑怯上等、見破って倍返し!なんてうまい話はさすがにないものだわね。
「郁ちゃん、いいかい?」
「どうぞー」
「できる限りの調整はした。こいつに組み込まれているCPU、ものすごく優秀だなぁ」
「おいおい、あっしよりもかい?!」
そこのおっさん、すかさず割り込んでこない。今大事なところなの。
「どれくらい廻してもいい?」
「目いっぱい。壊すつもりでヤッテいいぞ」
ひゅー!
あの慎重派の源さんが、そんなこと言うだなんて。
「こいつを組み立てたメカニックは、わしよりはるかに上の技術者だ。ただ、普通のパイロットじゃ手に負えんわな」
あーうん。知ってる。
あたしが前に所属していたチーム“TⅠLT”の中でも、Sweet Bombを搭乗りこなせた人はいなかった。あたし以外は。
さっきの試合だって、CPUに対人プログラム組み込んだだけでも十分に“リザーバー”できるだけのことは、あると思う。これに腕のいいパイロットが搭乗っていたらと思うと、ゾッとするわ。
「でも、郁ちゃんなら、難なく搭乗りこなせるんだ、ろ?」
「まーねー」
元々の主人だったしね。
もう、そのネタはパパにバレてもいいしね。だってCPUは“グランザール”だし。
ってか、バレてるんだよね?
パパ、なんにも言ってこないんだけどなぁ。
ま、聞かれない事にわざわざ答える必要もないしねぇ。
「じゃあ、大船に乗った気持ちで、試合を観させてもらうよ」
「うん。楽しみにしてて」
そ。この時までは、あたしも源さんも、多分パパもオーナーも。
油断はしてないけど、まあ、負けることは考えていなかったのよね。
全部、手のひら。思い通りに罠に嵌ってくれてる。
罠だと分かってる。でも大したことないんでしょ?
まるで、猟師と野獣の駆け引きですねぇ。