27.開始30秒で終了。だからホントにいいのかって聞いたわよネ?
角括弧「 」 と、ダブルクォーテーションマーク “ " の使い分けは、少々悩ましいですね。
角括弧はセリフやタイトルのみに使いたいのですが、二重の意味を持たせるなど、重要な要素の時にも使いたいです。
ちょっと強調するなら、ダブルクォーテーションマークで十分なのですけどね。
そう、あたしは、機会を逃したりはしない。
例え、後からうんと後悔する事になったとしても。
ゲーセンでの格ゲー「WR」初期バージョンでグランザール様を操って、特Aクラスで100連勝を飾ったあたしに、TILTからマッチメーカーのドーラーにならないかというスカウトが来た時も、二つ返事で引き受けたわ。
もうあの頃は、パパが愛人をつくって失踪したと聞かされていたし、ドーリングはかなりいいバイト代になったから、母ちゃんには目に見える生活費を手渡して、代わりに母ちゃんの見えない所での出費を全部払っても充分にお釣りがきていたし。
TILTを辞めて“グランザール”と別れてからすぐに、今の理事長、じゃないや、オーナーにパパの事を聞かされた時も、すぐに裏世界のドーラーになる事を決めた。
セコイ奴で収入は半分以下になったけど、それまでの預金があったから、生活に困る事はなかった。なんたって、パパを取り戻してガッコーを卒業すれば、あたし自身がオーナー兼ドーラーとして稼げるようになるわけだし。
そして、いつかはパパの脳味噌を人間型アンドロイドにでも移植して、もう一度母ちゃんの元に帰して上げられるかもしれないし。
ま、機械の身体だから夜の生活はダメかもしれないけどさ。そこはほら、愛人とやり過ぎて勃たなくなったとか言えば……おっと、こいつはジョシコーセーの考えてあげる範疇じゃないわね。
とにかく。
迷ったりするのは嫌いなの。
ためらう事も好きじゃない。
後悔なら後から充分できる。
機会は今しか与えられない。
だから、あの時も、躊躇する事なく「天使の拳」を撃ち込んだ。
だって、中に「パパ」が乗り組んでいるだなんて、知らなかったし。
だから、沢山のドーラー達と闘ってきた時と同じように。
だって彼らも、ドーリングのステージに立つ以上は、そういう覚悟を常に抱いているはずだから。
だから、あたしは「絶対無敵」を貫いている。ドーリングって、結局はそういうものだから。
ただ、あたしが後悔しているのは、ドーラーとしての本当の「パパ」を知らなかったという事だけ。判っているのは、オバカなミスで、あたしの目の前で吹き飛んでいった“ディアブロ”のドーラーのことだけ。
でも。
もし。
もしも、相手がパパだと知っていたら、拳を向けるのは……
「いくみぃ!いくみぃい!」
「ハイハイ。判ったわよ」
CPUモニターで必死に叫んでいるパパに、なんとか笑って頷いて上げる。
バイザーの偏向フィルターをちょいと濃いめにして、その分コクピットモニターの照明を強めに設定しているのは、なにも実戦での“勘”を強めるためだけじゃない。
パパに、あたしの表情を少しでも悟られたくないから。
メインモニターには、開始30秒で胴体を「天使の拳」でぶち抜かれた相手の機体が映しだされている。
ホント、誰が呼んだのか知らないけど、実にしっくりとあたしのドライブギアに馴染むわ、このフィールドパンチ。
ま、当たり前と言えば当たり前か。元々、あたしがずっと使い続けてきた武装なんだし。
にしても。
相手ドーラー、いくらヘビー級の機体に最大出力のエンジンを積んだからといったって、ゴテゴテと重武装を付け過ぎなのよ。
ま、あたしのグランザールみたいに、軽量の機体に搭載できるエンジンの出力なんてタカがしれてるけど、その分、重量の軽い武装を選択する事で反応速度を極限まで高めるという選択は、一発当たったらオシマイというデメリットがありすぎるから、という事なんでしょうけどさ。
「いくみぃ!」
「判ってるって」
次からは出力をセーブ気味にした方がいいかなあ、でも、いくら収束率が低いとはいえ、防御率50%を誇るビームシールドLをぶち抜くには、やはりマキシマムパワーが必要よねえ。
そんな事を思いながら、あたしの機体の軽く三倍の大きさはある相手の胴体に取り付き、ひしゃげたコクピット部分を無理やりこじ開ける。
胴体部分だけあって、かなり頑丈な装甲だけど、力場フィールド発生装置を指先だけ、それも極限まで絞って放出して、自分でいうのもなんだけど、かなり器用にひっぺがえす。
中から、むわっと広がる高温の白い蒸気。
あれま、蒸し焼き状態だわ。
