36.エアタクシー
移動編。そんなに掛けるつもりなんてなかったのに、筆が進むわ進むわ。
3回に分けます。スゴク長いので。
準決勝と決勝は、メイン会場に移動になる。
移動の準備に時間が掛かるので、その間にあたしとグランザールの調整を済ませていたわけ。
1回戦、2回戦の会場は、学校から直通の通路を使って移動できるけど、メイン会場はさすがに遠い。
んで、機体はコロニーの外部に据えられているコロニートレインで移動されるけど、人間はコロニー内のエアタクシーが使われる。
当然、個人情報保護と、暗殺防止のためのシークレットサービス付きね。
移動情報は伏せられるし、おとりとして同じ機体が何機か飛ばされる。
機外の景色は、中からは観られるけど、外からは一切見えないマジックミラー仕様。
ただ、機内は快適そのもの。振動音とか一切なし。シートはふかふか。
左端にオーナー。真ん中に源さん。右端はあたし。
源さんを間に挟んでくるところが、オーナーのコソコソ主義ね。
ま、気持ちは分かんなくもないわ。許してあ・げ・る。
当然、運転手なんてもんはいない、無人操縦。その辺もプライベート重視ね。
でも、旅行気分では当然いられない。分析録画をみて、対策をイメージしとかないとね。
外の景色観てる場合じゃないし(そこまでの景色でも無いので)、準決勝、決勝の分析録画を観ておく。
いえ、集中して、観ている。断固として。固い決意を持って。
TⅠLTの1st.はギルティ・ランス。メイン会場で試合してて、そのまま勝ち残っている。分析動画はオーナーが録画してくれてた。
2st.のビームサーベル使いは、グランザールの整備中にパパが録画している。
もう一つの会場の勝ち残りは、別に観なくていいか。どうせ当たらないでしょ?
その辺の組み合わせの操作は、ある意味TⅠLTを信頼している。
一通り、観終わって。
「郁美君、どうだね、勝てそうかね?」
怯えと期待が半々、という顔で狸親父が尋ねてくる。
ってか、あたしを気遣っている。
「理事長、じゃなかった、オーナー。郁ちゃんは今、絶好調ですからねっ!勝てますよきっと」
源さんが、機嫌良さそうにオーナーを励ましている。
そう、あたしを気遣うオーナーを。
「そうそう。いくみぃはまさに絶好調だよぉ!」
パパが機嫌よく、分析録画の画面に割り込んで話してくる。
はぁあ…
ああん、ああ、もう、邪魔っ!ホント、邪魔ぁ!
ちょっとぉ、シークレットサービスめ、なにやってんのよ。パパにエアタクシーをハッキングされちゃってるじゃないのさ!
「いやあ、こないだ、TⅠLTさんから通信が来てただろう?ちょっと面白半分にやり方を真似てみたら、なんか出来ちゃったんだわ」
出来ちゃったじゃないわよ。TⅠLTめぇ、パパに余計な事教えないでっ!
いくら割り込み画面を消しても、平気な顔でちょこちょこ割り込んでくるから、全然集中して観られなかったじゃないのよ!
「だって、あっしだけ一人、のけ者にされてるみたいで、パパは寂しいんだよぉ」
冗談じゃないわよ!
パパのご機嫌取りだなんて、グランザールに搭乗っている時だけで十分よ。
「まあまあ、いいじゃないか郁ちゃん。なんかこう“チーム一丸となって”みたいな感じだよ」
ちょっと源さん勝手な事言わないで。パパがますます調子に乗るでしょ!
あたしが話し出すと、パパが勢いづいて騒ぎ出すから、“あえて”無視して黙っていたのにぃ!
「…本当に、コンピューターの中で生きてるんだなぁ」
オーナーが不思議そうに、パパの映っている画面に見入っている。
オーナーも源さんも、パパを無視してだんまりを決め込む、あたしへの気遣いを、あきらめたみたい。
まあ、源さんはともかく、オーナーがこういう形でパパと話すのは初めてなのかもね。
元々は、たかだか人格移植でもされたコンピューター位にしか思ってなかったんでしょ。
だから、あたしにもパパにも“心”があるって言ってんのに。
誰かが誰かの機嫌を取る。その誰かは誰かの機嫌を取る。
自分の機嫌は自分で取れば良いのですが、そんなに世の中、うまくは出来ていません。
誰かの機嫌を取ってあげることで、世の中はうまく回っていくらしいのです。