29.正直言って、見るものはない
近距離重装甲型 VS 遠距離専門型 です。
お互い、ダメージが通らない戦いになりそうですね。
さすがは公式戦が行われるスタジアム。オーナールームもそれなりにゴージャス。
でも、肝心のあたしのオーナーはおっかなびっくりみたい。なんであたしが入ってくるだけでびくついてんのよ。
「どお?今の試合ぶり」
「あ、いや、まあ、その……」
何よ、その態度。相手が相手だから、心配してたんじゃないの?
それともなぁに?
あたしに何かされるんじゃないかって事の方が心配ってわけ?
言っとくけど、それはあたしも同じこと。
オーナーが裏でTILTと吊るんでるんじゃないかって疑いは、まだ晴れているわけじゃないのよ。
ま、そんな事を細かく心配するほど、あたしは暇じゃないけどね。
「心配しなくても、二回戦以降はこっちに顔なんか出さないわよ。そんな時間の余裕も無くなるから」
あたし忙しいの。あんたなんかに構う暇ないの。わかる?
「あ、いや、別に……」
皮肉が通じたのか、しきりに剥げた頭から汗を拭き取り始める。
「んで、次の試合、もう始まってるの?ちょっと気になるのよ」
「ああ、でも、長引いているみたいだ…」
ほんとだ。もう10分も経過しているのに、お互いに本体は無傷というのも妙な話ね。
どうやらギルティの言いたかったのは、こんなメガドーラー大会に超初心者が出ているという事らしい。他の参加者は、さすがに昔は相当に鳴らした猛者たちばかり。
確かに異様、とも言えなくはない。
でも、それを言うならあたしだって似たような口よ。“公式戦”での戦歴はキレイにクリアされて、名称は単に“元メガドーラー”としか掲載されていない。
プライバシー保護のためもあるし、あたしの場合、昔の戦歴がパパにバレると何かと厄介だしね。いつかは判る時が来るけど、それは今である必要はないから。
だから、メガドーラーの名称や戦歴は、公式戦をずっと闘ってきた連中であってもあまり意味はない。
だって、いくら戦歴がどうこう言ったって、殆どの連中はあたしがTILTに入る前に一世を風靡してたロートルたちばっかしだし。
あたしみたいに殆ど負けなしで一気にメガドーラーになった場合と違って、ベテランのメガドーラーは試合数をずっと重ねていく事で、ようやく100勝に手が届く。
例え負けても、生き残ってさえいれば戦歴は消えない。100勝500敗、勝率2割でも立派なメガドーラーなのよ。
言い換えると、普通はメガドーラーになったら引退の潮時だというわけ。
ま、ドーラーの定年退職制度みたいなものね。
それはいいのよ、別に。
勝ち続ける事よりも、生き残る事こそが重要なのはよく判るわ。
ただ、そういう“普通の”ドーラーに、あたしの相手は勤まらないという事だけ。
そういう守りの姿勢が染みついた連中に、あたしは負ける気はしない。気持ちの上で勝っていれば、多少の機体のハンディなんて関係ないし。
だから、ギルティの言う事も、判らなくはない。
名称は超初心者って事になってるけど、実際はあたしと同じ“現役”のメガドーラーのはず。
はず、なんだけど。
正直言って、見るものはない。
どっちが勝っても、あたしの相手にはならない。
観客からのブーイングの嵐も判る気がする。
あぁあ、折角あたしが前の試合で瞬殺の誘爆で盛り上げてあげたっていうのに。
相手も相手よ。第何回だかの星龍杯だかを何度も防衛しているとかいう有名らしいメガドーラーらしいんだけど、この程度の相手に長い時間粘られるんだから、大した事はないわね。
超初心者の方は、中距離から遠距離レンジのビームスナイパーライフルを2丁。
さらに両腕につけた、同じく中遠距離用のホーミングレーザー2丁。
だから、距離を取って闘うスタイルというのは判る。
普通、遠距離で闘う場合には両手にウィールユニットという機動力を大きく上げる車輪を装備する。でも、両手にライフルを2丁抱えているから、それは無理。
んで、その代わりに両肩にファイヤーバードアタックシステムを装備して、補助ブースターで機動力を増しているってわけ。
そこまではいいのよ。判らなくもないわ。
問題は、主戦武器のレーザー兵器はどれも、パワーセレクトもオート射撃もつけない単発で撃っていると言う事よ。
そ、だからちょうど今の試合ぶりの通り、とにかく遠くへ逃げ回りながら、チマチマと遠距離ビームを撃って、時間切れのダメージ総量での勝利を目指してるってわけ。
は。
まあ、初心者にしては、よく考えてるんじゃないの?