パイロットスーツは多少は耐熱効果があるし、CPUも生命維持装置は最後の最後まで動かしているだろうから、生存率は6割位かな。
誘爆に巻き込まれないうちに、グッタリしているドーラーを引きずりだして、さっさと退散する。こういう時、あたしの軽量級の機体の大きさは役に立つ。図体が大きいと、人間を抱えるなんて器用な事、専用のマニュピレーターでも使わないと出来ないから。
背後で、あたしの忠実な使い捨ての楯、フィンファンネルが翼を広げるように大きく散開して、防御フィールドを構成する。
程なくして、ヘビー級AKの巻き起こす派手な爆発が、闘技場全体を紅く染め上げた。
「いくみぃ…」
「そんなに心配しないで、ほら、もう来たわよ」
万国共通の白いペイントに赤いサイレン灯を回しながら、地を這うようにやってきたレスキュー車に、機体をかがませて相手ドーラーを文字通り手渡して上げる。
背後では、すでに消火活動も始まっているみたい。
ま、あの業火で焼かれるよりは、生存率は高いと思うけど。
最初の一撃で打ち所が悪かったいうことも充分にありえるから、あたしはなんとも言えないわ。
……なんて事は、パパには言わないし、言う必要もない。
「ほらパパ、レスキュー隊員がお礼を言っているわよ」
「あ、ホントだ。いやぁ良かったなぁ…」
惚けた顔で笑っているパパ。
今は、このままでいい。
あたしの機体に付けられている武装が、最後にパパを爆散させただなんて事は、知らない方がいいのよ。
パパをこんな身体にした張本人の片割れが、こうしてパパの前で平然とドライブギアを握っているだなって、知らない方がいい。
ついでに、あたしが相手ドーラーの生死なんて考えてあげない“告死天使”としての闘い方をしているなんて事も。
TILTが出てくる以上は、覚悟はしていたから。
ギルティなら、この程度の舞台は整えるだろうという事も判っていたし、あまりエサを渋るとあたしが喰いついて来ないという事も計算の上でのことなんでしょう。
オーナーも、あたしの気持ちなんかよりも、パパが動揺するって事なんかよりも、自分の立場や家族の事を真っ先に考えるのは当然と言えば当然。
そういう無神経さがあるからこそ、資金と技術を極限まで集めた“ディアブロ”をあたしに破壊されて、1ST.ドーラーだったパパを失っても、その後釜にあたしを据えるなんて真似が出来るんだわ。
「アズラエル!」
「死の翼アズラエル!」
ヘルメットに仕込まれたヘッドホンから、観客席の声が響いてくる。
観客は正直だし、大きな公式戦を観に来ているだけあって、よぉく目が肥えているみたい。
まったく、闘いが長引くとスタイルがばれるから、一気にケリをつけたっていうのに。
例え、両端に翼を広げた意匠のエンブレムをつけていなくても、あたしの闘いぶりは、もう欺きようもないものみたいね。
「いくみぃ、観客が、変な事を言ってるみたいだな」
「……そうね。余所のコロニーに、“アズラエル”って凄腕のAK乗りがいるのよ。今回の武装はその人とほぼ同じだし、操縦も真似してたから」
「そうか、いくみぃ、常に勉強しているんだなぁ。さすがだなぁ」
感心げにあたしを褒めるパパ。
パパは、機体が誘爆した前後の事を覚えていない、と言っている。
いえ、多分、“思い出せない”だけ、だと思う。
それまではドーラーとして闘っていた記憶はあるんだから。
だから、論理的に考えていけば、やがて“あたし”に行き着くんだろうとは思う。
でも。
今は、思い出さなくていい。
だって、あたし、多分。
あの時“Sweet Bomb”に搭乗して闘っていたあの時。
あたしの対戦相手が“パパ”だと判っていたとしても。
多分、あたしはためらいもしないで「天使の拳」を振るっただろうから。
じゃないと、今まであたしが葬ってきたドーラー達に申し訳が立たないから。
今にして思えば、多分。
あたしは、そう考えていたんだと思う。
だからこそ、あたしは「絶対無敵」でいられ続けるのだろうから。
(おしまいっ!)
一回戦。エピソードに紛れながら、相手は瞬殺です。
そりゃそうですよね。今まで資金2000crの枷を掛けられていた郁美のリミットを外しちゃうんですから。
パパをこんな身体にした張本人の片割れは「あたし」。もう一方は「知っててマッチングした」TⅠLTだということは、「3.強制停止っ!」で話されていますね。
んじゃ、知ってたら、どうしたの?という葛藤を、郁美は振り払っている最中なのです。
郁美は意外に甘く、矛盾に満ちています。だからこそ“Sweet Bomb"なのです。