26.ホントは意味なんてないんじゃないの?
パパの説得編。郁美にとっては、普段のドーリングよりも大変な作業です。
でも、何とかしないと話自体がお流れになってしまいます。
この辺、オーナーと郁美は、目的は違えど同じ立場、同じ考えです。
うまい話には、一度は触れてみたいのです。
あれから今日まで。
一番大変だったのは、まさにパパの説得だったわ。
正直、今でも納得はして貰っていない、と思う。
ヘビー級に装着していた武装のジョイントパーツを外して、グランザールに再装備する事とか、高性能エンジンに積み替えた機体の微調整やシフトウェイトの確認、操縦系をあたし好みの過激セッティングに切り換えるとか、そういうメカニックな部分は、源さんも経験豊富だし、これまでの付き合いから、ある程度はあうんの呼吸で納めてくれる。
後、あたしが“本気”で操作する時の行動プログラムをある程度はパパにサポートして貰うために、毎日3時間位は練習に付き合って貰っていた。
今までのスローモーションにしか思えない機体でのサポートに比べて、パパのアシストは最初は全くついて来られなかった。
まあ、今は、なんとか形にはなってきたかな、って位。
正直、かなり過酷にパパをしごいてきたし、だからこそ、今日の試合の相手の事とか、その意味合いとか、そういう余計な事を“考えさせない”ようには仕向けつつ、それなりにパパに自信をつけさせてきたつもり、なんだけど。
「“ただいまパパ”」
パスワードを言うか言わないかの間に、もう、さえないおっさんが今か今かと待ちわびているかのように画面に現れる。
ったく、ホントは意味なんてないんじゃないの、この声紋認識機構。
「そんな事いうなよ、いくみぃ。パパは、そんなお前の素直な声が聞きたくてだなぁ」
グッ、この親父はっ!
帰るっ、って叫びだしたくなるのをようやく我慢する。
武装もフルチェンジしたばっかりで、相手もそれなりに強敵が揃う今回の試合。さすがのあたしも、パパのご機嫌を簡単に損ねるわけには行かない。そんな事をして今までの苦労を無駄にするつもりなんかない。
ううん、もちろん、本試合になればパパの力に頼るつもりなんてないし、パパみたいな下手くその甘ちゃんに頼ってたりしたら、こっちの身が危なくなる。
ただ、機体の調整と自動修復はちゃんとやって貰わないとさすがに困るのよ。オプションキーボード引っ張りだして自分で手打ちする暇はさすがに無いし、第一メンドクサイ。それにこういう分野なら、コンピューターの方が人間より正確で速いから。
そのつもりで、パパにはあたし流の操縦を叩き込んできたつもりだけど。
正直、前の機体のCPU“グランザール”の方がずっとアテになる。
なんて、泣き言言っても仕方がないか。
「はいはい、わかったわよ。で、今回の大会は特別だから、パパの事、すっごくアテにしてるからね」
「ほ、ホントウかいっ?!」
やたら嬉しそうなパパ。普段は突き放したものの言い方しかしてないから、たまに甘い顔を見せると、ホント、嬉しそうな反応を示すのよ。
ま、最初に喜ばせておかないと、あとで拗ねられても困るしね。
で、この後に及んでは、もう隠しても仕方がない。
うすうすは判っていたんだとは思うんだけど、公式戦復帰の事や、TILTを多分相手にしなければならない事を話すと、やっぱりというか、当然というか。
顔が曇ってきた。
「いくみぃ、パパはお前のドーラーとしての腕前を信じてはいるんだよ。こんな凄い武装を用意して貰って、コロニーの代表を決める闘いに臨むだけの力量があるのも判るんだ。
だけど、相手はTILT。パパをこんな身体にした、凄腕の連中なんだぞ?危ないよ危険だよ。パパは……」
そ。
パパは知らない。
あたしもあの時、“知らなかった”のと同じように。
「今回の試合に“告死天使”は降臨しないわ。少なくとも、パパの前には」
「え?」
「オーナーに調べてもらったのよ。パパをこんな身体にした“Sweet Bomb”は、TILTの格納庫の中で、もう帰ってこないドーラーを待っているだけだから」
不安そうにみつめるパパに、あたしはありったけの演技力を駆使して優しく微笑んで上げた。伊達に女優志望してるんじゃないしね。
「知ってる?“Sweet Bomb”のメインコンピューターは、ドーラーを自分の意志で選ぶのよ。己の忠誠に値するのかどうか、最初に試練を与えて、乗り越えた者のみに、永久の忠義を誓うんだって」
パパは、訝しげにあたしの顔を覗き込む。
あたしの頭がおかしくなったのか、それとも自分をからかっているのか。
判断に迷っているみたいね。
残念だけど、どれも違うわ。だってこれは、本当の事だから。
「つまり、完璧なセキュリティシステムってわけよ。ほら、あたしとパパみたいな関係って事」
「え?」
「だってパパだったら、自分で望まないのに、あたし以外のドーラーを乗せたりする?」
「い、いや、そんな事はしない、するもんか!…しかし、相手はコンピューターなんだろう?」
「そういう風にプログラムされているという事よ。そして、“Sweet Bomb”のドーラーは試合には出ない。だから、パパが心配する必要はなんにもないの。後は全部、あたしに任せて頂戴」
演技力全開。今のあたしはたのもしいベテランドーラーで、しかもパパと固い信頼関係で繋がっている愛する娘。
そう、あたしは女優、女優を目指しているのよ。こんな事位、平然とやり遂げないとね。
「そうか……」
「何?仇打ちでもして欲しかった?」
「い、いや。判った。パパ、お前の事を力一杯守ってやるからな」
「ウフ、気持ちだけありがたく受け取っておくわ」
あんまりパパに張り切られても困る。その機嫌だけ、損なわないでくれればそれでいいのよ。
「じゃ、最終調整と試合前申告をやりにいくわよ。ほら、源さんが指を鳴らしてお待ちかねだわ」
言うか言わないかのうちに、あたしは体操選手が立ち上がるときのように滑らかな操作で機体を立ち上げる。
この辺の操作からして、すでに普通のCPUやパパには無理。ギクシャクと毎回の動作を確かめるような動かし方を試合中にされるのは困るのよ。
「お、おい、こんな事位…」
アハン。パパ、全然判ってないし。
「いいのよパパ、これ位、あたしにやらせて。パパには、これからやって貰いたい事が山ほどあるんだから」
今回の大事な試合に、パパを攻撃や操縦に参加させるつもりなんか余裕も毛頭もない。変な感じでパパを機体操作に慣れさせるわけには行かないのよ。
それに、さっさとパパをお仕事に巻き込んでしまわないと、折角のご機嫌を損ねそうだしね。
あたしとしては、例え罠だと判っていても、なんとしてもこんなオイシイ試合を逃す事は断じて出来ないから。
自分は女優、自分は女優と言い聞かせて、何とか説得成功。
雑な説得ですが、パパは郁美の事を固く信じているので、自分の肉体を滅ぼしたパイロットが郁美本人だなんて発想が思い浮かばないのです。
多分。