観客にしてみれば、たまらなく退屈な試合だけどさ。
また、相手の星龍杯だかのドーラーも、あんまり遠距離の武装を持っていないのよね。特殊金属で作られた、特殊効果満載のH・ソード。同じ金属で造られており、装防御率も高く、さらに強力な伸縮用のクローまでついたH・シールドと、Hシリーズ装備。(特殊金属のお値段は相当なものよ)
そして機体の半身を覆い、いざという時は機体ごと体当たり攻撃までできる楯、エッグシェルで、攻防とも接近戦は完璧。
ただ、中距離用に肩に装備されたメーサー砲も届かないような遠距離からチマチマと撃ってこられて、お手上げみたいね。
装備が重すぎる上に機動力に差がありすぎるから、追いかけても無駄なのよね。
もちろん、ベテランで資金もある程度あれば、レンジ外から一方的に攻撃されないように、隙を造らないのが武装選択のセオリー。
で、星龍杯ドーラーは、遠距離、というよりオールレンジの武装として、けっこう人気の高いホークマスターを使っていたみたいなんだけど。
この炎をまとった鷹、実は武装自体の装甲が薄いのよね。どうやら早々にホーミングレーザーで撃ち落とされたらしく、後はひたすら遠距離からチマチマと撃たれているみたい。
もちろん、本体にダメージは今のところ、ない。
単発のレーザーだから、そんなに大きなダメージを与えるのは元々無理だし、エッグシェルとH・シールドの楯をかわすのは実際に厳しい。
「…こういう闘い方なら、まずは事故なんて起きないだろうね」
オーナー、なんだか気が抜けたような声で問いかける。
「事故…?」
ああ、胴体吹っ飛ばされたドーラーが、脱出に失敗して死亡する事ね。
「相手次第じゃない?遠距離機体は、足や翼をもがれたり、ドラゴンクローなんかの足止め武装に絡みつかれたりしたら、ただの高価な鉄くずになっちゃうから」
そ。前の貧弱な装備のグランザールに搭乗っていても、この手の輩は結構なカモにしてたからな、あ・た・し。
「そ、そうだったね……」
なに焦ってるのよオーナー。
ああ、あたしが負けたらどうしようとか心配してた?
ま、気持ちは判るけど。
あたしの今の機体も接近戦仕様だから、同じような戦法で来られると困るんじゃないかと心配してるわけね?
でもねぇ、今のあたしにはフィンファンネルというオールレンジ攻撃ができる二対の翼があるから、気に病む事はないわよ?
ま、無くても何とかするけどねっ。
いえむしろ、負けて欲しいのは、星龍杯ドーラーの方。今のところ、一方的に撃たれてはいるけど、接近戦の土俵に立てば、実際には相当強い。少なくとも、あたしのフィールドパンチよりは、武装ランクは上。
ま、操縦の方は問題にならないでしょうけどさ。
一方的に攻撃しているように見える超初心者の方だけど、単発ビームでは本体にダメージを与える事も、シールドを削って破壊する事も出来ない。多少は傷をつけられるとは思うけど、せいぜいそこまで、ね。
どちらもダメージを受けないままでいけば、普通は引き分けで終わるはずなんだけど、この大会の場合はありえない。そのままの状態で20分延長になるから、いずれは超初心者の方は弾切れになる。素手で星龍杯ドーラーのあの武装に勝つのは、あたしじゃないと無理。
あたしでもできればやりたくない位、無理。
書いててツマランなぁ、とか思いつつ、意外に字数が伸びています。前後半で分ける必要を感じるほど。
結局の所、堅さは正義、なんですよね。
何やっても本体はノーダメとか、反則というか、いっそチートでしょ?
遠距離から単発じゃ、ダメージ通らんので、つまるところ何をやっても無駄、という結論になっちゃいますね。
そういう“正義”を覆すのが”醍醐味"ってものじゃありませんか?