40.めちゃくちゃめんどくさいんだけどなー
全身、冷や汗びっしょり。呼吸も早く、心臓は今にも飛び出しそう。
こういう局面こそ、パイロットの真価が問われるのです。
能力ももちろん、そして意志の強さが、問われるのです。
固まってたあたしの頭が、少し動き出してきた。
ちょっと待って。
“Sweet Bomb”のCPU“グランザール”は、「忠誠の試練」を乗り越えられないパイロットの搭乗を許さないはずよ。
じゃあ、あたし以外に試練を突破できたパイロットがいるということ?
それとも、まさかだけど、“グランザール”にパパみたいな自我が芽生えたとか?
あとは、外部操作で無理やり動かされているとか?
もしかして、中身は全く別の偽物だとか?
冷静に考えろ、あたし。
こういうコソコソした隠し事は、いつだって力で突破してきた。
あたしは“絶対無敵”、こんな陰謀に負けたりしない。
とりあえず、あたしが今搭乗っている機体の方のグランザール(ややこしいな、もう)が動いてくれないとお話にならない。
当たり前だけど、いくらドライブギアをガシャガシャやっても、ペダルを親の仇とばかりに蹴っ飛ばしても、肝心のCPUが操作を受け付けてくれないと機体は動かない。
んで、パパは絶賛フリーズ中。
一緒にあたしもフリーズしたいところだけど、そうもいかないの。
もー、もー、もぉー、しゃあないなー
めちゃくちゃめんどくさいんだけどなー
左手をコクピットシートの後ろに廻して、背中側からアーム型キーボードを引っ張り出す。
オートコントロールを解除。マニュアルシステム起動。
パパに与えているグランザールの権限を解除して、この使いにくいキーボードの上に左手を添わせる。
右手でドライブギアを操作しながら、左手のキーボードで微調整して、グランザールを歩かせる。
パパ抜きで操作権限を行使してみるけど。
あらら、滑らかさのかけらもないわ。これじゃ死にに行くようなものね。
「パパ、起きてっ!郁美、大ピンチなのっ!」
マズイマズイマズイ。いくら武装とエンジンが充実していたところで、肝心の操作系が話にならないんじゃ、棄権するしかないじゃない。
会場では、準決勝第一試合のくじ引きが始まっている。
せめて第二試合にして。今だけは、困るの!
「第一試合は、“グランザール”VS“Sweet Bomb”です!」
割れんような大歓声。
やっぱりというか、当然というか、最初の試合に当たっちゃったわ。
なによぉ、TⅠLTとヤラセてくれるんじゃないのぉ?!
なんて、はなから期待はしてない。
ちょっとは思ってた。元々あたしが搭乗ってたSweet Bombは、あの時と同じTⅠLTの格納庫に残されたままなんだから、仮に搭乗れさえすれば、使ってくるかもな、とは。
でも。でもでも。
CPUの方のグランザールのことは、信じてたのに。
あたし以外のパイロットは絶対に搭乗せないと、信じてたのに。
この、裏切り者めっ!
…なんて。
先に裏切ったのは、あたしか。
だって、パパ殺しの機体に搭乗り続けるなんて、あの時のあたしには無理だったもの。
思い出したくもない。
でも、忘れることができない。
だから、グランザールを裏切って、降りたのはあたしの方。
裏切り者は、あたしの方。
だから、いつかグランザールが、裏切り者のあたしのことをTⅠLTしにくるんだろうな、と思ってないこともなかった。
なんて、まさかCPUが単独でそんな事できるわけないよねぇ。パパじゃあるまいしに。
「郁ちゃん、棄権しよう」
源さんの固い声で我に返る。
「無理だ。命あっての物種だ。あきらめよう」
それは無理。試合前申告、最終調整の後は出場確定だから。這ってでもスタジアムには行かなくちゃならない。
その後、機体を捨てて脱出する分には、試合は成立しているんだから構わない。
ただ、あんまり早くにそれをやっちゃうと、整備不良、戦意喪失が問われて、メカニックやパイロットのレベルが大きく下がってしまう。大会本部としても、八百長を疑われるしね。
「大丈夫、じゃないけど、なんとかするわ。動くには動くし。何かの拍子にパパが復帰するかもしれないし」
それに。
元々あたしが搭乗ってたSweet Bombの今の姿を“最後に” 見ておきたいわ。
負け、覚悟。でも、闘わなければならない。
負け方とか、郁美は必死で考えてます。
でも、もしかしたら、急に状況が良くなるかも、とかも考えてます。