SIDE-A 4.この恥じらいの乙女心が、ゼンゼン判ってないわね
食べ終えたら、食べっぱなしにしないできちんと片付ける。
それが作法というもの、らしいです。
ちゃんとした作法ができる人は、ゴハンだけ注文なんてことはシマセン。
きっちりとドンブリを平らげ終えたら、器を自分が座る真正面、左右にも上下にもずれないぶれない曲がらない位置に据え付けて、お箸も上に水平に乗せておく。
この時のために少しだけ残して置いたお茶で、口の中の赤みを濯ぐようにして飲み込む。
そう、この間合いが大切なのよ。
吉味屋は、客の回転率を上げたいという裏事情があるにせよ、むげに「食ったらとっとと出て行け」とはさすがに言えない…はずなんだけど。
あら、店員さん、あからさまな態度で「とっとと出て行け」とあたしを睨んでるわ。
いけない、いけないわそういう態度は。
あたしはお客、そう、大切なお客さまなのよ。
「すいませーん、お茶のお代わりお願いしまーす」
せいぜい可愛らしい声を作って、呼びかけてあげる。
「はい、ただいまー!」
とか言ってるわりに、店の奥に引っ込んでなにか作業を始めている。
あちゃ、完全に嫌われちゃったかな?
ま、それならそれで、こっちにも考えというもんがあるわ。
空になったドンブリの中に、もう一度紅ショウガをたっぷりと詰め込む。
七味もたっぷり、お醤油もたっぷり。
そう、ゴハンなんかなくっても、何杯でも食べられるのよ、あたしってば。
それじゃあんまりだと思うから、高いゴハンを注文してあげているというのに。
この恥じらいの乙女心が、ゼンゼン判ってないわね。
憤然としながら、口の回りを真っ赤に染めて食べてると。
カッコイイてんちょーさんが、お茶をもってあたしん所に駆けこんできた。
「お待たせいたしました、お茶でございます」
「どーも」
キッとして睨んじゃったけど。
てんちょーさん、今にも泣きだしそうで、目が潤んでいる。
アハ、素直でよろしい。その謙虚さが大事なのよ。
あたしはドンブリを残さず平らげてから、おもむろに席を立った。
てんちょーさん、即座に飛んできて、「御会計130円になります」だって。
どうしてもなにがなんでも穏便に丁寧に、帰ってもらいたいらしい。
だから、お財布にちょっきり残っていた80円と、源さんからもらった50円引きのハズレ感謝券を手渡しても、なんにも言われなかった。
~ ・ ~
御会計済ませて、「ごちそーさまっ」と一声掛けて。
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございましたー!」
と、元気にお見送りされて。
風のように颯爽と店を去っていく。
うーん、元気百倍よっ!
吉味屋は、この元気さとスピード感、店と客の間合いの詰め方取り方のスリルがタマラナイんだわ。
さーて、この調子で、来週の試合もきっちり勝っちゃうもんねっ!
(おしまいっ)
P.S. 良い子のみんなは、絶対にマネしちゃダメよ。
ま、学校の制服着たまま、あちこちでこんな事ヤラカシてたら、そりゃ通報の一つや二つ、あるわなぁ…