28.ハッキングは禁止じゃなかったっけ?
新章開幕。
闘技会場は4つに分かれており、ほぼ同時進行です。
今回の参加チームは16団体。
連戦形式ですが、修理、調整のためにインターバルが設けられております。
準決勝、決勝はメイン会場に移動します。
試合時間は決まっており、後から試合する選手はインターバルの時間が少ないので、地味に不利です。
「いくみぃ、TILTから通信が来ているんだけど…」
スタジアムから引き上げている最中、パパがそんな事を言い出した。
「無視していいわよ。どうせ気障ったらしいお世辞しか言わないんだから」
あたしはやったことないけど、相手のAKに降伏勧告を送りつけて戦意を奪ったり動揺させるのは、アイツの常套手段。
そ、多分、ギルティ・ランスからだわ。
あたしがTILTでエースだった頃に、2st.ドーラーに甘んじていた男。
顔がまあまあ良くて、なんでも先祖はフランク騎士の家系だとか自慢してたけど、受け継いだのは変なプライドだけ。
まあ、一つだけ認めて上げられるのは、アイツは勝つためにはなんだってやるという事位かしら。普通に実力で勝てちゃうあたしみたいな天才には判らない感覚だけど、使えるものはなんだって使ってやるという執念と、妙な騎士道精神を混在させている事だけは素直に凄いと思えるの。
でも、お付き合いして気持ちの良い相手じゃないのは確かよね。
普通のCPUは、TILTの通信回線侵入を防ぐ事は事実上出来ない。
だって、アイツは大会本部が使用している専用回線の方にハッキングして送りつけてくるんから、嫌でも繋がってしまうのよ。
でもねぇ、文字通りの生体コンピューターであるパパには、そんな理屈は通じない。わけの判らない情報として処理してしまうらしいの。
ま、そういう所は機械より出来が悪いのが幸いしているんでしょうけど。
「いくみぃに伝えてくれ、“つぎのしあいをよくみていろ”だって。なんの事なんだい?」
ああ、どうせあたしが回線を開くわけないから、“パパでも判るようなメッセージ”にしたのか。小賢しいわね。
でも、次の試合って、一体なんの事?
確かにその試合の勝者と二回戦を闘うから、観ないわけにもいかないんだけど。
~ ・ ~
「郁ちゃん、お帰り」
「あ、どんもどんも」
スタジアムから戻ってきたあたしを、源さんったらわざわざ搭乗リフトに乗ってお出迎えしてくれた。
コクピットハッチを開けると、なんと、手まで差し伸べてくれる。
随分とサービスがいいじゃない。
ま、当然か。第一回戦は完全無傷だったもんね。
あたしが自分の操縦に神経を尖らせているのと同じように、源さんもグランザールの整備には我が子のような愛情を掛けてるしね。
傷一つ無く、待機所に帰還させたんだから、嬉しくないはずもないか。
ま、あたしはその辺はあんまり気にしてない。機体の傷をあまり気にしすぎると、勝てる時に踏み込めなかったり、シビアな回避が出来なくなるから。
あたしもグランザール様は大好きだけど、源さんとはちょっとニュアンスが違う。
あたしが好きなのは、あたしの意図を充分に組んで、思い通りに動いてくれるグランザール様であって、鋼鉄のカラクリ人形としてじゃないから。
だから、降下するリフトの中で、それなりに注文はつけておく。左腕第二関節のアクチュレーター、コンマ0.2秒起動速くして欲しい。右足に装着したシュトルムユニットは、左足と微妙に同調していない。機械で測定は多分出来ない、あたしのカンみたいなものだけど、絶対に狂っている。
ま、相手が源さんだから言える事。普通のメカニックマンなら通じない話だし、一流だったら逆に怒りだしそう。
でも、源さんはあたしの言う事を理解してくれる。言われた通りに寸分の狂いも無く調整してくれる。前にあたしが搭乗っていた“Sweet Bomb”の装備や武装をそのまま転用しているから、多少の狂いは当たり前、なんだけど。
こんな微妙なセッティングの注文で構わない位に、上手くフィットさせてくれる。お世辞抜き掛け値なしで、スゴ腕の職人さん。
だから大好きよ、げ・ん・さ・ん!
リフトから降りるついでに、今度はあたしが手を差し伸べてあげる。本当は抱きついてキスの雨を降らせてあげたい所だけど、今、源さんに失神されるとホントに困るから、それは止めておく。
あたしの手を掴む源さんも、心なしか、なんだか嬉しそう。あたしの本当の実力ってもんが、判ったみたい。俗にいう“惚れ直した”ってヤツかしら。それはあたしも同じ事だけどさ。
「調整終わったら呼んで。あたし、オーナーんとこにいるから」
「あいよっ」
調子のよい掛け声を後に、あたしはしばらくの間、機体を後にする。
連戦形式ですので、なるべく機体や武装の損傷を少なくする方が、次の試合に向けて有利になります。
元々、公式戦の賞金は少な目に設定されていますので、参加チームはそうしたやりくりに長けています。
ですので、そういう“考え”を逆手に取る作戦も生じます。
ただ、今回の公式戦の場合は、かなり破格の賞金がでますので(それだけ重要な大会なのです)、参加者として招待されるだけでも結構な黒字を期待できます。
もちろん、メガドーラーたちの火力はかなり高いので、命あっての物種ではありますが。