44.パラパラ
観客は盛り上がるでしょうが、闘ってる本人は大変。
せめて、まともに動いてくれさえすれば、ねえ。
で、これ、どーすんの?
負けるにしても、一撃で完全破壊されちゃいそうな雰囲気です。
観客が、一気に盛り上がっている。
一瞬の緊張が急に解放されて、はじけ飛んでるみたいに。
あたしも「あーん、あたしの盾がぁ!」とか、マイクでリップサービス。
そんな中をSweet Bombは、ゆっくり、とてもゆっくり近づいてくる。
今のは危なかった。
バク転で回避してなかったら、あの大剣はあたしの本体も巻き込んでた。
緊急回避動作プログラム、事前にキーボードで打ち込んでおいて良かった。
そもそも試合前開始位置だし、結構な間合いだと思ってたけど。
なめてたのは、あたしの方だった。
出てくるのが遅かったし、構えてもいなかったから。
でも、コイツ。
まるであたしが“何かした”のに即対応するように“プログラム”でもされてるみたい。妙にコンピューターっぽいのよ。
…試合前の距離間。
…両手持ちの大剣。
…間合いを詰める手段。
なんだろう。どこかで見た気がする。
見た、というか、あたし、知ってる。
まるで、格闘TVゲーム「WR」の、あたしの得意キャラ「グランザール」みたい。
しかも、CPU対戦の裏バージョン“激ムズver.”に近いかも。
試合前の距離で相手が何かしたら“瞬剣”が入るように“プログラム”されてて、人間の反応速度では対応できない速さがある。それこそ“何かしたら”攻撃が間違いなく刺さる。
ガードを選べば“瞬剣”は撃ってこない。下がると、距離を詰めてくる。
人間同士の場合は、もうちょい込み入った駆け引きになるけど、コンピューターにそういうものはない。
代わりに“ハメ技”はいくつか存在する、んだけど。
対応プログラムを組まれると使えなくなる、のよね。
とにかく。
相手が人間じゃないなら、もう少し何とかなるかも。
今回は初回の対戦なんだから“ハメ技”を見つけてハメてしまえば勝ち筋は見える。後は、あたしの左手ちゃんがどんだけキーボードを叩けるか、に掛かっているわけか。
あーあ、折角の準決勝、因縁の相手なのに。
こんなしょぼい機体使って闘うだなんて、観客に申し訳ないわね。
でも、あたしの知ったことでも責任でもないしねー
んで、コイツほんとにCPUなの?
フィンファンネルの周回を、逆回りにしてみる。
反応は?
ないわね。
あたしの機体の顔を左、右と傾けながら、キーボード二倍速で打ち込んで、ちょっとダンスしてみる。細かいことはできないので、顔の周りで手を振りながら握ったり開いたり。なんだっけ、“パラパラ”だったっけ?
反応は?
ないのね?
とにかく、ゆっくり近づいてくるだけ。
あたしも、ゆっくり下がるだけ。
観客は、ざわざわしてるだけ。
あらん、一番油断してるのはアンタら観客じゃないのさ。
こっちは、いつSweet Bombが一気に間を詰めて一刀両断してくるか、ヒヤヒヤしながらカウンター狙いだっていうのにね。
そのための距離感、間合いでしょうに。
あたしも油断してますよー
チャンスはいまよー
とばかりに、機体を優雅に右旋回。
ついでに左旋回もしちゃう。
あー左の指がまとめて攣りそー
パパぁ、起きてぇ!
パパの反応、無し。当然よね。
Sweet Bombの反応、無し。これは、本格的にCPUね。
人間のわけわかんない行動に反応できるようにはプログラミングされてないんだわ。
そーいうことなら、本格的に“ハメ技”探しをしましょーか!
CPUを徹底的に舐めて掛かっている郁美にとって、道は遠いけれど、勝機が見えた感じです。
ところで、“パラパラ”は、分かりますよね?