39.トラブルってなによー しっかりしなさいよー
ホント、しょーもない与太話が、しかも長くなってスイマセン。
いよいよ本戦、準決勝の始まりです。
しょーもないブリーフィングを済ませて、いよいよメイン会場へ。
今、スペース標準時刻で、午後6時。朝からの二連戦、移動とインターバルで中々大変な一日なんだけど、午前中のドーリングは機体も装備もあたしもノーダメージなので、特に問題はないわ。
オーナーは試合を見守るべく、オーナールームへ。
あたしと源さんとパパは、メイン会場に別ルートですでに届いているグランザールの試合前申告と最終調整を行いながら、準決勝の相手待ち。
準決勝に出そろった4機のうち、TⅠLTチームは当然2機。
トーナメントではあるけど、準決勝の相手はランダムで決まる。
当然、あたしはTⅠLTのどっちかに当たるでしょうね。
ついでに決勝もね。
その辺、ランダムとかいいながら、きちんと操作されるのは想定内。
なんでもいいわ、勝てばいいのよ。
…なんだけど。
トラブル?みたいで、あたしとTⅠLTの2機は会場に着いてるんだけど。
もう1機の準決勝進出者が、まだ来ていない。
なによ、こっちは十分アイドリング済ませてるのよ?
不戦勝なんか、いらないんだけど。
ってか、ここまでおぜん立てしといて、中止とかやめてよね。
「会場にお越しの皆様、お待たせして大変申し訳ございません。第3会場の勝者が、機体トラブルのため、不参加になりました」
決勝会場全体に、合成音声の落ち着いた男性のアナウンスが広がる。
はあ?
いや、どうせ対戦相手が操作されて、あたしとは闘わないでしょ、とタカをくくってはいたけど。
トラブルってなによー
しっかりしなさいよー
「大会本部としましては、ドーリングをお楽しみの皆様のためにリザーバーをご用意し致しました。どうぞご安心ください」
リザーバー?
聞いてないわよそんなの。
オーナールームに緊急回線を即時接続。
慌てて画面に出てきたオーナーをギロッと睨むと、アワ喰ったように首を何度も横に振る。何にも知らないらしい。
ホントに知らないの?なんか企んでるんじゃないのぉ?
「彗星のように現れ、見事147連勝を達成し、負けなしのまま突然引退した、伝説の“Sweet Bomb”が、まさかの登場ですっ!」
会場に、いきなり大歓声が沸き起こった。
各コロニー全体に放映されるドーリングは、観客の声だって高性能収音マイクで拾い上げていく。特徴があったり、試合の流れに沿った内容だったり、純粋に声が良かったり、そういう声をコンピューターが判断して拾い、編集して流していく。
だから“破壊神”だの“血に飢えた殺し屋”だの、ありがたくない昔のあだ名もきちんと拾い上げてしまう。
あ~マズいぃ。モロにパパに聞かれてる!
“アズラエル!”
“死の翼アズラエル!”
あ~やめて~連呼しないで~!
ったって、今更スピーカーをオフになんかできない。
んなことしたら、本当にあたしの昔のあだ名がアズラエルだってバレちゃう。
…ええい、女優魂全開じゃ!
「ぱぱぁ…どうしよう…」
バイザーの偏向フィルターをちょいと明るめに。
コクピットモニターの照明をほんのちょっと落として。
あたしの顔がうっすらとスポットライトでも浴びているようなイメージで。
うっすらと涙ぐんで見せる。
そう。涙は女の武器なのよ。
あたしみたいなサモア系色濃い血筋特有の目鼻くちびる眉毛までもが濃ゆい顔でも、武器は武器なの。
「あたし、あの“Sweet Bomb”に憧れてたのに。まさか本体が降臨するだなんて…」
あの機体のパイロットは、あたしじゃない。
あたしは、あの機体のパイロットに憧れていただけ。
わかるでしょ、パパ。
そういうことなのよ。
そういうことにしといて頂戴。
いまだけ、今だけでいいから。
お、ね、が、い!
画面のパパは、フリーズしている。
あたしの涙に?
それとも、会場に響きわたる、観客たちの大声援に?
「郁ちゃん…大丈夫かい?」
パパの代わりに、源さんが声を掛けてくれた。
「ん-マズいわ。グランザール、全然動かない」
声に出してみて、少し冷静になれた。
源さんありがと。フリーズしてんのは“あたしも”だって、その声で気づけたわ。
序破急。小説の基本ですね。
こんないい機体にあたしが搭乗してるのよ?勝って当然当たり前じゃないのさ、な郁美をいかにして懲らしめてやるかが、作者の腕の見せ所ですのでネェ。
もちろん当然予定通りです。ここまで引っ張ってきた伏線、いつ使うの?今でしょ!