37.パパの鼻毛といい勝負
郁美の親世代のお話。登場人物が少ないので、掘り下げしやすいのは助かりますね。
子供世代は知らないのです。親も、昔は子供だったということを。
親世代も忘れているのです。自分も、昔は子供だったということを。
で、心があるあたしにとって、パパが表の世界にひょこひょこと顔を出されるのは、チョイとマズイ。
あたしの正体が“アズラエル”本人とバレるのは、結構、マズイ。
今まではグランザールの中に、いわば“眠っている”ようなもんで、起動させている時だけ意識が戻るというわけだったけど。
なんかの拍子で外の情報と接触されると、本当に困るんだよねぇ。
「でもねオーナー、あっしは、いくみぃが観ている画面にしか出られないみたいなんだよぉ」
は?
そうなの?
ほんと?
じゃあ、あたしが画面観なきゃ、解決じゃん。
分析動画は一応観終わったことだし、画面事消しちゃおうかな。
「そうなのかね。じゃあ、郁美君が作り出した幻という線も、ありえそうだね」
うわぁ、まあ、確かにありえそうではあるわ。あたしにそんなことが出来るのなら、ね。
まあ、確かにあたしはサイコミュシステム無しでフィンファンネルの操作ができるけど、それとこれは、また別の話だと思うけどね。
パパは、その別の話として、こういうこと(ハッキングとか)、出来そうなんだけどねぇ。
だってグランザールに搭載されてるコンピューター“キッド”に、MDの内容いつも吹き込んでるのよ?
あたし、いつも見てる、っていうか、頼んでるし。
ま、その辺の見解は、一旦置いときましょ。
もう、こうなっちゃったら、詳しい分析もなにもないし。
折角なので、ちょっと聞きたいこと、あるのよね。
「パパ、あたし、大事な試合の前に、聞いておきたいことがあるの」
少し優しい声を作ってあげる。
「なんだいなんだい!?」
ちょ、ちょっとヤメテよ、いきなり割り込み画面をメイン画面に切り替えてドアップになるのは。
いい年したおっさんが目をウルウルさせて満面の笑みで迫ってくるなんて、あたしの精神衛生の事も少しは考えてっ。
妙に高画質な分(分析動画視聴用なので当然のサービスなんだけど)、鼻毛が伸びてるのが見えてるわよ。
どーしてCPUのクセに、そんな細かい画像にまでこだわってるのよ!
あ、中身は人間だから、か。
そうね、いけないわ、ここで怒っちゃ。
試合前にパパのご機嫌を損ねるような事を言っても仕方がない。
「パパ、オーナーとは昔からの付き合いだったんでしょ?」
パパ、あたしが怒らないのをいい事に、ますます顔をアップにしてくる。(やめてホントに)
「ああそうだよ?いくみぃが生まれる前、ママと結婚する前からの関係だったよ」
ようやく、というか、なんとなくマジメな話になったので、少しスパンを引いてくれたパパ。(助かったわ)
全く、ドアップしか出来ないのかしら。感情表現というか、愛情表現というか。
ま、肉体がないんだから、しょうがないんだろうけどさ。
「じゃあさ、オーナーとは結構親しかったんだよね?」
「親しい、というのとはちょっと違うだろ。パパはただ雇われていたわけだからね。ただ、良くしては貰ったよ。ママとの結婚資金もポンと出して貰ったし」
横でオーナーが、懐かしそうな顔で頷いている。
あっ、そ。
今の借金漬けのチーム状態じゃ、あたしのバイト代もやっとこさって言うのはよく判るんだけどさ。
それにしても、随分な待遇の違いよね。お寿司位、ケチケチしないで試合ごとに奢ったっていいじゃないさ。
「じゃあさ、オーナーに雇われてたってことはさ、パパもブラックマーケット関連で、それなりの繋がりはあったってことでいい?」
「ハハ、なんだそんな事かい?」
しらばっくれてるパパ。
…とは思うんだけど、あたし、パパのココロは読めないのよ。
単純スッキリな源さんとは、パパは微妙に違うのよね。
あたしがミドルスクールに入る頃には、パパは家には寄りつかなくなったから。
ううん。あたしや、母ちゃんのことが嫌いになったわけじゃない事は判ってる。
その頃から、AKのドーラーとして闘い始めていたからなのよね。
もちろん、あたしや母ちゃんにはナイショで。
「パパにはパパの事情というものがあったんだよ。おまえは知らなくてもいい事さ」
ハン、なにを格好つけてんのよ。
「あたしにもあたしなりの事情があるの。何のために闘うのか、はっきりさせておきたいのよ」
ちょこっと、瞳をうるませて、可憐な娘を演じてみる。
ま、パパの鼻毛といい勝負、というのは、何となく分かってるけど。
パパの愛情表現のドアップと、郁美の女優気取りの可憐な娘を演じ方は、実は同類、遺伝子のなせる業、さすが同じ血筋だねぇ、です。
なんとなく分かるのは、確かに悲しい。コレと同類なのか…
ありませんか?そんな経験…